六華 snow crystal

なごみ

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思わぬ優しさにふれて

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自宅前の路上に車が駐車していた。

 
タクシーを降りて見ると、先生のBMWだった。

 
……どういうこと?

 
玄関に見慣れない男性の靴があった。


多分、先生の靴なのだろう。

 
母がまたリビングから慌てて飛び出してきた。


「彩矢、あなたはどうしていつも電話に出てくれないの!」

 
叱る母を無視してリビングのドアを開けた。

 
深刻な顔をしている父と、安堵したように私を見つめた先生がソファーに座っていた。


「帰って! 今すぐに帰って!」

 
仁王立ちした拳に憎しみを込めて叫んだ。

 
父の方が呆気にとられて、私を凝視した。


「彩矢、ここに座れ!」

 
興奮している私に向かって父が怒鳴った。


「なにしに来たの? 早く帰ってよぉ!」

 
声がうわずり、唇がワナワナと震えた。


「落ち着いてここに座れ!」

 
父が怒鳴って私の腕をつかみ、ソファに座らせた。


「……妊娠してるって本当なのか?」

 
父が視点の定まらないうつろなまなざしで聞いた。


「………」

 
無言のまま膝の上に置いた自分の手をじっと見つめる。


「本当なんだな」 

 
父の落胆が伝わってきた。


後ろから母のため息まではっきりと聞こえた。


「彩矢、さっきはごめん。言いすぎたよ。突然だったから、ちょっとびっくりしてしまって」

 
病院で会ったときの、あの傲慢さはどこに消えたのだろう。


落ち着いたようすで微笑む、その急激な変わりようが許せなかった。


「堕ろすわよ、堕ろせばいいんでしょ、責任なんて取らなくていい。図々しく家に上がり込んだりしないでよ!」


思ってもないことを口走っていると知りながらも、止められなかった。


「彩矢! おまえひとりで決められることじゃないだろっ!  自堕落なマネをしておいて簡単に堕ろすなんて言うな!!」


今度は父が大声をあげた。


「すみません。お父さん、悪いのは俺なんで……」


ソファーから降りて土下座している先生を、信じられない気持ちで見つめた。


ーーー嘘だ、あのプライドの塊のような人が。


「うわぁーーーん!!」


我慢が出来なくなって、子どものように声を出して泣いた。


後ろで目を押さえていた母が私の背中に手を置いて、二階の部屋へ行くようにうながした。


部屋に入り、ベッドに突っ伏して、しゃくりあげながら泣いていた。




「彩矢、本当にごめん」


いつの間にか、先生と二人きりだった。


「よかったよ、おまえが生きていて。家に帰ってないから、また自殺されたかと思ってあせったな」

 
ベッドに腰を降ろし、私の頭に手をおいた。


「結婚しよう。佐野じゃなくていいんだろ?」


こんなに優しいことが言える人だとは思わなかった。



「じゃあ、今日はもう帰るから」


立ち上がって部屋を出て行こうとする先生を呼びとめた。


「待って!」


泣きはらした目で先生を見つめた。


「………ずっと先生が好きだった。過去形じゃなくて、ずっと」



「彩矢……。わかってるよ。それくらい」


頬にそっと手を当てて涙をぬぐってくれた。


「……子どもが生まれるまででいいの。もし佐野さんの子だったら、すぐに別れるから」


「ふん、当たり前だ。佐野のガキなんかと一緒に暮らせるか」


いつもの先生らしいので、おかしくて笑った。


「今日は彩矢の親父さんに殴られる覚悟できたけど、殴られなかったな。このところ俺、殴られることばっかりだったからな」


「彩矢は去年の暮れにお父さんにぶたれたよ」


「なんでぶたれたんだよ?」


「先生にレイプされた次の日に朝帰りしたから」


「……ごめん。…………レイプって言うなよ」


うんざりしたようにうなだれて、目を伏せた。


「ふふっ、もう許してるよ」


クスクス笑ったら、ふてくされたように横を向いた。





父と母に帰ることを告げ、玄関を出た。


車にエンジンをかけると、運転席の窓を開け、昼に投げつけたエンゲージリングを放り投げて寄こした。


「もう、投げ返すなよ!」


笑ってそう言うと、暗い雪道を帰っていった。







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