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列車の中で
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「いつまで実家に入り浸ってるんだよ!」
今朝、しびれを切らしたように潤一から電話があった。
実家での一週間はあっという間だったけれど、潤一にとっては長すぎる休暇だったようだ。
「……もう、離婚したい」
潤一に未練がないわけではないけれど、義母をずっと騙し続けるなんて無理。
「バカ、電話で話せるような事じゃないだろ。とにかく今日中に帰って来い!」
一方的にそう言って、電話は切られた。
ーーー
師走に入っても、外はまだ雪景色にはなっていないけれど、朝晩はマイナスの寒さだ。
おしゃれなどしている余裕はなく、すっぴんの顔にダウンのコートを着て、悠李を抱っこ紐に入れた。
札幌駅まで母が車で送ってくれた。
「もうちょっといてくれてもいいのに寂しいな。急に帰っちゃうなんて、じいじもがっかりだわね。悠ちゃん、またすぐに会いに来てね」
母は名残惜しげに、悠李のほっぺに手を当てた。
遠ざかる母の車を見送ってから札幌駅に入った。
最近はずっと車での移動が多かったので、久しぶりの札幌駅はなつかしい匂いがした。
せかせかと歩く乗客にぶつからないように、悠李をを守りながら改札を通って三番ホームへ向かった。
悠李を抱っこしているので足元がよく見えず、登りのエスカレーターでつまずきそうになる。
ホームに上がると九時〇五分の小樽行きの列車はまだ到着していなかった。
冷たい寒風がホームをすり抜けていく。
悠李にも可愛いフリースの帽子を被せてきたけれど、心配になって自分のマフラーを取り、全体をおおった。
新千歳からの列車が到着し、札幌駅でたくさんの乗客が降りたので、窓際の席に座ることができた。
出かける前におっぱいは飲ませてきたから大丈夫と思うけれど、列車内で泣き出さないか心配になる。
一応、哺乳瓶にミルクも入れて持ってきたけれど……。
悠李は指をしゃぶりながら、大きな目でじっと私を見つめている。
外の冷たい風に当たってほっぺが赤くなっていた。
「可愛いわね、何ヶ月?」
隣に座ったおばさんが、悠李を見て話しかけてきた。
「まだ、二ヶ月半です」
「そうなの。いいわね、やっぱり赤ちゃんは。うちには三十過ぎた娘がふたりいるんだけど、どっちもお嫁に行かなくて。あなたのお母さんは幸せね、こんな可愛いお孫さんがいて」
「………」
この人の良さそうなおばさんは、私がこれから離婚の話をしに行くなどとは思いもしないだろうな。
ーーーうちの両親が幸せなわけがない。
確かに悠李は可愛いけれど。
ひとり娘の自分は、まともな結婚をしたわけではない。
式も挙げずに、前妻と子どもの一周忌も終えていない男のところへ、出来ちゃった婚で慌てて嫁ぐことになったのだから。
そして前妻と子どもの死に、娘も少なからず絡んでいるということを、薄々は気づいていることだろう。
その上、一年足らずで離婚しようとしている。
大切に育てられてきたというのに、なんと親不孝な娘なのだろうと、つくづく思う。
悠李は暖かくなったせいか、眠り始めたのでホッとした。
車窓から海を見ていたら、今年の二月にこの列車に乗って潤一に会いに行った時のことを思い出す。
あの時は結婚してもらうために。
そして今日は、離婚を迫りに行く。
自分のようなどこにでもいる取り柄のない人間は、平凡な人生を歩むのだろうと思っていた。
スカーレット・オハラのような強い女性に憧れて、あんな風に激しくカッコ良く、波乱に満ちた人生を歩んでいけたらと思っていたけれど……。
今はただただ平凡な幸せにあこがれる。
今朝、しびれを切らしたように潤一から電話があった。
実家での一週間はあっという間だったけれど、潤一にとっては長すぎる休暇だったようだ。
「……もう、離婚したい」
潤一に未練がないわけではないけれど、義母をずっと騙し続けるなんて無理。
「バカ、電話で話せるような事じゃないだろ。とにかく今日中に帰って来い!」
一方的にそう言って、電話は切られた。
ーーー
師走に入っても、外はまだ雪景色にはなっていないけれど、朝晩はマイナスの寒さだ。
おしゃれなどしている余裕はなく、すっぴんの顔にダウンのコートを着て、悠李を抱っこ紐に入れた。
札幌駅まで母が車で送ってくれた。
「もうちょっといてくれてもいいのに寂しいな。急に帰っちゃうなんて、じいじもがっかりだわね。悠ちゃん、またすぐに会いに来てね」
母は名残惜しげに、悠李のほっぺに手を当てた。
遠ざかる母の車を見送ってから札幌駅に入った。
最近はずっと車での移動が多かったので、久しぶりの札幌駅はなつかしい匂いがした。
せかせかと歩く乗客にぶつからないように、悠李をを守りながら改札を通って三番ホームへ向かった。
悠李を抱っこしているので足元がよく見えず、登りのエスカレーターでつまずきそうになる。
ホームに上がると九時〇五分の小樽行きの列車はまだ到着していなかった。
冷たい寒風がホームをすり抜けていく。
悠李にも可愛いフリースの帽子を被せてきたけれど、心配になって自分のマフラーを取り、全体をおおった。
新千歳からの列車が到着し、札幌駅でたくさんの乗客が降りたので、窓際の席に座ることができた。
出かける前におっぱいは飲ませてきたから大丈夫と思うけれど、列車内で泣き出さないか心配になる。
一応、哺乳瓶にミルクも入れて持ってきたけれど……。
悠李は指をしゃぶりながら、大きな目でじっと私を見つめている。
外の冷たい風に当たってほっぺが赤くなっていた。
「可愛いわね、何ヶ月?」
隣に座ったおばさんが、悠李を見て話しかけてきた。
「まだ、二ヶ月半です」
「そうなの。いいわね、やっぱり赤ちゃんは。うちには三十過ぎた娘がふたりいるんだけど、どっちもお嫁に行かなくて。あなたのお母さんは幸せね、こんな可愛いお孫さんがいて」
「………」
この人の良さそうなおばさんは、私がこれから離婚の話をしに行くなどとは思いもしないだろうな。
ーーーうちの両親が幸せなわけがない。
確かに悠李は可愛いけれど。
ひとり娘の自分は、まともな結婚をしたわけではない。
式も挙げずに、前妻と子どもの一周忌も終えていない男のところへ、出来ちゃった婚で慌てて嫁ぐことになったのだから。
そして前妻と子どもの死に、娘も少なからず絡んでいるということを、薄々は気づいていることだろう。
その上、一年足らずで離婚しようとしている。
大切に育てられてきたというのに、なんと親不孝な娘なのだろうと、つくづく思う。
悠李は暖かくなったせいか、眠り始めたのでホッとした。
車窓から海を見ていたら、今年の二月にこの列車に乗って潤一に会いに行った時のことを思い出す。
あの時は結婚してもらうために。
そして今日は、離婚を迫りに行く。
自分のようなどこにでもいる取り柄のない人間は、平凡な人生を歩むのだろうと思っていた。
スカーレット・オハラのような強い女性に憧れて、あんな風に激しくカッコ良く、波乱に満ちた人生を歩んでいけたらと思っていたけれど……。
今はただただ平凡な幸せにあこがれる。
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