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義母との確執
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今日は亡くなった前妻の花蓮さんと、息子の航太くんの一周忌だ。
本来なら松田家で執り行われるべき事だと思うが、花蓮さんの両親が激怒して、お骨を持っていってしまった。
すでに絶縁状態になっているのだと思う。
その気持ちはわからないではないけれど………。
洗面台の前で黒いネクタイを締めている潤一の姿を見て申し訳ない気持ちになる。
あんな風に死なれただけでも十分過ぎるほど肩身が狭いことだろう。
その上、一周忌も待たずにさっさと再婚して、子供まで産まれたことは先方には知られているのだろうか。
潤一の立場も考えずに、自分だけが助かりたくて結婚してもらったことに、心が痛んだ。
「はぁ、行きたくないわー、あの家には。針のむしろってああいうところのことを言うんだわね。でも一周忌くらいは顔を出さなくっちゃならないわね。いくらなんでも」
ため息をつきながら、義母が暗い顔をした。
潤一と義母が出かけてから寝室に入り、潤一の机の引き出しを開けた。
引き出しの奥に伏せてしまわれているフォトフレームを取りだしてみる。
結婚してから、お掃除していたときに見つけたそのフォトフレームには、亡くなった前妻と息子が写っている。
女が見てもうっとりするような、美しい花蓮さんがやさしく微笑んでいる。
隣にはおどけた顔をして笑っている航太くん。
ふたりの後ろに先生が得意げな顔で立っていた。
机の上に置き、手を合わせた。
本当にごめんなさい。
ーーー
最近、潤一の外泊が著しく増えた。
医者の外泊などいくらでも理由づけが出来る。
当直、急患、入院患者の急変、緊急オペ。
それでも急に外泊が増えるのはいかにも不自然だ。
浮気を隠そうとさえせずに開き直っている。
浮気は結婚前からされていたことだし、潤一の場合はまったく浮気をしないなんてことの方がおかしく感じるほどだけれど。
だからといって平気でいられるわけではない。
でも、佐野さんの子どもを産んでしまった私には何も言えない。
夫の浮気で夫婦げんかができるなんて、今の私からすれば贅沢なことだ。
離婚したいのか、したくないのかさえもよくわからない。
渡した離婚届を潤一が怒って破り捨てたとき、少しだけホッとした自分がいた。
だけど、悠李にとってそれは良いことなのだろうか。
自分を憎んでいる父親と暮らすことが、この子にどんな影響を与えるのだろうと思うと気持ちが沈んだ。
潤一の外泊の回数に比例して、無言電話の数が増えた。
莉子ちゃんだろうか?
莉子ちゃんなら、無言でなどいないような気がするけれど。
お義母さんは、いつまでこのマンションにいるのだろう。
悠李を産んで退院してから、すでに二ヶ月になろうとしている。
産後ケアが目的で来てくれているはずなのだけれど、退院直後だって特に何かしてもらったような覚えもない。
時々料理は作ってくれたけれど、後片付けや掃除は基本的に好きではないらしい。
それは潤一の実家をはじめて訪問した時、すでに気づいていたけれど。
休んでいていいわよ、と言う義母の言葉を真に受けて、何もせずに悠李の顔を飽かずにながめて過ごしていたら、いつの間にか潤一が脱ぎ散らかした衣類がまたリビングを席巻し始めた。
キッチンの小物類などの収納もどんどん乱雑になっていく。
はじめてこのマンションにやって来た時の悪夢が蘇ってきて、オチオチ寝てなどいられなかった。
ーーまたゴミ屋敷にされてしまう。
「はーい、悠ちゃん、グランマでちゅよー。あなたはお目々がパッチリで可愛いでちゅね~」
ガラガラを鳴らして話しかけている義母を、冷めた目で見ながら洗濯物をたたむ。
これだとほとんど同居と変わらない。
潤一はひとりっ子だから、いずれはそうなるのだろうか。
最近は買ってきたお総菜でも、不平を言うことなく食べてくれるようになったけれど、お義母さんがいるというだけでとても気を使う。
「お義母さん、札幌のご自宅の方は大丈夫なんですか。長いこと留守にしていて」
イライラしながら思い切って聞いてみた。
「大丈夫よ。新聞だってちゃんと止めているし。なぁ~に? 私がいると邪魔だって言うの? 早く帰れってこと?」
悪意のある質問とは思っていなかった義母が、微笑みながら振り向いた。
「………」
否定してあげるような心の余裕がないまま、無言でうつむいた。
「あら、もしかして本気で言ったの? ……あなたって意外と優しくない人なのね。前のお嫁さんと似た感じかと思っていたけれど全然違う」
ずっと従順だった嫁の思わぬ反撃に、おもむろに嫌な顔をした。
何かというとすぐに前妻と比べられる。
前妻の苦労が偲ばれる。
随分と無理をしていたのではないのだろうか。
病院の売店でチラッと見ただけだったけれど、物静かで繊細な印象の人だった。
確かに私とはずいぶん違うと思う。
実家の母からは、こんなに強情な子は見たことがないとよく言われた。
自分で言うのもなんだけれど、ひとりっ子で甘やかされてきたからだと思う。
母は小言が多いわりには、一貫性のない人だったから。
なんだかんだと言いながらも、結局はわがままを許してしまうタイプだった。
「とにかく、わたくしは好きにさせていただくわ。あなたがどう思おうと。ここはあなたの家ではなくて、潤ちゃんのおうちでしょう」
義母は負けてたまるかといわんばかりに言い放った。
潤一の自己中なら時に可愛らしく感じることがあっても、姑の自己中など憎らしい以外の何者でもない。
従順な嫁を演じることに、すっかり嫌気が差してしまった。
「別にかまいませんけど、私も好きにさせていただいていいですか。今日からしばらく実家の方へ行かせてもらいます。父と母にも悠李を見せてあげたいので」
義母の顔を見ることもなく、冷たく言いかえしたけれど、特に罪悪感は感じなかった。
姑の方から気を利かせて、ご両親にも見せてらっしゃいぐらい、言ってくれてもよさそうなものだ。
授乳時間になったので、悠李を抱っこしてソファーに腰かけた。
悠李におっぱいをあげていたら、つかつかとこっちに歩いてきた義母に思い切りビンタされた。
ビシッ!
ぶたれてのけぞったせいで、悠李の口から乳首がはずれた。
「ホギャー、ホギャー」
本来なら松田家で執り行われるべき事だと思うが、花蓮さんの両親が激怒して、お骨を持っていってしまった。
すでに絶縁状態になっているのだと思う。
その気持ちはわからないではないけれど………。
洗面台の前で黒いネクタイを締めている潤一の姿を見て申し訳ない気持ちになる。
あんな風に死なれただけでも十分過ぎるほど肩身が狭いことだろう。
その上、一周忌も待たずにさっさと再婚して、子供まで産まれたことは先方には知られているのだろうか。
潤一の立場も考えずに、自分だけが助かりたくて結婚してもらったことに、心が痛んだ。
「はぁ、行きたくないわー、あの家には。針のむしろってああいうところのことを言うんだわね。でも一周忌くらいは顔を出さなくっちゃならないわね。いくらなんでも」
ため息をつきながら、義母が暗い顔をした。
潤一と義母が出かけてから寝室に入り、潤一の机の引き出しを開けた。
引き出しの奥に伏せてしまわれているフォトフレームを取りだしてみる。
結婚してから、お掃除していたときに見つけたそのフォトフレームには、亡くなった前妻と息子が写っている。
女が見てもうっとりするような、美しい花蓮さんがやさしく微笑んでいる。
隣にはおどけた顔をして笑っている航太くん。
ふたりの後ろに先生が得意げな顔で立っていた。
机の上に置き、手を合わせた。
本当にごめんなさい。
ーーー
最近、潤一の外泊が著しく増えた。
医者の外泊などいくらでも理由づけが出来る。
当直、急患、入院患者の急変、緊急オペ。
それでも急に外泊が増えるのはいかにも不自然だ。
浮気を隠そうとさえせずに開き直っている。
浮気は結婚前からされていたことだし、潤一の場合はまったく浮気をしないなんてことの方がおかしく感じるほどだけれど。
だからといって平気でいられるわけではない。
でも、佐野さんの子どもを産んでしまった私には何も言えない。
夫の浮気で夫婦げんかができるなんて、今の私からすれば贅沢なことだ。
離婚したいのか、したくないのかさえもよくわからない。
渡した離婚届を潤一が怒って破り捨てたとき、少しだけホッとした自分がいた。
だけど、悠李にとってそれは良いことなのだろうか。
自分を憎んでいる父親と暮らすことが、この子にどんな影響を与えるのだろうと思うと気持ちが沈んだ。
潤一の外泊の回数に比例して、無言電話の数が増えた。
莉子ちゃんだろうか?
莉子ちゃんなら、無言でなどいないような気がするけれど。
お義母さんは、いつまでこのマンションにいるのだろう。
悠李を産んで退院してから、すでに二ヶ月になろうとしている。
産後ケアが目的で来てくれているはずなのだけれど、退院直後だって特に何かしてもらったような覚えもない。
時々料理は作ってくれたけれど、後片付けや掃除は基本的に好きではないらしい。
それは潤一の実家をはじめて訪問した時、すでに気づいていたけれど。
休んでいていいわよ、と言う義母の言葉を真に受けて、何もせずに悠李の顔を飽かずにながめて過ごしていたら、いつの間にか潤一が脱ぎ散らかした衣類がまたリビングを席巻し始めた。
キッチンの小物類などの収納もどんどん乱雑になっていく。
はじめてこのマンションにやって来た時の悪夢が蘇ってきて、オチオチ寝てなどいられなかった。
ーーまたゴミ屋敷にされてしまう。
「はーい、悠ちゃん、グランマでちゅよー。あなたはお目々がパッチリで可愛いでちゅね~」
ガラガラを鳴らして話しかけている義母を、冷めた目で見ながら洗濯物をたたむ。
これだとほとんど同居と変わらない。
潤一はひとりっ子だから、いずれはそうなるのだろうか。
最近は買ってきたお総菜でも、不平を言うことなく食べてくれるようになったけれど、お義母さんがいるというだけでとても気を使う。
「お義母さん、札幌のご自宅の方は大丈夫なんですか。長いこと留守にしていて」
イライラしながら思い切って聞いてみた。
「大丈夫よ。新聞だってちゃんと止めているし。なぁ~に? 私がいると邪魔だって言うの? 早く帰れってこと?」
悪意のある質問とは思っていなかった義母が、微笑みながら振り向いた。
「………」
否定してあげるような心の余裕がないまま、無言でうつむいた。
「あら、もしかして本気で言ったの? ……あなたって意外と優しくない人なのね。前のお嫁さんと似た感じかと思っていたけれど全然違う」
ずっと従順だった嫁の思わぬ反撃に、おもむろに嫌な顔をした。
何かというとすぐに前妻と比べられる。
前妻の苦労が偲ばれる。
随分と無理をしていたのではないのだろうか。
病院の売店でチラッと見ただけだったけれど、物静かで繊細な印象の人だった。
確かに私とはずいぶん違うと思う。
実家の母からは、こんなに強情な子は見たことがないとよく言われた。
自分で言うのもなんだけれど、ひとりっ子で甘やかされてきたからだと思う。
母は小言が多いわりには、一貫性のない人だったから。
なんだかんだと言いながらも、結局はわがままを許してしまうタイプだった。
「とにかく、わたくしは好きにさせていただくわ。あなたがどう思おうと。ここはあなたの家ではなくて、潤ちゃんのおうちでしょう」
義母は負けてたまるかといわんばかりに言い放った。
潤一の自己中なら時に可愛らしく感じることがあっても、姑の自己中など憎らしい以外の何者でもない。
従順な嫁を演じることに、すっかり嫌気が差してしまった。
「別にかまいませんけど、私も好きにさせていただいていいですか。今日からしばらく実家の方へ行かせてもらいます。父と母にも悠李を見せてあげたいので」
義母の顔を見ることもなく、冷たく言いかえしたけれど、特に罪悪感は感じなかった。
姑の方から気を利かせて、ご両親にも見せてらっしゃいぐらい、言ってくれてもよさそうなものだ。
授乳時間になったので、悠李を抱っこしてソファーに腰かけた。
悠李におっぱいをあげていたら、つかつかとこっちに歩いてきた義母に思い切りビンタされた。
ビシッ!
ぶたれてのけぞったせいで、悠李の口から乳首がはずれた。
「ホギャー、ホギャー」
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