六華 snow crystal

無言電話

もしかして今晩は当直だっただろうか。


それともまた浮気かな？


当直だったかも知れないと思い、カレンダーを見て確認した。


プルルル、プルル……


十時を過ぎて、恒例の無言電話。


ツー ツー ツー


耳に当てた途端に切れた。


この無言電話の相手は、何度もしつこくかけ直すタイプではないことがせめてもの救いだ。


多分、潤一はもう少しすれば帰ってくるのだろう。


あなたの夫は今までずっと私といて、たった今帰りましたよ、と言う報告のつもりか。それとも、泊まらずに妻の元へ帰ってしまった不満からくる腹いせなのか。


潤一が帰ってくる前に早く寝てしまおう。


　
生後三ヶ月になった悠李が、ベビーベッドの中で長い睫毛に陰を落とし、スヤスヤと眠っている。


なんて愛くるしい寝顔。


かなりのイケメンになりそう。


本当になんて佐野さんにそっくりなのだろう。


潤一にはまったく似ていない息子。


 万歳のポーズで眠っている悠李の小さな手を握った。


「パパに会いたいね。パパ会いに来てくれたらいいのにね。


……会いに来てよ、迎えに来て。


一緒に暮らそうって、この子と私をここから連れだしてよ」


叶わぬ願いをそっと口にした。







ーーー


『悠くんは大きくなったんでしょうね。松田先生にそっくりって本当？ 想像したら笑っちゃうんだけど、見たいな～　彩矢ったら写メ送ってよ～』


佐野さんのようすが知りたくて、有紀からのLINEに気軽な返信をしていたら、写メを送れと言われて動揺する。


やはり有紀とは少し距離を置かなくてはいけない。


『今、お相撲さんのミニチュアみたいに太っちゃってるから、もう少し締まってきたら動画を送るね～有紀に笑われたら可哀想だもんね。でも、パパは悠李が可愛くて仕方がないみたい。いつも病院から飛んで帰ってきて遊んでいるよ。
今、めずらしくお昼寝してくれているけれど、いつも中々寝てくれなくて、LINEする暇もないの。子育て超疲れます。すぐに返信できなくてごめんね』


幸せな結婚生活を演じては、送信したあとに落ち込んだ。




『彩矢に報告があります。
佐野さんと六月に結婚することになりました。彩矢も今は幸せに暮らしているから報告してもいいよね。
彩矢が佐野さんをフッて松田先生のところへ行っちゃった時は、もう絶対に彩矢のこと許さないって思った。
佐野さん、本当にボロボロだったから。でも、そのおかげで今の私の幸せがあるんだね。だから私は彩矢に感謝しているよ』



ーーいつかはそうなるような気がしていたけれど、予想していた以上にショックだった。
　


母親の不安定な精神状態が悠李に伝わるのか、今日は泣いてばかりいる。
　　
　
悠李を抱っこしてあやしながら一緒に泣いた。




『有紀、おめでとう！  末永くお幸せにね！』　


その後は有紀からのLINEに、だんだん返信できなくなった。


指輪を買いに行っただの、式場がどうのこうのと、幸せすぎる有紀の報告を、ひとつひとつ聞いてあげる心の余裕がなかった。