六華 snow crystal 2

なごみ

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アパートで

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12月13日

佐野さんのアパートには何度も来ているけれど、今日は来る前から緊張している。


'' 外食よりも有紀の料理が食べたい ” って言われて、この間アパートの合鍵を渡された。


今はもう、お友達じゃないんだから密室で一緒にいたらおしゃべりだけではすまなくなりそうで、期待が半分と、そうなりたくない気持ちも半分ある。


結婚するまでそういうことをしたくないという気持ち。


今時そんなことを言ったら笑われそうだけれど、そんな気持ちでいる子だって、私だけじゃないような気がする。


だから本当はアパートには来てはいけなかったのだ。


 でも会いたいし、外は寒いし。


冬のデートって、毎回どこへ行ったらいいのか行き場に困る。


確かに外食ばかりも飽きて出費もかさむし・・・。



佐野さんが食べたいと言っていた豚汁を作る。


今日私は代休で、佐野さんはあと一時間くらいで帰って来るはず。


あとはきゅうりの浅漬けとひじきの煮物を作って、縞ホッケを焼けばいい。


あまりにも地味で ちょっと心配になる。


もっとおしゃれなカタカナメニューが良かったのかな?


でも豚汁に合わせなきゃいけないんだから、こんなものかなと思う。


七時前には帰ると言っていたのに遅い。


お魚は帰ってきてから焼けばよかったな。


 七時からのニュースを見ていたら、鍵がまわる音がした。


「遅くなってごめん。帰りに急患が運び込まれて」


「あ、おかえり。お疲れ様」


 結婚でもしているような会話に恥ずかしさを感じる。


「おー、うまそうだな。俺、こういうの食べたかったんだ」


 小さなテーブルに並べられた夕食を見て佐野さんが微笑んだ。


「本当?  よかった。地味だったかなってちょっと心配だったから」


「地味がいいな。普段食べるものは」


コートを脱いで洗面台で手を洗い始めたので、豚汁とご飯をよそった。


 突然うしろから抱きしめられて豚汁をこぼしそうになる。


「あ、やめてったら。こぼしちゃったよ、ほら~」


「有紀、かわいいな、おまえ」


 佐野さんの息が耳にかかって顔が火照る。


「な、なに今頃気づいてんのよ。ほら、冷めないうちに食べるよ」


「ハハハッ、色気がないのは変わらないな」


 佐野さんとふたりだけで、差し向かいにご飯を食べられることの幸せ。


「うまい! いいよな~  家に帰ってこんな風に晩飯が用意されてるって」


 縞ホッケの背骨を外し、ホクホクしている身を口に入れてのろけるように言う。


 彩矢といっしょの時はもっとのぼせた顔をしていたんだろうなと思う。


「このひじきもうまいな。お母さんから教えてもらったのか? 」


「うちの母はそんなこと教えてるヒマないもん。いつも、仕事帰りにお惣菜買って帰ってたよ」


「そうか、じゃあ、どうやって覚えたんだ?」


「色々作ってるうちになんとなく。お料理番組はよく見てるよ。レシピを見ながら作るのも好きだったし」


きゅうりの浅漬けをコリコリとかじる。


「なんか、自然なんだよな。有紀といっしょに飯食ってるのって。そう思わないか?」


「そう?  私は少し緊張してるけど」


 うつむきながらボソボソと言った。


「緊張?  プッ、おまえなに期待してるんだよ」


 意味深に、にやけて笑ったので頭にきた。


「期待なんてしてないから。絶対に触らないでよ!」


「怒るなよ。冗談だって。あ、豚汁もう一杯食べてもいいかな?」


「あ、うん」


 なんか、私が心配していたようなことは起こらなさそう。


だよね、今までずっとお友達だったんだから。


「あー  うまかった。ご馳走さん!」


  食事を終えた佐野さんがベッドにどさりと大の字になった。


「有紀、こっちに来いよ」


 佐野さんが寝そべったまま手招きをして、悪戯っぽく笑った。



「ふーんだ。食べてすぐ横になったら牛になるって言われなかった?」


「おまえいつの時代の人間だよ。言うことが昭和だな」


 呆れたような顔をして見つめる佐野さんを無視して、後片づけを始めた。


食器を洗い終えるとすることがなくなった。


ついでに洗面台なんかも磨いてあげたかったけれど、そこまでやると押しかけ女房みたいで厚かましいよね。


佐野さんが横になっているベッドには近づけなくて、隣の本が置いてある部屋に入った。


読みたいと思っていた新刊本を見つけたので手に取り、ノートパソコンが置いてある机の椅子に腰を下ろした。


 1ページも読まないうちに佐野さんが隣にやって来た。


「なんで本なんか読んでるんだよ」


 「あ、ごめん。この本、前から読みたいって思ってたんだよね。これ面白かった?」


「うん、まぁまぁかな?  もう読んだからやるよ。家で読めよ」


そう言って私の髪に触れた。


「きれいな髪だな。伸ばしてるのか?」


ショートだった髪がこの一年でやっとセミロングの長さになった。


 髪を触られて、またドキドキしてくる。


「触らないでって言ったでしょ!」


 期待していると思われるのが嫌で手を払いのけた。


「なんだよ、谷さんとは旅行に行ったくせに、俺には髪も触らせないのか?」


 恨みがましい目で睨まれた。


「引き止めてくれなかったじゃない」


「俺がそんなこと言えた立場かよ」


「それでも引き止めて欲しかった! ・・・引き止めて欲しかった」


 今頃になってどうして涙が出てくるの?


「有紀・・・ごめん。そんなに俺のこと想っていてくれたなんて気づかなかったから。谷さんが好きなんだとばかり思ってたし」


 最近、泣いてばかりいる。自分には似合わないキャラを演じているみたいで急に恥ずかしくなり、慌てて涙をふいた。


「こっちに来いよ。何もしないから」


 リビングに戻り、一緒にベッドへ腰をおろした。


「幸せだな~  俺。この間までどん底だったのがウソみたいだな。人生って何が起こるかわからないな」


「そうだよ、明日地震が来るかもよ」


「意外と悲観的なんだな。俺はしばらく悪いことは起こらないような気がする。俺って結構楽天的なのかもな? 楽天的って言わないか、気持ちの切り替えが早いってことかな?」


 切り替え遅すぎだろ! とツッコミたくなる。  


あれだけ振りまわされたこっちの身にもなって欲しい。


「それって、ただ浮気っぽいってことじゃない?  熱しやすく冷めやすいって奴」


「そんなことないよ。俺は浮気なんかしないよ。有紀とは違うからな」

 
未だに勘違いしたままの佐野さんに苛立つ。


「失礼ね、私だって浮気なんてしてないってば!」


「なに怒ってんだよ。自分から言ったんだぞ。浮気してたって」


「なによ、バカ! 鈍感!」


「は?  なんだよ、また鈍感かよ。意味わかんねぇ。じゃあ誰なんだよ、浮気の相手って。まさか横田じゃないだろうな?」


「はぁ?  もう絶対に許さない!」


あまりの怒りで思わず立ち上がった。


「何がだよ?  許せないのはこっちの方だろ。横田だったら絶対に許さないぞ!」


「もう、いい!」


 バッグとコートをつかんで玄関へ向かった。


「有紀、待てって。なんでそうやってすぐ怒るんだよ」


「離してよ!」


 つかまれた腕を振り払った。


「有紀、わかったって。もういいよ誰と浮気してたって。気にしないから帰るなよ」


 下手に出た佐野さんを残して帰ることが難しくなった。


「………私の浮気相手って佐野さんのことだよ。どうしてわかんないの?」


 うつむいたままつぶやく。


「はぁ?  いつ俺がおまえと浮気したんだよ。髪の毛触っただけで怒られるのに」


「気持ちのこと言ってるんだってば! 谷さんは私が佐野さんのことばかり想ってるから嫌になっちゃったの」


「まぎらわしい言い方するなよ。そういうのは浮気って言わないだろ」


「じゃあ、なんて言うのよ」


「知らないよ、そんなこと」


「谷さんとは何にもなかったよ。別々の部屋に泊まったから・・・」


あの時、逃げだせて本当に良かった。


「えっ、谷さんが何もしなかったのか?」


「佐野さんのことが忘れられるまで待つって言ってくれて」


「・・・有紀」


 持っていたバッグとコートを床に落とした。


 佐野さんに強く、強く、抱きしめられた。


 なんて暖かいんだろう。佐野さんの匂いがする。


このまま時間が止まってしまえばいいのに。



「キスしてもいい?」


 熱っぽい目で見つめられて戸惑う。


「そんな、そんなこといちいち聞かないでよ。ムードぶち壊したからダメ」


 こんなこと言うつもりなかったけど・・・。


「髪さわっても怒ったくせにキスは聞かないでしろって言うのか?  女ってわかんねーな。いいよ、もう」


 ふてくされた顔が可愛い。


「うははっ、じゃあ、やっぱりして」


 顔を上に向けて目を閉じた。


「嫌だよ!  おまえの方がよっぽどムードぶち壊しだろ」


 だって咄嗟にどうしていいかわからなかったもの。


いいよ、って言えばよかったの? それとも唇をつき出せばいいわけ?


どっちも恥ずかしいじゃない。

   

「・・・谷さんにね、一回だけキスされた」


 少し照れたように打ち明けた。


「なんでそんなことわざわざ聞かすんだよっ!!」


烈火のごとく怒鳴ったので、ちょっと怯んだ。


「ごめん。言わない方がよかった?」


「当たり前だろう。そんな話聞かされて楽しいかよ!」


「ごめんなさい」


いくら秘密を持ちたくなくても、確かにこんなことまで言うべきじゃなかったなと思った。


「ほんとにそれ以上のことされてないんだろうな?」


佐野さんは怖い顔をして、権高な刑事のように尋問した。


「なによ、やっぱり聞きたいんじゃない。自分は子供が出来るようなことまでしたくせに」


 逆襲されてバツの悪い顔をした。


「わかったよ、すんだ話はやめよう」


 うまく逃げようとするところに不満を感じたけれど、これ以上責めると修復が難しくなりそうなのでやめてあげた。


「テレビつけてもいい?」


会話が途切れて黙り込むと、またムードの波が押し寄せて来る気がして、慌ててリモコンをつかんだ。


 色々とチャンネルを変えてみたけれど、面白そうな番組はなかった。


借りた本を読んでも集中できない気がして、とりあえずクイズ番組を選択した。


佐野さんはベッドに横になったまま、文庫本を読み始めた。


クイズ番組を見ながらスマホの動画を見たりして過ごす。


 こんな風にお互いにしたいことして、同じ時間を一緒に過ごせるっていいなぁって思う。


 佐野さんには内緒で彩矢と時々LINEでやりとりをしている。赤ちゃんは男の子で名前は悠李くん。


あの彩矢がママになってるなんてね。


子育てはかなり大変らしく、返信はたまにしかくれないけれど、いいなぁ。赤ちゃん可愛いだろうな。


でも、どっちに似てるんだろ? 聞いてみようっと。


 送信してからふと佐野さんを見ると、口を開けたまま眠っていた。


彼女が遊びに来ているっていうのに失礼しちゃう。


彩矢には絶対にこんなことしてなかったはずだ。


マジックで顔にいたずらでもしてやりたくなる。


 テレビの電源を切り、そっとベッドに腰をおろした。きれいな寝顔を見つめる。


口を開けているのでちょっとマヌケっぽいけれど、こんな素敵な人が自分の彼氏だと思うと、あらためて嬉しさが込みあげてくる。


前髪にそっとふれたら、いきなりパチっと目をさました。


あっと驚いた瞬間に抱き寄せられ、押し倒された。


今度はなにも聞かずにキスされた。


口づけを交わしながら、佐野さんの身体の重さと息づかいに甘い陶酔を感じた。


 唇が首筋に移ったところで危険を感じ、佐野さんを押しのけた。


「ストップ、  はい、おしまい!」


このベッドで彩矢とこんな風に抱き合っていたんだなと思うと、急に腹立たしくなった。


急速に冷えびえとした気分になって、起きあがる。


「おまえなぁ、そういう言い方やめろよ。なにがはい、おしまい! だ。紙芝居かよ、色気ねぇな」


 おもむろに失望の色を隠さずに起きあがった。


「あら、そう。じゃあ、あ~ん、やめてぇ~って言えばよかったわけね」


 佐野さんは返事もせずに、憤懣やる方ない様子で立ち上がると、冷蔵庫をあけた。


悪かったわねーだ。


どうせ彩矢みたいに色っぽくないわよ。


 時計を見ると九時を過ぎていた。


「そろそろ帰る」


「えっ、もう帰るのか?  まだ九時じゃないか。怒ったのか?」


 炭酸水を取り出した佐野さんがキャップをまわすとプシュッと音がした。


「別に怒ってないけど」


「門限でもあるのか?」


 不安げなようすで炭酸水をグビグビ飲む。


「そんなのないけど遅いと心配するから」


「そうか、わかった」


 佐野さんのアパートから、自宅までは車で五分。


あっという間に自宅前に着く。



「じゃあ、またLINEするね」


「うん、晩飯、うまかったよ、ありがとう。じゃあな」


 佐野さんの車が見えなくなるまで見送った。


本当はもう少し一緒にいたかったけど、なにかと彩矢と比べられてるみたいで悲しくなった。


どんなことしても彩矢にはとても勝てそうにもなくて。



















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