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不安と哀しみの子育て
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家に着く頃には本当に具合が悪くなっていた。
明日からまた、あの陰鬱な医院での一週間が始まることも、気分の悪さを増幅させていた。
母が悠李を見てるから休んでいていいと言ったので、ベッドで横になった。
こんなにみじめな気持ちになるのは、有紀の幸せが妬ましいからなのだろうか?
つかみそこねた幸せを、有紀に横取りされたように感じる心の貧しさが、情けなく哀しかった。
夕食をお茶漬けで簡単にすませてから、悠李と一緒にお風呂に入った。
悠李は浴槽の中でタオルをブクブクさせる遊びが大好きだ。
濡れたタオルで空気を包み込み、お湯の中に沈める。
「ほら、悠李、ブクブクだよ~」
「ぶくぶぅ~ 」
小さな手で丸くなったタオルをそっと握った。
ボコボコと大きな気泡があがって、タオルはペシャンコになる。
「ぶくぶぅ~!」
もう一度やってとタオルを差し出す。
五~六回繰り返したあと、シャンプーハットを被せて泣く悠李を押さえつけ、嫌いなシャンプーをする。
「ほ~ら、もう終わったよ~ 悠李はいい子ちゃんだね~」
「えーーーーん!!」
悠李の泣く声がお風呂の湯気にこだまして響く。
悠李の濡れた大きな瞳を見て佐野さんを思い出し、やるせない思いで苦しくなった。
この子はこれからも、父と言える人からは、一度だって抱っこなどしてもらえないのだ。
自分ような愚かな人間が母親だったために……。
悠李がどうしようもなく不憫に思えて涙がこぼれ、湯船の中でそっと抱きしめた。
お風呂から上がって、ドライヤーで悠李の髪を乾かす。
パジャマに着替えさせてから、また泣きわめく悠李を押さえつけて歯磨きをする。
あとは寝かしつければ今日の仕事は終わりだけれど、これが一番むずかしい。
今日は昼寝だって車の移動中しかしていないのに、悠李は中々寝てくれない。
絵本を読んであげても、目はどんどん冴えてくるようだ。
「ノンタン、ノンタン、ブランコ乗せて」
「ダメ、ダメッ!」
絵本を読みながら一緒のふとんで横になっているうちに、こっちのほうが眠くなってくる。
夜の八時も過ぎ、いつまでも絵本をめくっては、「ノンタン、おねしょ……」とか言っている悠李の隣でウトウトしていたら、スマホが鳴った。
ショボショボする目で開いて見ると、佐野さんからだった。
心臓がドクン! とはねて、持っている手が震えた。
未だにLINEのお友達から削除していなかったのは、未練があったからなのだろう。
でも、もうあきらめた。
今は有紀のだんな様なのだから。
あんなにきれいになった有紀の……。
着信音が終わるのを待ってから、佐野さんの名前をブロックした。
ついでに有紀の名前も。
今さら電話でなにを話そうというのだろう。
自分の子だと知ったからって、今の佐野さんに何ができるというのか。
同情なんてされたくないし、もう佐野さんに頼ろうなどとも思わない。
悠李は私がひとりで育てていく。
ふとんの上でお座りをしていた悠李が、退屈になったのか眠いのか、ぐずり始めた。
「悠李、泣かないで。ママ頑張るからね」
「ふぇ~ん」
泣き始めた悠李をおんぶして、部屋をぐるぐると歩きまわっていたら、突然襲ってきた不安と悲しみで胸が押しつぶされそうになった。
明日からまた、あの陰鬱な医院での一週間が始まることも、気分の悪さを増幅させていた。
母が悠李を見てるから休んでいていいと言ったので、ベッドで横になった。
こんなにみじめな気持ちになるのは、有紀の幸せが妬ましいからなのだろうか?
つかみそこねた幸せを、有紀に横取りされたように感じる心の貧しさが、情けなく哀しかった。
夕食をお茶漬けで簡単にすませてから、悠李と一緒にお風呂に入った。
悠李は浴槽の中でタオルをブクブクさせる遊びが大好きだ。
濡れたタオルで空気を包み込み、お湯の中に沈める。
「ほら、悠李、ブクブクだよ~」
「ぶくぶぅ~ 」
小さな手で丸くなったタオルをそっと握った。
ボコボコと大きな気泡があがって、タオルはペシャンコになる。
「ぶくぶぅ~!」
もう一度やってとタオルを差し出す。
五~六回繰り返したあと、シャンプーハットを被せて泣く悠李を押さえつけ、嫌いなシャンプーをする。
「ほ~ら、もう終わったよ~ 悠李はいい子ちゃんだね~」
「えーーーーん!!」
悠李の泣く声がお風呂の湯気にこだまして響く。
悠李の濡れた大きな瞳を見て佐野さんを思い出し、やるせない思いで苦しくなった。
この子はこれからも、父と言える人からは、一度だって抱っこなどしてもらえないのだ。
自分ような愚かな人間が母親だったために……。
悠李がどうしようもなく不憫に思えて涙がこぼれ、湯船の中でそっと抱きしめた。
お風呂から上がって、ドライヤーで悠李の髪を乾かす。
パジャマに着替えさせてから、また泣きわめく悠李を押さえつけて歯磨きをする。
あとは寝かしつければ今日の仕事は終わりだけれど、これが一番むずかしい。
今日は昼寝だって車の移動中しかしていないのに、悠李は中々寝てくれない。
絵本を読んであげても、目はどんどん冴えてくるようだ。
「ノンタン、ノンタン、ブランコ乗せて」
「ダメ、ダメッ!」
絵本を読みながら一緒のふとんで横になっているうちに、こっちのほうが眠くなってくる。
夜の八時も過ぎ、いつまでも絵本をめくっては、「ノンタン、おねしょ……」とか言っている悠李の隣でウトウトしていたら、スマホが鳴った。
ショボショボする目で開いて見ると、佐野さんからだった。
心臓がドクン! とはねて、持っている手が震えた。
未だにLINEのお友達から削除していなかったのは、未練があったからなのだろう。
でも、もうあきらめた。
今は有紀のだんな様なのだから。
あんなにきれいになった有紀の……。
着信音が終わるのを待ってから、佐野さんの名前をブロックした。
ついでに有紀の名前も。
今さら電話でなにを話そうというのだろう。
自分の子だと知ったからって、今の佐野さんに何ができるというのか。
同情なんてされたくないし、もう佐野さんに頼ろうなどとも思わない。
悠李は私がひとりで育てていく。
ふとんの上でお座りをしていた悠李が、退屈になったのか眠いのか、ぐずり始めた。
「悠李、泣かないで。ママ頑張るからね」
「ふぇ~ん」
泣き始めた悠李をおんぶして、部屋をぐるぐると歩きまわっていたら、突然襲ってきた不安と悲しみで胸が押しつぶされそうになった。
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