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第2章
慎ちゃんの実家で
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*沙織*
慎ちゃんが去った翌日、居ても立っても居られず、朝一番の列車で函館に向かった。
今日は夜勤だから、とんぼ帰りの日程だけれど、一人マンションで悩んでいても落ち着かないし、グズグズしていてはいけない気がした。
朝6時発のスーパー北斗に乗り込み、函館駅ひとつ手前の五稜郭駅には9時過ぎに到着し
慎ちゃんは今頃、実家の自分の部屋でのんびりしているのだろうか。
駅からさほど遠くはなかったはずだ。徒歩五分ほどで着いたはず。
結婚の報告で一度訪れただけなので、よく覚えていないけれど、単純な一本道だったので、迷うことはなかった。
ジージーと鳴く蝉が暑苦しく感じられた。
本来ならお盆でもあるこの時期、一緒に帰省しているはずなのに、慌ただしく帰らなければいけないので、お墓まいりなどは無理だ。
それでも途中和菓子屋に寄り、お仏壇にお供えする和菓子の詰め合せを購入した。
急に慎ちゃんに会うのが恐ろしくなる。
昨夜のように取り付く島もなく拒絶されたらどうすればいいの………
しばらく歩いていたら、目印にしていた弁当屋の看板が見えてきた。
整骨院の隣はお弁当屋さんで、いかを煮付けたような甘辛な匂いがしていた。
名物のいか飯も作って売っているのだろう。
この辺は一応、賑やかな街中ではあるけれど、やはり札幌とは違うローカル感が漂っている。
整骨院の患者にでもなった気分で入口のドアを開けた。
待合室には二名ほどの患者が雑誌やスマホなどを見つめて待っていた。
「あら、沙織ちゃん、慎也はまだ来ていないわよ」
受付をしていたお義母さんが、いつもと変わらない調子で微笑んだ。
お義母さんには電話で事のあらましは話しておいた。
二ヶ月で離婚話なんて、どんなに驚くだろうと思ったけれど……
慎ちゃんのご両親は優しいというのか、ゆるいというのか、とにかくなんでもいいよ~、好きにやりなさ~いといった自由主義だ。
だから結婚のときも、こんな私でも咎めることなく、すんなり受け入れてくれた。
今度も多分、突然二ヶ月で離婚しますと息子が言っても、あらまぁ残念だけど仕方がないわねで済まされそう。
吉岡の母とは比較にならないほど、優しく楽しい舅と姑なのだけれど。
今度も衝動的で短絡的な息子の決断を、簡単に承諾されそうで不安になる。
「慎ちゃんからはなにか連絡はありましたか?」
「なにもないわよ。本当にこっちに向かっているのかしら? 沙織さんの考え過ぎじゃないの? ホホホッ」
私の心配などお構いなしに、終始笑顔で話す姑に苛立つ。
「病院に辞表まで出したっていうんですよっ、笑い事じゃないでしょう!!」
「まぁ、まぁ、そんなにいきり立たないで。中で待っていて頂戴。すぐに行くから」
患者は予約してから来るので、常に受付にはいなくても良いのかも知れない。
施術している舅だけでも、十分やりくり出来そうな感じだ。
受付から自宅に通じるドアを開け、リビングに入った。
キャビネットの上にいくつかフォトフレームが並べられている。
幼少期の慎ちゃんとお兄さんの写真。
黄色の帽子をかぶり、紺色の幼稚園服を着せられた慎ちゃんが、おどけた顔をしてポーズを取っている。
あどけない笑顔は、今とあまり変わらないように見える。
野球少年だったと言っていた。
ヘッドスライディングをしている写真もある。
野球の話はあまり聞いたことがない。
以前、日ハムの試合を見に行こうと誘われたけれど、つまらないと言って断った。
いつも、私のしたいことに慎ちゃんが合わせてくれた。
今思えば、随分わがままだったのかも知れない。
慎ちゃんだって、たまには甘えたい気持ちにもなっただろうな。
だから、よく尽くしてくれた年増の元カノが忘れられなかったの?
慎ちゃんのことなど、まだ何も知らないような気分にさせられた。
結婚して二ヶ月しか経ってはいないけど、もしかしたら、わがままな私との暮らしに辟易していたのかも知れない。
ごめんね、慎ちゃん………
受付から戻ったお義母さんが冷蔵庫を開け、麦茶をゴボゴボと注ぐ音が聞こえた。
「は~い、おまたせ~ 外は暑かったでしょう?」
明るい調子でそう言うと、ソファの前のテーブルに麦茶をおいた。
駅から5分ほど歩いたので、少し汗をかいていた。
「今日は夜勤なので、お昼過ぎには帰らないといけないんです。お墓まいりには行けそうもないので、これをお仏壇に」
買ってきた和菓子を差し出した。
「あら、ありがとう。じゃあ、せっかくだからお線香をあげて頂戴」
となりの和室へ入り、仏壇の前に座ってロウソクに火を灯す。
お線香に火をつけ、おりんを鳴らして手を合わせた。
一度もあったことのない慎ちゃんのご先祖様だけれど、仏壇に向かって手を合わせていると、本当にこの家の嫁になったのだという実感が湧いてくる。
私もいずれは橋本家のお墓に入るのだろうか。
仏間の上部にかけられている御先祖の写真が私を見つめていた。
祖父母だけあって、どことなく慎ちゃんに似ている。
慎ちゃんは、おばあちゃん子だったと聞いたことがある。
とても可愛がられていたのだろうな。
「お参りしてくれてありがとう。多分、慎也は帰って来ないと思うわよ。なんの連絡も来ていないもの。一体なにがあったっていうの?」
珍しく少し真剣な様子でお義母さんが尋ねた。
二人でリビングのソファに腰を下ろす。
テーブルに置かれた麦茶を一気にゴクゴクと飲み干した。
「慎ちゃんのすることは、もう滅茶苦茶です。買ったばかりの新車を下取らせて中古に買い替えたり、それはまだいいとして、元カノと浮気したうえに百万円も渡していたんですよ! 簡単に許せることじゃないでしょう。それなのに逆ギレして、もう離婚するからって昨日荷物をまとめて出て行ってしまったんです」
説明しているうちに、あまりの惨めさで感情が高ぶり、涙が出てきた。
「まあ、そんなことがあったの。あの子どうしちゃったのかしら? 確かにお金の使い方はあまり上手ではなかったけど。でも、浮気をするようには思えないわね」
「私もそれは信じていたんです。でも、あまりにも証拠が揃いすぎているから………」
「とにかく離婚は簡単にできることではないでしょう。一方的になんて無理なんだから心配することないわよ」
どこまでも楽観的なお義母さんに不安を感じるものの、離婚を勧められなかったのはよかった。
吉岡の母のように、“ うちの息子にはもっといい嫁の来手がある ” などと言われそうな気もしていたから。
肝心の慎ちゃんがいないことには、これ以上の話し合いもできない。
とにかく、お義母さんも離婚に賛成はしていないようで安心した。
「慎ちゃんはわたしの話など今は聞いてくれそうもなくて、、だからお義母さんから伝えておいて頂けますか? 私は絶対に離婚なんてしませんって」
「わかったわ。慎也が帰ってきたら伝えておくから、そんなに心配しないで。あなた、今日は夜勤なんでしょう? 少し休んでおいた方がいいわよ。お昼ごはんはなにがいい?」
「食欲ないのでいりません。お構いなく」
「ちゃんと食べないとダメよ。ソーメンでもいい?」
「ソーメンなら食べられそうです。慎ちゃんの部屋で少し休ませてもらってもいいですか? 12時45分の列車で札幌に戻ります」
「わかったわ。じゃあ、ソーメンができたら呼ぶわね」
まだ、10時前だから、二時間は休めそう。
二階へあがり、慎ちゃんが高校生の時まで過ごしていた部屋に入る。
ブルーの布団カバーが掛けられているベッドに倒れ込み、天井を見つめた。
お義母さんもお義父さんも優しいし、やっぱり慎ちゃんとは別れたくない。
家具は学習机と本棚にベッドだけ。昔のアイドルのポスターが貼られたままになっている。
可愛い子だとは思うけれど、私には少しも似ていない。男性ウケしそうな可憐なタイプだ。
本当はどんな子が好きなのだろう。
私のことなど初めから好きではなかったのではないのか。
そんなことを考えているうちにウトウトと寝入っていた。
「沙織ちゃん、ソーメンが出来たわよ!」
お義母さんの呼ぶ声で目が覚めた。
下へ降りると、すでにお義父さんがソーメンを食べていた。
「やあ、沙織ちゃん、久しぶりだな、よく来たね。でも、すぐに帰ってしまうんだって? 残念だなぁ」
なにごともなかったかのように言う義父の、無神経な態度に腹が立つ。
「遊びに来たんじゃないんですよ! 私たちは今、離婚の危機なんですっ、お義母さんに聞いてないんですか?」
プリプリしながら答え、隣に座った。
「今どき離婚なんか大したことでもないだろ。命を取られるわけでもなし、沙織ちゃんは意外と小心者だなぁ、ハハハッ」
義母以上に楽天家の義父に呆れる。
明日地球が滅びると言われても、この夫婦は動じることがないだろう。
こんな能天気な夫婦から、何ゆえあのような繊細な息子が生まれたのか。
「病院にもう辞表を出してしまったっていうんですよっ! 慎ちゃんにはローンがたくさん残ってるっていうのに」
義父は激怒している私に、少しひるんだかのように肩をすぼめた。
「そうか、それは困ったな。やっぱり函館に戻って、二人でこの整骨院を継ぐのはどうかな?」
「そんなの困ります!」
函館に住むなんてごめんだわ。いくら優しいご両親だからって同居なんて真っ平だ。
ん
だけど、プータローのままでいられても困るし、、
さすがに楽天家な義父も良い案など浮かぶはずもなく、重苦しい空気が漂う。
キッチンのほうから物音がして、誰かの話し声が聞こえた。
え? この声は、、も、もしかして……
「あ、ただいま」
仲良くにこやかに入ってきた二人連れは、、
し、慎ちゃん!!
慎ちゃんが去った翌日、居ても立っても居られず、朝一番の列車で函館に向かった。
今日は夜勤だから、とんぼ帰りの日程だけれど、一人マンションで悩んでいても落ち着かないし、グズグズしていてはいけない気がした。
朝6時発のスーパー北斗に乗り込み、函館駅ひとつ手前の五稜郭駅には9時過ぎに到着し
慎ちゃんは今頃、実家の自分の部屋でのんびりしているのだろうか。
駅からさほど遠くはなかったはずだ。徒歩五分ほどで着いたはず。
結婚の報告で一度訪れただけなので、よく覚えていないけれど、単純な一本道だったので、迷うことはなかった。
ジージーと鳴く蝉が暑苦しく感じられた。
本来ならお盆でもあるこの時期、一緒に帰省しているはずなのに、慌ただしく帰らなければいけないので、お墓まいりなどは無理だ。
それでも途中和菓子屋に寄り、お仏壇にお供えする和菓子の詰め合せを購入した。
急に慎ちゃんに会うのが恐ろしくなる。
昨夜のように取り付く島もなく拒絶されたらどうすればいいの………
しばらく歩いていたら、目印にしていた弁当屋の看板が見えてきた。
整骨院の隣はお弁当屋さんで、いかを煮付けたような甘辛な匂いがしていた。
名物のいか飯も作って売っているのだろう。
この辺は一応、賑やかな街中ではあるけれど、やはり札幌とは違うローカル感が漂っている。
整骨院の患者にでもなった気分で入口のドアを開けた。
待合室には二名ほどの患者が雑誌やスマホなどを見つめて待っていた。
「あら、沙織ちゃん、慎也はまだ来ていないわよ」
受付をしていたお義母さんが、いつもと変わらない調子で微笑んだ。
お義母さんには電話で事のあらましは話しておいた。
二ヶ月で離婚話なんて、どんなに驚くだろうと思ったけれど……
慎ちゃんのご両親は優しいというのか、ゆるいというのか、とにかくなんでもいいよ~、好きにやりなさ~いといった自由主義だ。
だから結婚のときも、こんな私でも咎めることなく、すんなり受け入れてくれた。
今度も多分、突然二ヶ月で離婚しますと息子が言っても、あらまぁ残念だけど仕方がないわねで済まされそう。
吉岡の母とは比較にならないほど、優しく楽しい舅と姑なのだけれど。
今度も衝動的で短絡的な息子の決断を、簡単に承諾されそうで不安になる。
「慎ちゃんからはなにか連絡はありましたか?」
「なにもないわよ。本当にこっちに向かっているのかしら? 沙織さんの考え過ぎじゃないの? ホホホッ」
私の心配などお構いなしに、終始笑顔で話す姑に苛立つ。
「病院に辞表まで出したっていうんですよっ、笑い事じゃないでしょう!!」
「まぁ、まぁ、そんなにいきり立たないで。中で待っていて頂戴。すぐに行くから」
患者は予約してから来るので、常に受付にはいなくても良いのかも知れない。
施術している舅だけでも、十分やりくり出来そうな感じだ。
受付から自宅に通じるドアを開け、リビングに入った。
キャビネットの上にいくつかフォトフレームが並べられている。
幼少期の慎ちゃんとお兄さんの写真。
黄色の帽子をかぶり、紺色の幼稚園服を着せられた慎ちゃんが、おどけた顔をしてポーズを取っている。
あどけない笑顔は、今とあまり変わらないように見える。
野球少年だったと言っていた。
ヘッドスライディングをしている写真もある。
野球の話はあまり聞いたことがない。
以前、日ハムの試合を見に行こうと誘われたけれど、つまらないと言って断った。
いつも、私のしたいことに慎ちゃんが合わせてくれた。
今思えば、随分わがままだったのかも知れない。
慎ちゃんだって、たまには甘えたい気持ちにもなっただろうな。
だから、よく尽くしてくれた年増の元カノが忘れられなかったの?
慎ちゃんのことなど、まだ何も知らないような気分にさせられた。
結婚して二ヶ月しか経ってはいないけど、もしかしたら、わがままな私との暮らしに辟易していたのかも知れない。
ごめんね、慎ちゃん………
受付から戻ったお義母さんが冷蔵庫を開け、麦茶をゴボゴボと注ぐ音が聞こえた。
「は~い、おまたせ~ 外は暑かったでしょう?」
明るい調子でそう言うと、ソファの前のテーブルに麦茶をおいた。
駅から5分ほど歩いたので、少し汗をかいていた。
「今日は夜勤なので、お昼過ぎには帰らないといけないんです。お墓まいりには行けそうもないので、これをお仏壇に」
買ってきた和菓子を差し出した。
「あら、ありがとう。じゃあ、せっかくだからお線香をあげて頂戴」
となりの和室へ入り、仏壇の前に座ってロウソクに火を灯す。
お線香に火をつけ、おりんを鳴らして手を合わせた。
一度もあったことのない慎ちゃんのご先祖様だけれど、仏壇に向かって手を合わせていると、本当にこの家の嫁になったのだという実感が湧いてくる。
私もいずれは橋本家のお墓に入るのだろうか。
仏間の上部にかけられている御先祖の写真が私を見つめていた。
祖父母だけあって、どことなく慎ちゃんに似ている。
慎ちゃんは、おばあちゃん子だったと聞いたことがある。
とても可愛がられていたのだろうな。
「お参りしてくれてありがとう。多分、慎也は帰って来ないと思うわよ。なんの連絡も来ていないもの。一体なにがあったっていうの?」
珍しく少し真剣な様子でお義母さんが尋ねた。
二人でリビングのソファに腰を下ろす。
テーブルに置かれた麦茶を一気にゴクゴクと飲み干した。
「慎ちゃんのすることは、もう滅茶苦茶です。買ったばかりの新車を下取らせて中古に買い替えたり、それはまだいいとして、元カノと浮気したうえに百万円も渡していたんですよ! 簡単に許せることじゃないでしょう。それなのに逆ギレして、もう離婚するからって昨日荷物をまとめて出て行ってしまったんです」
説明しているうちに、あまりの惨めさで感情が高ぶり、涙が出てきた。
「まあ、そんなことがあったの。あの子どうしちゃったのかしら? 確かにお金の使い方はあまり上手ではなかったけど。でも、浮気をするようには思えないわね」
「私もそれは信じていたんです。でも、あまりにも証拠が揃いすぎているから………」
「とにかく離婚は簡単にできることではないでしょう。一方的になんて無理なんだから心配することないわよ」
どこまでも楽観的なお義母さんに不安を感じるものの、離婚を勧められなかったのはよかった。
吉岡の母のように、“ うちの息子にはもっといい嫁の来手がある ” などと言われそうな気もしていたから。
肝心の慎ちゃんがいないことには、これ以上の話し合いもできない。
とにかく、お義母さんも離婚に賛成はしていないようで安心した。
「慎ちゃんはわたしの話など今は聞いてくれそうもなくて、、だからお義母さんから伝えておいて頂けますか? 私は絶対に離婚なんてしませんって」
「わかったわ。慎也が帰ってきたら伝えておくから、そんなに心配しないで。あなた、今日は夜勤なんでしょう? 少し休んでおいた方がいいわよ。お昼ごはんはなにがいい?」
「食欲ないのでいりません。お構いなく」
「ちゃんと食べないとダメよ。ソーメンでもいい?」
「ソーメンなら食べられそうです。慎ちゃんの部屋で少し休ませてもらってもいいですか? 12時45分の列車で札幌に戻ります」
「わかったわ。じゃあ、ソーメンができたら呼ぶわね」
まだ、10時前だから、二時間は休めそう。
二階へあがり、慎ちゃんが高校生の時まで過ごしていた部屋に入る。
ブルーの布団カバーが掛けられているベッドに倒れ込み、天井を見つめた。
お義母さんもお義父さんも優しいし、やっぱり慎ちゃんとは別れたくない。
家具は学習机と本棚にベッドだけ。昔のアイドルのポスターが貼られたままになっている。
可愛い子だとは思うけれど、私には少しも似ていない。男性ウケしそうな可憐なタイプだ。
本当はどんな子が好きなのだろう。
私のことなど初めから好きではなかったのではないのか。
そんなことを考えているうちにウトウトと寝入っていた。
「沙織ちゃん、ソーメンが出来たわよ!」
お義母さんの呼ぶ声で目が覚めた。
下へ降りると、すでにお義父さんがソーメンを食べていた。
「やあ、沙織ちゃん、久しぶりだな、よく来たね。でも、すぐに帰ってしまうんだって? 残念だなぁ」
なにごともなかったかのように言う義父の、無神経な態度に腹が立つ。
「遊びに来たんじゃないんですよ! 私たちは今、離婚の危機なんですっ、お義母さんに聞いてないんですか?」
プリプリしながら答え、隣に座った。
「今どき離婚なんか大したことでもないだろ。命を取られるわけでもなし、沙織ちゃんは意外と小心者だなぁ、ハハハッ」
義母以上に楽天家の義父に呆れる。
明日地球が滅びると言われても、この夫婦は動じることがないだろう。
こんな能天気な夫婦から、何ゆえあのような繊細な息子が生まれたのか。
「病院にもう辞表を出してしまったっていうんですよっ! 慎ちゃんにはローンがたくさん残ってるっていうのに」
義父は激怒している私に、少しひるんだかのように肩をすぼめた。
「そうか、それは困ったな。やっぱり函館に戻って、二人でこの整骨院を継ぐのはどうかな?」
「そんなの困ります!」
函館に住むなんてごめんだわ。いくら優しいご両親だからって同居なんて真っ平だ。
ん
だけど、プータローのままでいられても困るし、、
さすがに楽天家な義父も良い案など浮かぶはずもなく、重苦しい空気が漂う。
キッチンのほうから物音がして、誰かの話し声が聞こえた。
え? この声は、、も、もしかして……
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