六華 snow crystal 2

なごみ

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幸せの訪問介護

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有紀
3月4日

あまりに深刻な佐野さんからの返信に、返す言葉が見つからない。


彩矢、どうして?


二度もそんなひどいこと、どうして出来るの?  私がしたお節介で、また佐野さんが彩矢に傷つけられたんだよ。


今度こそ、どん底のはず。  あまりにひど過ぎる。 いくら私が佐野さんを好きで、佐野さんがフリーになったからって、彩矢のした仕打ちは許すことができない。


 肺炎の方は本当に快復しているのだろうか?


それも怪しいような気がして、気が気でなくなる。今日の仕事帰りにちょっと寄ってみよう。


アパートにはもちろん行ったことはないけれど、建物だけは見て知っている。


 佐野さんのアパートは病院から歩いても15分位だ。途中、スーパーで買い物でもしていこう。






仕事帰りスーパーに寄り、果物やパン、ヨーグルトなどを買う。


アパート出入口に設置されている郵便受けで、佐野さんの部屋は203号室なことがわかった。階段を登り、203号室のドアの前で少し不安になる。


これこそ余計なお世話のような気がしてしまう。でも、やっぱり心配だし。


 一目見て大丈夫なら安心するんだから。


思い切ってブザーを押す。しばらく待っても返事がない。


出かけているのかな?


コンビニにでも行ったのかも知れない。LINEを開き、通話を押した。


 4~5回の呼び出し音のあと、


「あ、有紀か?  久しぶりだな、元気だったか? 」


意外と元気そうな声が聞こえた。


「佐野さんの方こそどうなの?  ホントに良くなったの肺炎?」


「う、うん。薬を一応飲んでるからな。大丈夫だよ」


「そう、よかった。何してたの?  今出かけてる?」


「いや、寝てたけど」


「なんだぁ、いたの?  今アパートのドアの前にいるんだけど、ちょっと果物とか買って来たの。渡してもいい?」


「えっ、今そこにいるのか?」


「うん、ごめん。迷惑だった?  私、お節介だから」


 珍しく動揺しているようで、やっぱりこんなところまで押しかけて来たのは図々しかったのかな?


「・・・いや、うん、じゃあ、ちょっと待って」




ロックが解除された音がして、ドアが開いた。


見知らぬ住人が出たので、部屋の番号を間違えたのかと思った。


えっ、この人って・・・佐野さん ⁉︎


 あまりのショックに声もでない。


「有紀・・・そんな顔して見るなよ。結構傷つくな、その反応」


バツの悪い顔をして、無精髭をはやした佐野さんが、くぼんだ目を下にむけて笑った。


「佐野さん・・・」


 泣いたりしたら失礼だと思いながらも、涙せずにはいられない。


「カッコ悪いよな、こんなとこばっかり見せて、ゲホッ、ゲホッ」


佐野さんが苦しそうに身体を折り曲げて咳き込み始めた。


「大丈夫?  ひどくなってるんじゃない?  ちゃんと病院に行ってる?」


「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」


「佐野さん!」


 思わず、玄関にあがりこんで身体を支えた。


「ホントに大丈夫だから、悪かったな、わざわざこんなとこまで来てもらって」


「そんなこと・・・。これ、食べられるかわからないけど、果物とかパンなんだけど」


「サンキュー、嬉しいよ、買い物に行くの面倒だからな。すごく助かった」


 このまま、立ち去るのも心配だけれど、中に入るわけにもいかず、スーパーの袋を手渡した。


「じゃあ、お大事にね。・・・また、明日寄ってもいいかな?」


「心配しなくていいよ、忙しいだろう。感染させても困るからな」


「私は大丈夫だよ、遠慮しないで。だって、友達でしょ。佐野さんの実家は遠いんだし、困ったときは頼ってもらえると嬉しいな」


「有紀・・・ありがとう。正直、助かるよ」


「うん、じゃあ、また明日ね」


ドアを閉めた途端、涙が溢れた。あんな佐野さん見たくない。


 彩矢、ひどい、ひどすぎるよ。





3月5日

今日は夜勤の日だから、3時に家を出て佐野さんのアパートへ寄った。


お粥と具だくさんの豚汁、梅干し、焼鮭とワカメの酢の物、温野菜のサラダなどをタッパーに入れて持って来た。佐野さん食べられるかな?


 ブザーを押すと、佐野さんがすぐにドアを開けた。


昨日より元気そうというわけでもないけれど、髭がきれいに剃られていたので、見た目だけは少しマシになっていた。


「晩ご飯作ってきたよ~。今日はこれから夜勤なの。時間はまだあるから温めてあげようか?  自分でする?」


「自分で出来るけど・・・。でも迷惑でなかったら頼んでもいいかな。なんかずっと誰とも会ってなかったから話がしたくて」


「じゃあ、ちょっとあがらせてもらうね」


 部屋の中はわりときれいに片付けられている。買い物に行ったのはいつなのだろう。シンクは乾いていて、使われた形跡さえ感じられない。一体何を食べていたのか?


「このカップ、使うね~」


カップに入れたお粥と豚汁をレンジで温めた。


ベッド横のローテーブルに用意した食事を並べた。


「夕食にはちょっと早いけど、冷めないうちに食べてね」


「すごいな、こんなご馳走食べるの久しぶりだな。有紀が作ったのか?」


「簡単なものばっかりだけどね。栄養つけて、早くよくなってよ。元気になったら、倍返ししてもらうからね」


「ラーメン、100杯おごるよ」


 豚汁を美味しそうに啜っている。


「そんなの、全然足りな~い。たまにはフルコースとか、お寿司とかじゃないとね~」


「いつから量より質になったんだよ。そう言えば、少しやせたんじゃないか?」


「今頃、気づいたの~  5㎏も痩せたのに~!」


「どうしたんだよ、ダイエットなんかして。好きな男でもできたのか?」


 やつれた顔をした佐野さんが、お粥をふうふうしながらニタニタと笑った。


「ふ~んだ、佐野さんじゃないからね~!」


悟られないようにツンとすまして答えた。


「わかってるよ、そんなこと。かっこ悪いとこばっかり見られてるからな。有紀が好きな男ってどんな奴かな?  もしかして、横田か?」


「やめてよね、全然違う。横田くんは北村さんみたいな人が好きなんでしょ、タイプが違うじゃない」


どうして横田くんなのよ!


矛盾しているけれど、少しも気づいてくれないことに少しムカついた。


「そうでもないぞ、横田は有紀のこと褒めてたぞ。あいつ性格はめちゃくちゃいいよな、ってさ」


「ひどい!  そんなの全然、褒め言葉じゃないし。横田なんて大嫌い!」


なによ、男なんて結局みんな見た目で選ぶんじゃない!


「ハハハ、有紀もやっぱりドクターか?  大学病院から時々来ている、イケメンの若い医者がいただろう?」


「違うよ~、私・・・面食いじゃないし」


これも、ウソ。


「そうか、でも医者なんだろ。やっぱりカッコいいもんな、高給だし」


「違うってば、今いる先生も、大学から来てる先生もチャラいのばっかり。佐野さんの方がまだマシだって」


ずっとずっとステキ………。


「フッ、まだマシか。まぁ、お世辞でも嬉しいよ。今はな」


 急に沈んだ表情でおかゆを口に運んだ。


「お世辞じゃないって、佐野さんは本当にステキだよ。佐野さんのことを好きって言ってた子たくさん知ってるもん」


つい、本音が出て力が入る。


「おまえ、本当に優しいよな・・・。なんか久しぶりにうまいもん食べたなぁ。料理上手なんだな」


「小さい頃からやってるから慣れてるだけ。うちの親、ふたりとも中学の教員だから、超忙しくて」


「ふ~ん、有紀と結婚できる男は幸せだな。本当にそう思うよ」


そんなの嘘だ。


ーーそんな褒め言葉、悲しいだけだよ。


「そんなことばっかり言って、結局みんな可愛い子を選ぶじゃないの!」


「・・・まぁ、そういうとこあるよな」


 そう言って佐野さんがうつむいた。


 しんみりとした悲しい空気が流れた。


余計なことを言って失敗したと後悔する。


「…じゃあ、もう片付けるね。余ったのは冷蔵庫に入れておくから、明日食べてね」


持参したジップロックに残ったおかずを移す。


「悪いな、夜勤の時間大丈夫なのか?」


「うん、4時に出れば大丈夫。今度、病院に行くのはいつ?」


おかずを冷蔵庫にしまいながら聞いた。


「えーっと、いつだったかな?」


「お薬、ちゃんと飲んでる?」


「う、うん・・・」


 ちゃんと飲んでないのがすぐにバレるような、あやふやな返事をした。


「見せてよ、お薬」


薬はローテーブルの下に置いてあった。


薬袋をつかんで隠そうとしたので、さっと奪い取った。


「あ~  やっぱり飲んでない。きちんと飲まないと耐性菌ができるって知ってるでしょ。それでも医療従事者?」


「忘れるんだよ」


 ふて腐れたような決まりの悪い顔をした。


「お年寄りが使ってるカレンダーのお薬入れ買ってあげようか?」


「わかったよ、ちゃんと飲むって。ほら、早く行かないと遅刻するぞ」


 洗った食器をキッチンペーパーで拭いて片付けた。


「じゃあ、また来るね」


「そんなに頻繁じゃなくていいよ。なんか、かなり良くなったような気がする。さすがナースだな」


「ベテランナースはちゃんとお薬飲んでるか確認もしてあげないとね~  認知症もあるみたいだから。じゃあね!」






夜勤明け以外は、ほぼ毎日、アパートへ訪問介護に行った。


10日もすると、かなり見た目にも元気になった。


沈んで憂いがちだった表情も少し和らいだような気がする。


元気になってくれるのはもちろん、とっても嬉しい。でも、こんな風に佐野さんの側にいられて、お世話することが出来なくなってしまう。


この幸せがもうすぐ終わってしまうのは、やっぱり寂しかった。











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