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有紀の日記
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7月8日 晴れ
「有紀! 」
今日はこれから夜勤で、売店で夜食にするクリームパンとスナック菓子を買い、エレベーターに乗ろうとしたところで、佐野さんに呼び止められた。
「あ、佐野さん。この間は平岸までラーメン食べに連れてってくれてありがとう。めっちゃ美味しかったよね~ 」
「うん、また行こうな。……あのさ、……彩矢ちゃんって、その後なんか言ってた?」
言いにくそうに、ちょっと照れながら佐野さんが聞いた。
なんだぁ、その話か。
「えっ、うん。考えとくって言ってたよ。急だったからびっくりしたみたい」
「そうか、そうだよな。ごめん、面倒なこと頼んじゃったな」
「ううん、全然。もっと、もっと頼んで~ なんか奢って~」
「ハハハッ、おまえには食い気しかないのかよ」
佐野さんが落胆したようすを隠すかのように笑った。
「彩矢に今度会った時、聞いておくね」
「いや、別に急がなくていいよ。じゃあ、夜勤、頑張れよ」
「わかった。じゃあね、お疲れ様~」
うわ~ 佐野さん結構、本気なんだ。だよね~ 彩矢は可愛いからなぁ。
勤務割表を見ると、彩矢は今日は代休で、明日が夜勤になってるから、しばらくは会えないな。LINEで聞くのもなんだし、今度の日勤の時でもいいか。
7月13日 晴れ
今日はキューピッド役、大成功。
彩矢が迷った末に佐野さんとおつき合いしてみると言ったから。
佐野さんにいい返事をしてあげられたことは嬉しいんだけれど、ちょっと寂しい。
もちろん、私が佐野さんとおつき合い出来るなんて思ったこともないけれど、いつでも私には親しげに気安く話しかけてくれたから。
そういうことがこの先無くなってしまうのかなって思ったら、とっても寂しいって思っただけ……。
なんとなく気分が沈んで、今日のカラオケは今ひとつ盛り上がらなかった。
大体、なんでいつも私が盛り上げなきゃいけないわけ?
「有紀、なんだよ、おまえ今日はやけにしおらしいな。腹空いてんのか? ポテトでも食えよ。余ってるじゃないか」
横田君が、冷めたフライドポテトにケチャップをたっぷりとつけた。そして間違えたふりをして、わたしの鼻にケチャップをなすりつけた。
一瞬、どっとみんなが笑ったけれど、私がいつものような乗りで反応できなかったので、すぐにシーンとなった。
なんとか盛り上げようと横田君が頑張ってくれたけど、気分は沈む一方で、正直少しも楽しめなかった。
彩矢と佐野さんは楽しいデートができたのかな?
仕事帰りに一階の薬局で、薬剤師の谷さんとおしゃべりしていたら、受付の窓から佐野さんが歩いていくのが見えたので声をかけた。
「佐野さーん!!」
「あ、有紀。今帰りか?」
「うん、谷さんとおしゃべりしてた」
「家まで送ってやるよ。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「え、なあに?」
「あとで車の中で話すよ。じゃあ、十分後に駐車場でな」
そう言って佐野さんは更衣室の方へ歩いて行った。
なんだろ?
聞きたいことって?
「なんで今日は後ろに座るんだよ」
後部座席のドアを開けて、後ろの座席に座った私を佐野さんが咎めた。
「だって、そこはもう、彩矢の席だもん」
「前に座れよ。話ししづらいだろ」
ミラー越しに佐野さんが笑った。
「ダメダメ~ン、それだけは。許されないこと」
色っぽくおどけてみせる。
佐野さんがウケてゲラゲラと笑った。
「今流行ってるのか、それ。いつも面白いなおまえは」
佐野さんがアクセルを踏んで車を走らせた。
私の家はここから車で10分くらいだけれど、佐野さんのアパートを通り過ぎてしまうので、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「初デートはどうだったの? 楽しかった?」
「……うん、そのことで聞きたいことがあるんだよな」
「な~に? なんかトラブルでもあったの?」
バックミラーに映る佐野さんをそっと盗み見する。
う~~っ、佐野さん、めっちゃイケメン、カッコよすぎ!!
「彩矢ちゃんさぁ、あの日、誰かにいじめられてたとか、叱られてたとかなかったかな?」
「初デートの日? 別に何もなかったと思うけど。ウチの病棟でイジメにあってる人はいないはずよ。どうして?」
「最初からずっと泣きっぱなしだった。ボロボロに泣いてて、俺、どうしていいのかわからなくて。なんか嫌なことがあって思い出しちゃったって言ってたから、誰かと揉めたのかなって思ったんだけど……」
落ち着かない様子で心配げに呟く。
「彩矢は繊細なところはあるけど、イジメにあってはいないよ。仕事だってあの日は特に大きなミスをした人はいなかったと思うけど」
「そうか、じゃあ、仕事のことじゃないのかもな。俺も詳しいことはちょっと聞けなくて」
「そうだったんだ。初日から、災難だったね」
彩矢、どうして泣いてたんだろ?
「別に災難ではなかったけど、俺、もっと彩矢ちゃんのこと守ってあげたいんだよな。彩矢ちゃんのことまだ何も知らないから」
「……」
話の内容はちょっと悲劇っぽいけど、バックミラーに映る佐野さんの目にはしっかりとハートマークが浮かんでいた。
もうすっかり彩矢に骨抜きにされているんだ。
彩矢は確か今日、当直になっていた。
北村さんといっしょの夜勤になっていたから超お気の毒。
佐野さんとは明後日会う約束をしているのだそう。
2回目のデートは楽しめるといいね。
佐野さんは今からデートが待ちきれないご様子。
いいなぁ、彩矢はこんなに想ってくれるステキな彼がいて。
佐野さんが車で送ってくれたので、6時前に家に着いてしまった。
真夏の北海道はまだ昼のように明るかった。家の中はさほど暑くもなく、クーラーも必要ない。
中学校の教員をしている父と母はまだまだ帰って来ない。 大学生の遥香も、高校へ行ってる駿太も帰りが遅いから、今日は私が晩ご飯を作ってあげよう。
冷蔵庫の野菜室を開けると、鮮度を失っているもやしがあり、今日中に食べないとダメになりそう。キャベツもピーマンもあるし、今日はソース焼そばでいいか。
簡単で美味しくて大好き。 高カロリーだけど……。
本当はあんかけ焼きそばの方がもっと好きだけど、みんな何時に帰って来るのかわからないから、ソース焼きそばの方がいい。
豚肉を冷凍庫から出して解凍し、玉ねぎと人参の皮をむいた。
小さい頃からやってるからお料理は結構、得意。
「有紀! 」
今日はこれから夜勤で、売店で夜食にするクリームパンとスナック菓子を買い、エレベーターに乗ろうとしたところで、佐野さんに呼び止められた。
「あ、佐野さん。この間は平岸までラーメン食べに連れてってくれてありがとう。めっちゃ美味しかったよね~ 」
「うん、また行こうな。……あのさ、……彩矢ちゃんって、その後なんか言ってた?」
言いにくそうに、ちょっと照れながら佐野さんが聞いた。
なんだぁ、その話か。
「えっ、うん。考えとくって言ってたよ。急だったからびっくりしたみたい」
「そうか、そうだよな。ごめん、面倒なこと頼んじゃったな」
「ううん、全然。もっと、もっと頼んで~ なんか奢って~」
「ハハハッ、おまえには食い気しかないのかよ」
佐野さんが落胆したようすを隠すかのように笑った。
「彩矢に今度会った時、聞いておくね」
「いや、別に急がなくていいよ。じゃあ、夜勤、頑張れよ」
「わかった。じゃあね、お疲れ様~」
うわ~ 佐野さん結構、本気なんだ。だよね~ 彩矢は可愛いからなぁ。
勤務割表を見ると、彩矢は今日は代休で、明日が夜勤になってるから、しばらくは会えないな。LINEで聞くのもなんだし、今度の日勤の時でもいいか。
7月13日 晴れ
今日はキューピッド役、大成功。
彩矢が迷った末に佐野さんとおつき合いしてみると言ったから。
佐野さんにいい返事をしてあげられたことは嬉しいんだけれど、ちょっと寂しい。
もちろん、私が佐野さんとおつき合い出来るなんて思ったこともないけれど、いつでも私には親しげに気安く話しかけてくれたから。
そういうことがこの先無くなってしまうのかなって思ったら、とっても寂しいって思っただけ……。
なんとなく気分が沈んで、今日のカラオケは今ひとつ盛り上がらなかった。
大体、なんでいつも私が盛り上げなきゃいけないわけ?
「有紀、なんだよ、おまえ今日はやけにしおらしいな。腹空いてんのか? ポテトでも食えよ。余ってるじゃないか」
横田君が、冷めたフライドポテトにケチャップをたっぷりとつけた。そして間違えたふりをして、わたしの鼻にケチャップをなすりつけた。
一瞬、どっとみんなが笑ったけれど、私がいつものような乗りで反応できなかったので、すぐにシーンとなった。
なんとか盛り上げようと横田君が頑張ってくれたけど、気分は沈む一方で、正直少しも楽しめなかった。
彩矢と佐野さんは楽しいデートができたのかな?
仕事帰りに一階の薬局で、薬剤師の谷さんとおしゃべりしていたら、受付の窓から佐野さんが歩いていくのが見えたので声をかけた。
「佐野さーん!!」
「あ、有紀。今帰りか?」
「うん、谷さんとおしゃべりしてた」
「家まで送ってやるよ。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「え、なあに?」
「あとで車の中で話すよ。じゃあ、十分後に駐車場でな」
そう言って佐野さんは更衣室の方へ歩いて行った。
なんだろ?
聞きたいことって?
「なんで今日は後ろに座るんだよ」
後部座席のドアを開けて、後ろの座席に座った私を佐野さんが咎めた。
「だって、そこはもう、彩矢の席だもん」
「前に座れよ。話ししづらいだろ」
ミラー越しに佐野さんが笑った。
「ダメダメ~ン、それだけは。許されないこと」
色っぽくおどけてみせる。
佐野さんがウケてゲラゲラと笑った。
「今流行ってるのか、それ。いつも面白いなおまえは」
佐野さんがアクセルを踏んで車を走らせた。
私の家はここから車で10分くらいだけれど、佐野さんのアパートを通り過ぎてしまうので、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「初デートはどうだったの? 楽しかった?」
「……うん、そのことで聞きたいことがあるんだよな」
「な~に? なんかトラブルでもあったの?」
バックミラーに映る佐野さんをそっと盗み見する。
う~~っ、佐野さん、めっちゃイケメン、カッコよすぎ!!
「彩矢ちゃんさぁ、あの日、誰かにいじめられてたとか、叱られてたとかなかったかな?」
「初デートの日? 別に何もなかったと思うけど。ウチの病棟でイジメにあってる人はいないはずよ。どうして?」
「最初からずっと泣きっぱなしだった。ボロボロに泣いてて、俺、どうしていいのかわからなくて。なんか嫌なことがあって思い出しちゃったって言ってたから、誰かと揉めたのかなって思ったんだけど……」
落ち着かない様子で心配げに呟く。
「彩矢は繊細なところはあるけど、イジメにあってはいないよ。仕事だってあの日は特に大きなミスをした人はいなかったと思うけど」
「そうか、じゃあ、仕事のことじゃないのかもな。俺も詳しいことはちょっと聞けなくて」
「そうだったんだ。初日から、災難だったね」
彩矢、どうして泣いてたんだろ?
「別に災難ではなかったけど、俺、もっと彩矢ちゃんのこと守ってあげたいんだよな。彩矢ちゃんのことまだ何も知らないから」
「……」
話の内容はちょっと悲劇っぽいけど、バックミラーに映る佐野さんの目にはしっかりとハートマークが浮かんでいた。
もうすっかり彩矢に骨抜きにされているんだ。
彩矢は確か今日、当直になっていた。
北村さんといっしょの夜勤になっていたから超お気の毒。
佐野さんとは明後日会う約束をしているのだそう。
2回目のデートは楽しめるといいね。
佐野さんは今からデートが待ちきれないご様子。
いいなぁ、彩矢はこんなに想ってくれるステキな彼がいて。
佐野さんが車で送ってくれたので、6時前に家に着いてしまった。
真夏の北海道はまだ昼のように明るかった。家の中はさほど暑くもなく、クーラーも必要ない。
中学校の教員をしている父と母はまだまだ帰って来ない。 大学生の遥香も、高校へ行ってる駿太も帰りが遅いから、今日は私が晩ご飯を作ってあげよう。
冷蔵庫の野菜室を開けると、鮮度を失っているもやしがあり、今日中に食べないとダメになりそう。キャベツもピーマンもあるし、今日はソース焼そばでいいか。
簡単で美味しくて大好き。 高カロリーだけど……。
本当はあんかけ焼きそばの方がもっと好きだけど、みんな何時に帰って来るのかわからないから、ソース焼きそばの方がいい。
豚肉を冷凍庫から出して解凍し、玉ねぎと人参の皮をむいた。
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