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義母の訪問
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すべての部屋がスッキリと片づいて、やっと一息できたのを見はからったかのように、姑から電話があった。
「彩矢さん? わたくしよ」
「あっ、お義母さん。ご無沙汰しています。お変わりありませんか?」
「お変わりあったわよ、風邪を引いてたの。熱出して寝てたのよ」
「……そうでしたか、大丈夫ですか。お熱だいぶ出たんですか? 」
「わたくし平熱が低いでしょう? だから三十七℃も越えたらもう、死にそうになるのよ」
「はぁ……」
「でも、だいぶ良くなったからそろそろお手伝いに行くわ。あなた悪阻がひどいんですってね。食事の用意もろくにできないって潤ちゃんから聞いたの。十時半の列車で行くから駅まで迎えに来てちょうだい」
「あっ、はい、わかりました」
「それじゃあ、あとでね」
南小樽駅からマンションまで徒歩五分のところを車で迎えに来いという。
歩くのが嫌いなところも親子してよく似ている。
この気遣いのなさからみても、お手伝いなどあまり期待できそうにないと思った。
大変だった掃除が終わった今は、手伝ってもらうことなど特にないのだから、そっとしておいて欲しいのが本音だ。
これが結婚という現実なのだろうと、妙に悟った心持ちになり、気持ちを切り替えた。
ーーー
「天気がいいと雪が融けて道が悪いわね。小樽って坂が多いから嫌いよ」
今年もすでに三月に入り、厳しい寒さからは解放されている。
マンションに着き、義母がやれやれといった風にコートを脱いだので、受け取ってハンガーに掛けた。
「あら、なんだかなんにもない殺風景な部屋だわね」
リビングに入るなり、あたりをつまらなそうに見回した。
私だって出来ることなら、インテリア雑誌に出て来るようなステキな部屋にしたかった。
でも生まれてくる子がどちらの子かわかりもしないうちから、素敵な家具などを購入することはためらわれた。
「あの、お義母さん、お茶でいいですか?」
「コーヒーのほうがいいわ。お砂糖もミルクもいらない」
「はい」
カップに引っかけて落とすドリップコーヒーに、ポコポコとお湯を注ぐ。
「あ、あの、お義母さん、お昼はどうしますか?簡単なものしかないんですけど」
ローテーブルにコーヒーを置いて、おずおずと尋ねた。
時計を見ると十一時半も過ぎている。
「なんだっていいわよ。少しはお料理できるんでしょ」
お手伝いに来てくれたのではなかったのか?
思っていた通りの展開に落胆しながら、冷凍庫を開けた。
ピザやドリアより炒飯の方がいいだろうと思い、冷凍炒飯をチンして、インスタントの春雨スープを入れた。
「あ、あのお義母さん、ご飯の用意できました」
ダイニングテーブルに炒飯とスープを置いた。
食欲がなくあまり食べたくなかったけれど、一人で食べろと言うのも失礼な気がして二人分並べた。
「えっ、もう出来たの? ずいぶん早いのね」
テレビを見ていた義母が目を丸くしている。
「ええ、あの、冷凍の炒飯ですけど……」
「冷凍! あなたね、いくら悪阻がひどいからって客に冷凍食品を出すなんて、一体どんな育ち方をしたのかしら? 潤ちゃんにもこんなものばかり食べさせてるのね。かわいそうに」
これが言いたくて、わざわざ様子を見に来たのだろう。
「すみません。でも私が作るよりは美味しいと思って」
「もういいわ。せっかく小樽まで来たんだから、お鮨でも食べたいわ。ご馳走してあげるから行きましょう」
「はぁ……」
お鮨は好きだけれど今は静かに休んでいたい。
炒飯と汁気を切った春雨を生ゴミに捨て、憂鬱な気分で出かける準備をした。
夕食は義母が作ってくれた。
焼いた塩鮭と筑前煮、ほうれん草のごま和えとしじみのお味噌汁。
「うん、うまい! 彩矢、ちゃんと作り方教えてもらえよ」
確かに美味しい味付けだった。
ごま和えくらいならなんとか作れそうだけれど、筑前煮は材料が多すぎて作ろうという気にもなれなかった。
美味しそうに食べている息子の姿を見て、義母も得意げな顔で微笑んでいる。
マザコン男の話はドラマをはじめ、色々と見聞きしてきたけれど、実際に遭遇してみないことには、その鬱陶しい嫌悪感を理解することは出来ない。
その後、子どもが産まれるまでの半年間、この母と息子の熱愛ぶりを、たっぷりと見せつけられることになる。
「彩矢さん? わたくしよ」
「あっ、お義母さん。ご無沙汰しています。お変わりありませんか?」
「お変わりあったわよ、風邪を引いてたの。熱出して寝てたのよ」
「……そうでしたか、大丈夫ですか。お熱だいぶ出たんですか? 」
「わたくし平熱が低いでしょう? だから三十七℃も越えたらもう、死にそうになるのよ」
「はぁ……」
「でも、だいぶ良くなったからそろそろお手伝いに行くわ。あなた悪阻がひどいんですってね。食事の用意もろくにできないって潤ちゃんから聞いたの。十時半の列車で行くから駅まで迎えに来てちょうだい」
「あっ、はい、わかりました」
「それじゃあ、あとでね」
南小樽駅からマンションまで徒歩五分のところを車で迎えに来いという。
歩くのが嫌いなところも親子してよく似ている。
この気遣いのなさからみても、お手伝いなどあまり期待できそうにないと思った。
大変だった掃除が終わった今は、手伝ってもらうことなど特にないのだから、そっとしておいて欲しいのが本音だ。
これが結婚という現実なのだろうと、妙に悟った心持ちになり、気持ちを切り替えた。
ーーー
「天気がいいと雪が融けて道が悪いわね。小樽って坂が多いから嫌いよ」
今年もすでに三月に入り、厳しい寒さからは解放されている。
マンションに着き、義母がやれやれといった風にコートを脱いだので、受け取ってハンガーに掛けた。
「あら、なんだかなんにもない殺風景な部屋だわね」
リビングに入るなり、あたりをつまらなそうに見回した。
私だって出来ることなら、インテリア雑誌に出て来るようなステキな部屋にしたかった。
でも生まれてくる子がどちらの子かわかりもしないうちから、素敵な家具などを購入することはためらわれた。
「あの、お義母さん、お茶でいいですか?」
「コーヒーのほうがいいわ。お砂糖もミルクもいらない」
「はい」
カップに引っかけて落とすドリップコーヒーに、ポコポコとお湯を注ぐ。
「あ、あの、お義母さん、お昼はどうしますか?簡単なものしかないんですけど」
ローテーブルにコーヒーを置いて、おずおずと尋ねた。
時計を見ると十一時半も過ぎている。
「なんだっていいわよ。少しはお料理できるんでしょ」
お手伝いに来てくれたのではなかったのか?
思っていた通りの展開に落胆しながら、冷凍庫を開けた。
ピザやドリアより炒飯の方がいいだろうと思い、冷凍炒飯をチンして、インスタントの春雨スープを入れた。
「あ、あのお義母さん、ご飯の用意できました」
ダイニングテーブルに炒飯とスープを置いた。
食欲がなくあまり食べたくなかったけれど、一人で食べろと言うのも失礼な気がして二人分並べた。
「えっ、もう出来たの? ずいぶん早いのね」
テレビを見ていた義母が目を丸くしている。
「ええ、あの、冷凍の炒飯ですけど……」
「冷凍! あなたね、いくら悪阻がひどいからって客に冷凍食品を出すなんて、一体どんな育ち方をしたのかしら? 潤ちゃんにもこんなものばかり食べさせてるのね。かわいそうに」
これが言いたくて、わざわざ様子を見に来たのだろう。
「すみません。でも私が作るよりは美味しいと思って」
「もういいわ。せっかく小樽まで来たんだから、お鮨でも食べたいわ。ご馳走してあげるから行きましょう」
「はぁ……」
お鮨は好きだけれど今は静かに休んでいたい。
炒飯と汁気を切った春雨を生ゴミに捨て、憂鬱な気分で出かける準備をした。
夕食は義母が作ってくれた。
焼いた塩鮭と筑前煮、ほうれん草のごま和えとしじみのお味噌汁。
「うん、うまい! 彩矢、ちゃんと作り方教えてもらえよ」
確かに美味しい味付けだった。
ごま和えくらいならなんとか作れそうだけれど、筑前煮は材料が多すぎて作ろうという気にもなれなかった。
美味しそうに食べている息子の姿を見て、義母も得意げな顔で微笑んでいる。
マザコン男の話はドラマをはじめ、色々と見聞きしてきたけれど、実際に遭遇してみないことには、その鬱陶しい嫌悪感を理解することは出来ない。
その後、子どもが産まれるまでの半年間、この母と息子の熱愛ぶりを、たっぷりと見せつけられることになる。
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