六華 snow crystal

男の子が産まれて

予定日三日前の九月二十日の夜に、赤ん坊は無事に生まれた。


生まれたばかりの時はどっちの子なのかよくわからなかった。

　
むくんでいたせいか、よその子とさえ見分けのつかないような顔に見えたけれど。

　
でも二～三日経ってみると、ＤＮＡ鑑定などまったく必要がないほど、佐野さんそっくりの男の子だった。

　
潤一さんは元々立ち会い分娩などするようなタイプではないし、どっちの子かもわからないのだから、我が子を待ち望む父親の心境とはだいぶ違っていただろうと思う。

　
それでも生まれて二時間後に仕事の合間を見て、会いに来たとのことだ。


潤一さんが来ていたとき、私は疲れ切ってぐっすり寝ていた。

　
すぐに自分の子ではないと気づいたのだろう。

　
昨日も今日もお見舞いには来てくれなかった。

　
当然と言えば、当然だ。

　
来られてもこちらとしても困惑してしまう。

　
うちの両親も当日と翌日に駆けつけた。

　
目を細めて初孫を見つめる父と母を見て胸が痛んだ。


毎日欠かさずに来てくれるのは、仕事をしていない姑だけだ。


「三人いる中でうちの子が一番可愛いわよ」


今、この産科で生まれた新生児は三人いるらしく、新生児室を覗いてきた義母は誇らしげだ。


「でも、どっちに似たのかしらね？　まだよくわからないけど、とにかくきれいな子だわ。早く家に連れて帰りたいわ」


産後三日たって、体力のほうは回復したように感じるけれど、下腹部がたるんだまま、妊娠線がうす汚く残っていることに愕然とした。


母乳育児を積極的にする産科でなく、勝手に粉ミルクを飲ませてしまうので、胸が張ってカチカチになっている。


なのに初乳には免疫力があるので、冷凍保存しておくからと搾乳機を持ってきた。


胸が張って痛いと訴えたら、五十を過ぎた固太りの看護師が来て、マッサージをしてくれたけれど。


拷問のような痛さに悲鳴をあげた。


先に生まれたよその新生児とお母さんが、昨日退院していった。


迎えに来たご主人と、幸せそうに産科スタッフに挨拶していく姿を見て、うらやましくなる。


生後五日たって、赤ちゃんは益々佐野さんの顔になっている。


デジカメを入院するときに持ってくるのを忘れてしまった。


生まれてからの写真やムービーを撮っていないので、持って来て欲しいのだけれど、とても潤一さんには頼めなかった。


仕方がないので、スマホで写真とムービーをたくさん撮った。


退院の日も潤一さんは来てくれなかった。


仕事があるのだから当然だけれど、生まれたその日にしか来てくれなかったのは、やはり寂しいことだった。

　
義母に荷物を持ってもらい、赤ん坊を抱いてタクシーでマンションに帰った。