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第1章
お母様の驚き
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とにかく、このまま沖縄へ帰ってしまったら、ずっとモヤモヤしたまま暮らさなければいけなくなる。
会いに行ってみよう。
修二さんともう一度やり直せるなら……。
修二さんの気持ちを確かめたい。
美冬にパパがいてくれたら、どんなに幸せかしれないもの。
私だって、まだ、、修二さんが好き……。
時計を見ると、まだ午後3時前だった。
明日は新千歳から午前11時20分発の便で、沖縄へ帰らなければいけない。
修二さんに会うとすれば、今日しかない。
美冬は抱っこされたまま眠っていた。
「美冬、パパに会いに行ってみようか。もしかしたらダメかもしれないけど」
札幌駅前通りでタクシーを拾い、宮の森の谷家の住所を告げた。
六月にもタクシーに乗って、同じ道を走ったけれど、緊張感がまるで違う。
前回は懐かしい公園へ、藤棚を見に行くだけだったけれど、今度は家まで押しかけようとしているのだ。
タクシーの窓から流れる外の景色が、六月に訪れたときとはずいぶん違っていた。
新緑だった木々が黄色味を帯びていて、風さえも深まりゆく秋を感じさせた。
なんの相談もなく美冬を産んだことを、咎められたりしたらどうしよう。
そんなことを想像しただけで、哀しくて涙がにじんだ。
懐かしい公園を通りすぎ、もう少しで谷家へ到着してしまう。
車窓からの流れる風景に、緊張で心臓がバクバクと音をたてた。
脇に嫌な汗をかいて、足が震えてくる。
前方にとうとう谷家が見えて来た。
「あ、そこの家の前で停めてください」
料金を払って、眠っている美冬をおこさないようにタクシーを降りた。
なんの連絡もせずに、訪問なんて……。
決心してきたにもかかわらず、玄関前で怖気づく。
深呼吸をひとつしてブザーを押した。
『はい?』
懐かしいお母様の声が聞こえた。
「あ、あの、ご無沙汰しています。藤沢です。ちょっと近くまで来たので、ご挨拶に伺いました」
もう、ここまで来てしまったのだと破れかぶれの気持ちになる。
『え! 有紀ちゃん?』
絶句したようなお母様の声が聞こえて、さらに緊張した。
玄関のドアが開いて目を丸くしたお母様の顔が見えた。
「こんにちは! お母様、お元気でしたか?」
お母様を前にするとすっかり開きなおり、持ち前の図々しさと度胸の良さを発揮して、笑顔で挨拶をした。
「驚いたわ。よく来てくださったわね。本当になんて言ったらいいのか……。どうぞ、入って」
突然の来訪を喜んでくれているように見えたので、ひとまずホッとした。
出されたスリッパを履いて、リビングへ向かう。
修二さんもリビングにいるのだろうか。
リビングは荒れたような形跡は見られず、お花も絵も飾られて高価な調度品なんかも置かれている。
修二さんはもう、暴れたりはしていないのだろう。
リビングに修二さんはいなかったので、少し緊張感から開放された。
いつもは沈着冷静なお母様が動揺しているのがわかった。
「有紀ちゃん、ご結婚なさったのね。ちっとも知らなくて、ごめんなさいね。……もう、赤ちゃんがいたなんてね」
お母様は抱っこしている美冬をチラチラと見ながら、申し訳なさそうに言われた。
「………あ、あの、修二さんの後遺症はもう大丈夫ですか? 」
「え、ええ、今は薬剤師はしていないんだけど、以前よりはずいぶん元気になったの」
「そうですか。よかったです。今日、久し振りに以前の病院の同僚と会ったんですけど、修二さんがうつ病って聞いたものですから、心配で」
修二さんは家にいないのだろうか?
「そ、そうね、秋から冬にかけてはひどかったわ。目が離せないくらい落ち込んで……。でも、春になって気分も明るくなったのでしょうね。ずいぶんと出歩くようになって、七月から近所にアパートを借りて一人暮らしを始めたのよ」
「一人暮しですか?」
じゃあ、修二さんはこの家にはいないのね。
会うのは怖かったけれど、いないと聞くとやはり寂しかった。
「もう、いい年をした大人ですものね。いつまでも親元にいるのも恥ずかしくなったんじゃないかしら。お飲み物、赤ちゃんがいるならコーヒーよりジュースのほうがいいかしら? オレンジがいい? りんご? グレープもあるわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、グレープお願いします」
「ふえっ、ふえっ、ふぎゃあ、、」
眠っていた美冬が目を覚ました。
そろそろミルクの時間だ。オムツも交換したほうがいい。
「すみません。オムツを替えたいんですが、ラグの上でしても大丈夫ですか?」
「あら、あら、ごめんなさい。いま、バスタオルを敷くわね」
お母様がバスルームのほうからバスタオルを持ってきて、ソファの上に敷いてくれた。
「可愛い子ね。何ヶ月?」
お母様はそう聞いて、テーブルにグレープジュースを置いた。
「あの、、修二さん、麗奈さんと別れたって本当なんですか?」
お母様の質問には答えずに、話題を変えた。
「ええ、実はそうなの。麗奈さんはまだ若いし、いくらでもやり直しがきくから、良かったんじゃないかしら」
悲しみを紛らわすかのように、まるで自分に言い聞かせているようだった。
「麗奈さん、妊娠していなかったって聞いたんですけど……」
「……してなかったみたいね。でも、それが原因で別れたわけじゃないと思うわ。二人から話を聞いたわけじゃないんだけど、なんとなく、、」
言葉を濁してお母様は、沈うつな様子で目を伏せた。
バッグから哺乳瓶を取り出し、オムツを替えた美冬を抱っこして飲ませた。
「いいわね、赤ちゃんは。もうお母さんになってたなんてね。ご主人はやっぱり医療関係の方?」
「あ、は、はい……。」
今日は修二さんに美冬を会わせるために来たのだ。これ以上ウソはつきたくなかった。
だけど、どうやって切り出せばいいのだろう。
「本当は有紀ちゃんに何度か電話をしようと思ったの。修二、麗奈さんと離婚したあと、ひどく落ち込んでしまって。ずっと不二子の墓の前にしゃがみ込んでたり、もう死んでしまうんじゃないかと思って気が気でなかったわ。だけど、また有紀ちゃんに助けてなんて、とても言えなくて」
「……麗奈さんに赤ちゃんが生まれて、幸せに暮らしてるんだとばかり思ってました」
「有紀ちゃんに酷いことをしたまま、別れてしまうことになって。修二はそのことが一番こたえていたんだと思うの。……でも、良かったわ、有紀ちゃんはいい人に巡り会えたのね。幸せになってもらわなかったら、私たちとしても申し訳がたたなくて……」
お母様はうつむいて少し涙ぐんでいた。
「この子、美冬って言います。去年の11月に沖縄で産んだんです。……この子には今、お父さんはいません」
一気にそこまで言うと、涙が溢れた。
「えっ? そ、それ、どういうこと?……有紀ちゃんもすぐに離婚したの?」
お母様はまったく意味がわからないと言うように、不安げに顔をあげた。
「この子、修二さんの子です」
お母様が固まったまま、ミルクを飲んでいる美冬を身じろぎもせずに凝視していた。
口に手を当てたまま、まるで恐ろしいものでも見るかのように。
「そんな、、そんなことって」
「驚かせてしまってすみません。美冬のことは知らせるつもりなかったんです。ずっと秘密にするつもりでした。でも麗奈さんと離婚されたって聞いて、、それなら会わせてもいいのかなって……」
まだミルクを無心に飲んでいる美冬から、お母様は目が離せなくなっていた。
「似てる、似ているわ。修二の一歳のときの写真に。……有紀ちゃん、なんてお詫びを言ったらいいのかしら、妊娠させていたなんて。本当にごめんなさい。結婚もしていないのに、なんてことを………」
突然あらわれた孫に喜ぶような心境ではないのだろう。お母様はますます恐縮してうなだれた。
「謝らないでください。私、美冬が生まれてくれて、今とっても幸せなんです。結婚してからずっと子供ができなくて、諦めていたものですから。だから、妊娠がわかったときは本当に嬉しくて……」
「それで沖縄へ、たった一人で……」
お母様は目に手をあてて涙をおさえた。
「沖縄の人たちが助けてくれて、私ちっとも寂しくなかったんですよ。今も沖縄の病院で働いてますけど、昨日、妹の結婚式で帰省していて」
ミルクを飲み終えた美冬はすっかりご機嫌になって、得意の喃語をうぐうぐ言いはじめた。
「本当になんて可愛らしい子。抱かせてもらってもいいかしら」
おずおずとお母様が美冬に細い腕をのばした。
「すごく重いですよ。10kgもあるので」
美冬はなにが楽しいのか、お母様に抱かれてきゃっきゃと笑い声をあげた。
沖縄のアパートには、毎日のように誰かが入り浸っていた状態なので、人見知りなどはしない。
「有紀ちゃんの望むことは私たち、できる限りのお手伝いをするつもりよ」
抱っこした美冬を揺らしながら、お母様がつぶやいた。
「……具体的なことは考えてなくて。ただこの子の存在を知って欲しかったんです。実家の両親に会わせたのも最近なんですけど、肉親に可愛がってもらえるって、やっぱり幸せなことですから」
「有紀ちゃんが時々でもこの子に会わせてくれるなら、私たちどんなに幸せかしれないわ」
目を細めて美冬をあやしているお母様をみて、嬉しくなる。
だけど、修二さんはどうなんだろう。
美冬を見て喜んでくれるだろうか……。
「あ、あの、修二さんは、、修二さんが喜んでくれるかどうかが心配で……」
「そうだったわ、修二に知らせないと。電話するの忘れていたわ。あ、ごめんなさい。美冬ちゃん一度戻すわね」
美冬を私の腕に戻すと、お母様はスマホを取り出して耳に当てた。
「あら、出ないわ。どこにいるのかしら」
「ご実家にはあまり来られないんですか?」
「時々作りおきのおかずを取りに来たりはするのよ。お料理はやっぱり面倒なのね。留守みたいだからまた後で掛けてみるわね。そ、そうだわ、夕食は何にしようかしら? 」
お母様は落ち着きなくそわそわと立ち上がった。
「あ、お構いなく。友人とホテルブュッフェのランチを食べすぎてしまって、お腹がいっぱいなんです」
お母様はキッチンへ向かい、あたふたと夕食の準備をはじめた。
わたし、ずっとここで待っていてもいいの?
修二さんは優しい人だ。
だけど、子供が好きかどうかはよくわからない。
子供って修二さんのイメージには合わない気がして。
あの修二さんがイクメン……。
そんな想像をしていると、赤ん坊を見てショックを受け、愕然とした修二さんばかりが目に浮かび、気が重くなってくる。
それにまだ、麗奈さんのことを引きずっているかもしれない。
それなのに私は子供を盾に、修二さんに復縁を迫ろうとしているのか?
修二さんがもしそんなふうに感じて、仕方なく責任を取ろうとするのだったら……。
もしそんな気持ちだとしたら、今まで通りひとりで美冬を育てたほうがマシだ。
「修二さんのアパートはここから遠いんでしょうか?」
キッチンで野菜を刻んでいるお母様に聞いてみた。
「歩いていけるくらい近いそうなの。建ったばかりの賃貸マンションなんですって。私もまだ行ったことはないの。小説を書くために借りたらしくて。ペースを乱されたくないみたいでね。用があるならラインで連絡してくれなんて言うのよ」
……行ってみたい。
修二さんのアパートへ。
会いに行ってみよう。
修二さんともう一度やり直せるなら……。
修二さんの気持ちを確かめたい。
美冬にパパがいてくれたら、どんなに幸せかしれないもの。
私だって、まだ、、修二さんが好き……。
時計を見ると、まだ午後3時前だった。
明日は新千歳から午前11時20分発の便で、沖縄へ帰らなければいけない。
修二さんに会うとすれば、今日しかない。
美冬は抱っこされたまま眠っていた。
「美冬、パパに会いに行ってみようか。もしかしたらダメかもしれないけど」
札幌駅前通りでタクシーを拾い、宮の森の谷家の住所を告げた。
六月にもタクシーに乗って、同じ道を走ったけれど、緊張感がまるで違う。
前回は懐かしい公園へ、藤棚を見に行くだけだったけれど、今度は家まで押しかけようとしているのだ。
タクシーの窓から流れる外の景色が、六月に訪れたときとはずいぶん違っていた。
新緑だった木々が黄色味を帯びていて、風さえも深まりゆく秋を感じさせた。
なんの相談もなく美冬を産んだことを、咎められたりしたらどうしよう。
そんなことを想像しただけで、哀しくて涙がにじんだ。
懐かしい公園を通りすぎ、もう少しで谷家へ到着してしまう。
車窓からの流れる風景に、緊張で心臓がバクバクと音をたてた。
脇に嫌な汗をかいて、足が震えてくる。
前方にとうとう谷家が見えて来た。
「あ、そこの家の前で停めてください」
料金を払って、眠っている美冬をおこさないようにタクシーを降りた。
なんの連絡もせずに、訪問なんて……。
決心してきたにもかかわらず、玄関前で怖気づく。
深呼吸をひとつしてブザーを押した。
『はい?』
懐かしいお母様の声が聞こえた。
「あ、あの、ご無沙汰しています。藤沢です。ちょっと近くまで来たので、ご挨拶に伺いました」
もう、ここまで来てしまったのだと破れかぶれの気持ちになる。
『え! 有紀ちゃん?』
絶句したようなお母様の声が聞こえて、さらに緊張した。
玄関のドアが開いて目を丸くしたお母様の顔が見えた。
「こんにちは! お母様、お元気でしたか?」
お母様を前にするとすっかり開きなおり、持ち前の図々しさと度胸の良さを発揮して、笑顔で挨拶をした。
「驚いたわ。よく来てくださったわね。本当になんて言ったらいいのか……。どうぞ、入って」
突然の来訪を喜んでくれているように見えたので、ひとまずホッとした。
出されたスリッパを履いて、リビングへ向かう。
修二さんもリビングにいるのだろうか。
リビングは荒れたような形跡は見られず、お花も絵も飾られて高価な調度品なんかも置かれている。
修二さんはもう、暴れたりはしていないのだろう。
リビングに修二さんはいなかったので、少し緊張感から開放された。
いつもは沈着冷静なお母様が動揺しているのがわかった。
「有紀ちゃん、ご結婚なさったのね。ちっとも知らなくて、ごめんなさいね。……もう、赤ちゃんがいたなんてね」
お母様は抱っこしている美冬をチラチラと見ながら、申し訳なさそうに言われた。
「………あ、あの、修二さんの後遺症はもう大丈夫ですか? 」
「え、ええ、今は薬剤師はしていないんだけど、以前よりはずいぶん元気になったの」
「そうですか。よかったです。今日、久し振りに以前の病院の同僚と会ったんですけど、修二さんがうつ病って聞いたものですから、心配で」
修二さんは家にいないのだろうか?
「そ、そうね、秋から冬にかけてはひどかったわ。目が離せないくらい落ち込んで……。でも、春になって気分も明るくなったのでしょうね。ずいぶんと出歩くようになって、七月から近所にアパートを借りて一人暮らしを始めたのよ」
「一人暮しですか?」
じゃあ、修二さんはこの家にはいないのね。
会うのは怖かったけれど、いないと聞くとやはり寂しかった。
「もう、いい年をした大人ですものね。いつまでも親元にいるのも恥ずかしくなったんじゃないかしら。お飲み物、赤ちゃんがいるならコーヒーよりジュースのほうがいいかしら? オレンジがいい? りんご? グレープもあるわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、グレープお願いします」
「ふえっ、ふえっ、ふぎゃあ、、」
眠っていた美冬が目を覚ました。
そろそろミルクの時間だ。オムツも交換したほうがいい。
「すみません。オムツを替えたいんですが、ラグの上でしても大丈夫ですか?」
「あら、あら、ごめんなさい。いま、バスタオルを敷くわね」
お母様がバスルームのほうからバスタオルを持ってきて、ソファの上に敷いてくれた。
「可愛い子ね。何ヶ月?」
お母様はそう聞いて、テーブルにグレープジュースを置いた。
「あの、、修二さん、麗奈さんと別れたって本当なんですか?」
お母様の質問には答えずに、話題を変えた。
「ええ、実はそうなの。麗奈さんはまだ若いし、いくらでもやり直しがきくから、良かったんじゃないかしら」
悲しみを紛らわすかのように、まるで自分に言い聞かせているようだった。
「麗奈さん、妊娠していなかったって聞いたんですけど……」
「……してなかったみたいね。でも、それが原因で別れたわけじゃないと思うわ。二人から話を聞いたわけじゃないんだけど、なんとなく、、」
言葉を濁してお母様は、沈うつな様子で目を伏せた。
バッグから哺乳瓶を取り出し、オムツを替えた美冬を抱っこして飲ませた。
「いいわね、赤ちゃんは。もうお母さんになってたなんてね。ご主人はやっぱり医療関係の方?」
「あ、は、はい……。」
今日は修二さんに美冬を会わせるために来たのだ。これ以上ウソはつきたくなかった。
だけど、どうやって切り出せばいいのだろう。
「本当は有紀ちゃんに何度か電話をしようと思ったの。修二、麗奈さんと離婚したあと、ひどく落ち込んでしまって。ずっと不二子の墓の前にしゃがみ込んでたり、もう死んでしまうんじゃないかと思って気が気でなかったわ。だけど、また有紀ちゃんに助けてなんて、とても言えなくて」
「……麗奈さんに赤ちゃんが生まれて、幸せに暮らしてるんだとばかり思ってました」
「有紀ちゃんに酷いことをしたまま、別れてしまうことになって。修二はそのことが一番こたえていたんだと思うの。……でも、良かったわ、有紀ちゃんはいい人に巡り会えたのね。幸せになってもらわなかったら、私たちとしても申し訳がたたなくて……」
お母様はうつむいて少し涙ぐんでいた。
「この子、美冬って言います。去年の11月に沖縄で産んだんです。……この子には今、お父さんはいません」
一気にそこまで言うと、涙が溢れた。
「えっ? そ、それ、どういうこと?……有紀ちゃんもすぐに離婚したの?」
お母様はまったく意味がわからないと言うように、不安げに顔をあげた。
「この子、修二さんの子です」
お母様が固まったまま、ミルクを飲んでいる美冬を身じろぎもせずに凝視していた。
口に手を当てたまま、まるで恐ろしいものでも見るかのように。
「そんな、、そんなことって」
「驚かせてしまってすみません。美冬のことは知らせるつもりなかったんです。ずっと秘密にするつもりでした。でも麗奈さんと離婚されたって聞いて、、それなら会わせてもいいのかなって……」
まだミルクを無心に飲んでいる美冬から、お母様は目が離せなくなっていた。
「似てる、似ているわ。修二の一歳のときの写真に。……有紀ちゃん、なんてお詫びを言ったらいいのかしら、妊娠させていたなんて。本当にごめんなさい。結婚もしていないのに、なんてことを………」
突然あらわれた孫に喜ぶような心境ではないのだろう。お母様はますます恐縮してうなだれた。
「謝らないでください。私、美冬が生まれてくれて、今とっても幸せなんです。結婚してからずっと子供ができなくて、諦めていたものですから。だから、妊娠がわかったときは本当に嬉しくて……」
「それで沖縄へ、たった一人で……」
お母様は目に手をあてて涙をおさえた。
「沖縄の人たちが助けてくれて、私ちっとも寂しくなかったんですよ。今も沖縄の病院で働いてますけど、昨日、妹の結婚式で帰省していて」
ミルクを飲み終えた美冬はすっかりご機嫌になって、得意の喃語をうぐうぐ言いはじめた。
「本当になんて可愛らしい子。抱かせてもらってもいいかしら」
おずおずとお母様が美冬に細い腕をのばした。
「すごく重いですよ。10kgもあるので」
美冬はなにが楽しいのか、お母様に抱かれてきゃっきゃと笑い声をあげた。
沖縄のアパートには、毎日のように誰かが入り浸っていた状態なので、人見知りなどはしない。
「有紀ちゃんの望むことは私たち、できる限りのお手伝いをするつもりよ」
抱っこした美冬を揺らしながら、お母様がつぶやいた。
「……具体的なことは考えてなくて。ただこの子の存在を知って欲しかったんです。実家の両親に会わせたのも最近なんですけど、肉親に可愛がってもらえるって、やっぱり幸せなことですから」
「有紀ちゃんが時々でもこの子に会わせてくれるなら、私たちどんなに幸せかしれないわ」
目を細めて美冬をあやしているお母様をみて、嬉しくなる。
だけど、修二さんはどうなんだろう。
美冬を見て喜んでくれるだろうか……。
「あ、あの、修二さんは、、修二さんが喜んでくれるかどうかが心配で……」
「そうだったわ、修二に知らせないと。電話するの忘れていたわ。あ、ごめんなさい。美冬ちゃん一度戻すわね」
美冬を私の腕に戻すと、お母様はスマホを取り出して耳に当てた。
「あら、出ないわ。どこにいるのかしら」
「ご実家にはあまり来られないんですか?」
「時々作りおきのおかずを取りに来たりはするのよ。お料理はやっぱり面倒なのね。留守みたいだからまた後で掛けてみるわね。そ、そうだわ、夕食は何にしようかしら? 」
お母様は落ち着きなくそわそわと立ち上がった。
「あ、お構いなく。友人とホテルブュッフェのランチを食べすぎてしまって、お腹がいっぱいなんです」
お母様はキッチンへ向かい、あたふたと夕食の準備をはじめた。
わたし、ずっとここで待っていてもいいの?
修二さんは優しい人だ。
だけど、子供が好きかどうかはよくわからない。
子供って修二さんのイメージには合わない気がして。
あの修二さんがイクメン……。
そんな想像をしていると、赤ん坊を見てショックを受け、愕然とした修二さんばかりが目に浮かび、気が重くなってくる。
それにまだ、麗奈さんのことを引きずっているかもしれない。
それなのに私は子供を盾に、修二さんに復縁を迫ろうとしているのか?
修二さんがもしそんなふうに感じて、仕方なく責任を取ろうとするのだったら……。
もしそんな気持ちだとしたら、今まで通りひとりで美冬を育てたほうがマシだ。
「修二さんのアパートはここから遠いんでしょうか?」
キッチンで野菜を刻んでいるお母様に聞いてみた。
「歩いていけるくらい近いそうなの。建ったばかりの賃貸マンションなんですって。私もまだ行ったことはないの。小説を書くために借りたらしくて。ペースを乱されたくないみたいでね。用があるならラインで連絡してくれなんて言うのよ」
……行ってみたい。
修二さんのアパートへ。
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