六華 snow crystal 2

なごみ

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忘年会のあとで

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有紀
12月8日

夜勤入りの午後4時過ぎ、一階の売店でペッドボトルのお茶と、みんなで食べるお菓子を買っていたら、誰かに後ろから声をかけられた。


「もしかして、有紀さん?」


振り返ってみると、柳原亜美だった。


「亜美さん!」


相変わらず華やかな印象ではあるが、以前のような派手さはなくなって、落ち着いた装いになっていた。


今風のナチュラルなメイクに、一目で上質とわかるシンプルなライトグレーのロングコート。中には白いモヘヤのタートルニットのワンピースを着ていた。


髪はダークブラウンに染め替えて、清楚な感じだ。


少し大人っぽく、グレードの高いファッション雑誌のモデルを真似ているのか。


谷さん好みのタイプに少しでも近づけようとする努力に、いじらしさというよりも、打算的な小賢しさを感じた。


「やっぱり、有紀さんだったの。あなた随分痩せこけちゃったのね。あ、そういえば結婚なさったそうね。おめでとう! 」


「あ、ありがとう」


ファッションは変わっても、口を開けば以前の亜美さんとなにも変わってはいなかった。


ーー谷さん、本当に亜美さんがいいの?



「それにしても、あなたどうしちゃったの?  もしかして病気?  あんなにパンパンの顔だったのに、げっそりやつれちゃって。クスクスッ」


こんな失礼な人に、いつまでも付き合っていられるほどお人好しではない。


「じゃあ、私、これから仕事なので」


「ねぇ、わたし、修ちゃんと婚約したのよ。知ってた?  今日はこれからお食事に行くんだけど、どんなところで仕事してるのか見てみたたくて、早めに来ちゃったってわけ」


「そうですか、じゃあ、」


そう言って立ち去ろうとすると、


「わたしにはおめでとうって言ってくれないの? あなたって意外と礼儀を知らないのね」


行く手を阻むように、私の前に立ちはだかった。


「おめでとうございます」


無表情でそう言ってすり抜け、病棟へ行くための階段へ向かった。


「まぁ、仕方がないわね。修ちゃんにフラれちゃったんだから。素直に祝福なんて出来ないわよね、誰だって」


フラれた?  私が谷さんに?


こんな人の挑発に乗るのも大人気ないと思いつつも、そのまま立ち去るのは嫌だった。


「フラれたりしてません。元々、恋人でもなかったし、ただの友達だったんです」


毅然と言い返してやったけれど。


「はぁ~?  一緒に旅行までしておいてお友達って、なにそれ?  フッ、だから言ったでしょ。あなたなんかすぐに飽きられて捨てられるって。だけど、結婚できたんだから良かったじゃない。じゃあ、お仕事、頑張ってね」


言いたいことの全てを言うと、さっさと薬局の方へ去っていった。








遼介
12月13日

今朝、また有紀と喧嘩した。


最近の喧嘩は結婚当初のものとはあきらかに違って、深刻さが増している。


確かに俺は有紀に甘えている。


もし彩矢ちゃんと結婚していて、子供を養わなければいけないとしたら、どんなに辛くたって簡単に仕事を辞めたりなど出来ないのだから。


有紀は俺よりもしっかりしていて頼りになる。職場での人望もあり、人間としてもかなり上だと思う。


有紀に頼りたい気持ちと、そんな頼りになる有紀にどんどん自信を奪われていくような、そんな気持ちに囚われている。


今日は忘年会で遅くなると言って出て行った。


俺の職場の忘年会は先週の土曜に終わっていて、今月で退職する俺の追い出しコンパも兼ねていた。


もう、辞めないわけにはいかない。


年明け、すぐに仕事は見つかるだろうか。



ーー彩矢ちゃんはどうしているのだろう。


子供にクリスマスのプレゼントぐらい買ってあげたいけれど、受け取ってはもらえないだろうな。


それにそんなことが有紀に知れると、俺たちの溝はさらに深まるのだろう。


仕事を失って養育費も払えないのに、彩矢ちゃんに会えるはずもない。


しばらくは有紀に養ってもらわなければいけない身の上なのだから……。





有紀
12月13日


今年も横田くんと忘年会の幹事を任された。


どうしていつも私と横田くんばかりなのだろうと思うが、頼まれるとなぜか断れない。


昼休み、横田くんと余興の打ち合わせをする。ドンキでコスチュームまで購入した。


白雪姫やアナ雪などの可愛らしいものや、色っぽいものは何故かダメで、笑いが取れそうなものばかり選んでしまう。


今年はまわしをしたお相撲さんの着ぐるみ。


せっかく痩せたのに、結局わざわざこんなデブな格好をして笑わせなければいけない。






海鮮居酒屋の二階を貸し切っての会場。


集まった職員は100名ほどだ。


「みなさんの1年間の労をねぎらい、来年がいい年であるように願って、乾杯!」


院長のねぎらいの挨拶と、乾杯の音頭で一次会が始まる。


お刺身の盛り合わせや、揚げ物などのオードブルが運ばれる。


お料理や飲み物はちゃんと各テーブルに回っているか。


寂しそうで、つまらなそうにしている人はいないかなど、幹事は何かと気を使う。


ビールのお酌などもして、オチオチ料理も食べていられない。


だけど、じっと座っているよりも、こんな風にあちこちのテーブルをまわる方が自分には合っているようにも感じられる。


一次会も終盤になり、余興の時間になった。



お相撲の着ぐるみに、ちょんまげのカツラ姿で登場しただけで、会場は笑いに包まれた。



私はボケ役で横田くんはいつもツッコミ役だ。



5分ほど馬鹿げたやり取りをして、大うけしたところで、一次会はお開きとなった。






二次会は、一人2500円で飲み放題、歌い放題のカラオケバー。


人数はかなり少なくなり、30数名ほど。


ここでは幹事もかなり気が楽になる。


みんな好き勝手に歌ったり、飲んだり、騒いだりしてくれる。


未だに盛り上げようと、頑張って歌を絶叫している横田くんに感心する。


一次会ではビールとハイボールを飲んでいたのだけれど、ここではウィスキーをロックで飲んでいる。


熱い液体がスーッと喉を通り抜ける感じがいい。


今朝、また遼介と喧嘩した。


ボーナスを頭金にして、車を買い替えたいという。


今月いっぱいで失業するというのに、なにを考えているのか。


次の仕事も決まってないというのに。


「だから俺はこんなに家賃の高いマンションは反対だったんだ」と、人のせいにする。


結婚して半年で夫が失業するなんて予想できるわけないじゃない。


結婚式や新婚旅行、家具や家電などの新生活の準備で、二人の貯金は底をついた。


借金こそしてはいないけれど、ある程度の貯金がないと落ち着かないではないか。


子供が出来たら私だって産休に入らなければいけないのだ。


だけど……最近は子供なんて一体いつになったら出来るんだろうって感じだ。


こんなはずじゃなかったのに……。


グビグビとつい、飲み方もピッチがあがる。


見渡せば、谷さんも二次会に残っていた。


若い事務員の女の子と楽しそうに話しをしている。


あの子の方が柳原亜美なんかよりは、ずっと良いと思うのに。


私のことが好きだなんて言っていたけれど、一体どこまで本気だったのか。


亜美さんと私では はタイプが真逆じゃない。


グビッとグラスをあける。


「有紀、おまえ、飲みすぎなんじゃないのか?  大丈夫かよ」


横田くんが隣にきて、心配顔でのぞき込んだ。


「ぜんぜぇーん、大丈夫、、さぁ、今日は飲むわよ~!  横田くんなんか歌ってばっかで全然飲んでないでしょ、ほら飲んで」


グラスにウィスキーをドバドバと注ぐ。


「うわっ、こぼしてるって、、おまえ相当酔ってるぞ、大丈夫か?」


「酔ってなんかいませんよ~  歌でも歌っちゃおうかなぁ~  」


威勢よく立ちあがってよろめく。


「あぶないって、有紀、座ってろよ。かなりヤバイな。佐野さんに電話して迎えに来てもらった方がいいな」


横田くんがスマホを取り出したので、あわてて制止した。


「やめてよ、遼介なんか絶対に呼ばないでよぉ!」


そう叫んで、テーブルに突っ伏す。


「迎えに来てもらった方がいいって。ひとりじゃ無理だよ。いつの間にそんなに飲んだんだよ」


また、スマホにタッチしている横田くんからスマホを奪い取る。


「やめてって言ってるでしょ。一人で帰れるってば。タクシーに乗れば済むことじゃないの!」


「有紀ちゃん、一緒に帰ろう。僕もちょうど帰るところだから」


いつの間にか、谷さんが隣に来ていた。


「あ、じゃあ、谷さん、頼んでいいですか?  俺、幹事だし、まだやる事あるんで」

 
ホッとしたように横田くんが言った。


「ほら、有紀ちゃん、立って」


谷さんに腕を引かれて、歩き出す。


コートを着せられ、外へ出ると雪が降っていた。


谷さんがコートのフードを頭に被せてくれた。


「谷さん、ごめんなさい。まだ飲んでいたかったでしょう?」


「いや、本当は一次会で帰ろうと思ってたんだけど、誘われてつい。今日は僕も飲み過ぎちゃったなぁ」


ちょうど忘年会シーズンで、私のように酔ってふざけあっている二人連れの女の子とすれ違う。


酔ったサラーリーマン風の男性集団も、居酒屋からゾロゾロと出て来て、大きな声で笑い合ったり、何やらわけの分からないことを叫んでいた。


タクシーが止まって、よろめきながら後部座席に乗り込む。


タクシーの窓からチラチラと舞う雪を眺めていたら、急に悲しくなって泣きたくなった。


足どりはヨタヨタしていても、頭はハッキリとしていて酔ってなどいない。


だけど、確かにこんなに飲んだことは今までなかったようにも思う。


「有紀ちゃんとこうしていると、一緒にフェルメールを見に行ったこと思い出すなぁ。楽しかったな有紀ちゃんとの旅行」


谷さんがポツリと思い出ばなしを語った。


どうせ、誰にでもそんなことを言っているのだろう。


もう、谷さんなんて信じられない。


亜美さんなんかを好きな谷さんなんて。


亜美さんを思い出したら、急に腹が立って谷さんに絡みたくなった。



「じゃあ、どうして別れようなんて言ったのよ?  私のことをフったくせに。はじめから亜美さんと結婚するつもりだったんじゃない」


「 かなり酔ってるんだな。なんか、面白いなぁ、酔ってる有紀ちゃんなんて初めて見たな。もうすぐマンションだと思うけど、この辺かい?」


「そこの信号を右に曲がったところでいい」


谷さんが料金を支払って先に降りた。


「あ、ありがとう。ごめんなさい。ここで大丈夫だから、谷さんはこのまま乗って帰って」


「ちゃんと玄関まで送るよ。横田と約束したし、途中で倒れられたりしたら大変だからね」


「そんなに酔ってないってばぁ」


谷さんに支えられてマンションのエレベーターに乗り込み、7階のボタンを押す。


「ねぇ、あの時どうして私に別れようなんて言ったのよっ! 」


……私は谷さんに甘えたいんだ。


「あの時、僕と別れてよかっただろう。佐野と結婚もできたし」


「よくなかった! ぜんぜーん、よくなかった!」


そう言ってしまって、涙があふれた。



「有紀ちゃん?  佐野と何かあったの?」



「亜美さんのどこが好き?」


あんな子のどこがいいのよっ!


「高校生の頃からずっと好きっだったって泣かれちゃってね。なんだか、放っておけない気分になっちゃって……」


女など、泣こうと思えばいくらだって泣けるではないか。谷さんともあろう人がそんなことで騙されるなんて。


7階でエレベーターが止まり、扉が開いた。


「泣いたから、泣いたから亜美さんが好き?  今まで散々たくさんの女の子を泣かせてきたくせに。そんなの、そんなの許せない!」


私は谷さんに何が言いたいのだろう。


涙があふれて止まらなくなる。


「…有紀ちゃん」


谷さんに抱き寄せられて、キスされる。


「好きだよ。今でもずっと」


谷さんの熱っぽい目を見て我に返り、腕をすりぬけた。



閉じかけたエレベーターの扉を開けて、マンションの部屋へと逃げ帰った。




























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