六華 snow crystal

佐野さんからの電話

実家の父と母は悠李に夢中だ。


あの父が悠李をお風呂に入れてあげるなんて信じられない。

　
最近はあやすとよく笑うし、手足の動きも活発だ。

　
始終よだれが流れている可愛い口元からは意味不明な喃語も出てきた。


「あぐぅ、あぐぅ」

　
赤ん坊がこんなに可愛いものだとは思ってもみなかった。


堕ろしたりしないで本当に良かった。


実際、もし結婚できてなかったら産めていたかどうかわからない。

　
あの時点では産むつもりではいたけれど、見知らぬ土地へ引っ越して出産するなど、現実的に考えると相当の覚悟が必要だったと思う。


結局はくじけて、多くの未婚女性がたどる道を選んでいたかも知れない。




また有紀からLINEがあった。


以前から着信があったけれど、怖くて出られなかった。

　
有紀からの電話は佐野さんのことに決まっているから。

　
一度も返信をしないので、最近の有紀の文面はかなり苛立っている。


『聞きたいことがあるから電話に出てよ！』


『赤ちゃん、産まれたんでしょ？　単刀直入に聞くけど、どっちの子だったんですか？』


有紀はなんだってこんなに私たちの関係に首を突っ込んでくるのかわからない。

　
佐野さんに頼まれてしていることなのだろうか？

　
正義感でしているつもりなのか？　

　
ずっとビクビク逃げ腰でいたけれど、だんだん腹が立ってきた。


『有紀には関係ないでしょ。余計なお世話です！』


思い切ってそう送信すると、十分ほどしてからスマホが鳴った。


相手は佐野さんだった。


水の音の着メロが鳴り響き、心臓がドクドクと高鳴っている。


なんて答えるべきか決めてもいないのに、出られるわけがない。　


佐野さんの子でした、なんてとても言えない。


でも否定をすれば潤一の子でした、ということになる。

　
そう思われてしまうことにも抵抗があった。

　
佐野さんは聞いてどうしたいと言うのだろう。

　
ただ単に自分の子だったのか、そうではなかったのかを知りたいだけなのだろうか。


ーー水の音が止まった。



　
遼くん……。


この一年あまりをどんな思いで過ごしていたのだろう。


彩矢が先生と結婚したことは、誰から聞かされたのだろう。

　
今さら電話になど出られるわけがない。


絶望の淵から救ってくれた人を、裏切るように苦しめてしまった事が、つらく悲しい。


だけど……悠李。


できることなら一度だけでも見せてあげたい。


こんなに可愛い佐野さんにそっくりな子なのだから。


でも、佐野さんにまたやり直そうなんて言われたとしたら、一人で育てようという決意は簡単に崩れてしまうような気がする。


そして、それは潤一に対する裏切りになる。