70 / 98
思わぬ優しさにふれて
しおりを挟む
自宅前の路上に車が駐車していた。
タクシーを降りて見ると、先生のBMWだった。
……どういうこと?
玄関に見慣れない男性の靴があった。
多分、先生の靴なのだろう。
母がまたリビングから慌てて飛び出してきた。
「彩矢、あなたはどうしていつも電話に出てくれないの!」
叱る母を無視してリビングのドアを開けた。
深刻な顔をしている父と、安堵したように私を見つめた先生がソファーに座っていた。
「帰って! 今すぐに帰って!」
仁王立ちした拳に憎しみを込めて叫んだ。
父の方が呆気にとられて、私を凝視した。
「彩矢、ここに座れ!」
興奮している私に向かって父が怒鳴った。
「なにしに来たの? 早く帰ってよぉ!」
声がうわずり、唇がワナワナと震えた。
「落ち着いてここに座れ!」
父が怒鳴って私の腕をつかみ、ソファに座らせた。
「……妊娠してるって本当なのか?」
父が視点の定まらないうつろなまなざしで聞いた。
「………」
無言のまま膝の上に置いた自分の手をじっと見つめる。
「本当なんだな」
父の落胆が伝わってきた。
後ろから母のため息まではっきりと聞こえた。
「彩矢、さっきはごめん。言いすぎたよ。突然だったから、ちょっとびっくりしてしまって」
病院で会ったときの、あの傲慢さはどこに消えたのだろう。
落ち着いたようすで微笑む、その急激な変わりようが許せなかった。
「堕ろすわよ、堕ろせばいいんでしょ、責任なんて取らなくていい。図々しく家に上がり込んだりしないでよ!」
思ってもないことを口走っていると知りながらも、止められなかった。
「彩矢! おまえひとりで決められることじゃないだろっ! 自堕落なマネをしておいて簡単に堕ろすなんて言うな!!」
今度は父が大声をあげた。
「すみません。お父さん、悪いのは俺なんで……」
ソファーから降りて土下座している先生を、信じられない気持ちで見つめた。
ーーー嘘だ、あのプライドの塊のような人が。
「うわぁーーーん!!」
我慢が出来なくなって、子どものように声を出して泣いた。
後ろで目を押さえていた母が私の背中に手を置いて、二階の部屋へ行くようにうながした。
部屋に入り、ベッドに突っ伏して、しゃくりあげながら泣いていた。
「彩矢、本当にごめん」
いつの間にか、先生と二人きりだった。
「よかったよ、おまえが生きていて。家に帰ってないから、また自殺されたかと思ってあせったな」
ベッドに腰を降ろし、私の頭に手をおいた。
「結婚しよう。佐野じゃなくていいんだろ?」
こんなに優しいことが言える人だとは思わなかった。
「じゃあ、今日はもう帰るから」
立ち上がって部屋を出て行こうとする先生を呼びとめた。
「待って!」
泣きはらした目で先生を見つめた。
「………ずっと先生が好きだった。過去形じゃなくて、ずっと」
「彩矢……。わかってるよ。それくらい」
頬にそっと手を当てて涙をぬぐってくれた。
「……子どもが生まれるまででいいの。もし佐野さんの子だったら、すぐに別れるから」
「ふん、当たり前だ。佐野のガキなんかと一緒に暮らせるか」
いつもの先生らしいので、おかしくて笑った。
「今日は彩矢の親父さんに殴られる覚悟できたけど、殴られなかったな。このところ俺、殴られることばっかりだったからな」
「彩矢は去年の暮れにお父さんにぶたれたよ」
「なんでぶたれたんだよ?」
「先生にレイプされた次の日に朝帰りしたから」
「……ごめん。…………レイプって言うなよ」
うんざりしたようにうなだれて、目を伏せた。
「ふふっ、もう許してるよ」
クスクス笑ったら、ふてくされたように横を向いた。
父と母に帰ることを告げ、玄関を出た。
車にエンジンをかけると、運転席の窓を開け、昼に投げつけたエンゲージリングを放り投げて寄こした。
「もう、投げ返すなよ!」
笑ってそう言うと、暗い雪道を帰っていった。
タクシーを降りて見ると、先生のBMWだった。
……どういうこと?
玄関に見慣れない男性の靴があった。
多分、先生の靴なのだろう。
母がまたリビングから慌てて飛び出してきた。
「彩矢、あなたはどうしていつも電話に出てくれないの!」
叱る母を無視してリビングのドアを開けた。
深刻な顔をしている父と、安堵したように私を見つめた先生がソファーに座っていた。
「帰って! 今すぐに帰って!」
仁王立ちした拳に憎しみを込めて叫んだ。
父の方が呆気にとられて、私を凝視した。
「彩矢、ここに座れ!」
興奮している私に向かって父が怒鳴った。
「なにしに来たの? 早く帰ってよぉ!」
声がうわずり、唇がワナワナと震えた。
「落ち着いてここに座れ!」
父が怒鳴って私の腕をつかみ、ソファに座らせた。
「……妊娠してるって本当なのか?」
父が視点の定まらないうつろなまなざしで聞いた。
「………」
無言のまま膝の上に置いた自分の手をじっと見つめる。
「本当なんだな」
父の落胆が伝わってきた。
後ろから母のため息まではっきりと聞こえた。
「彩矢、さっきはごめん。言いすぎたよ。突然だったから、ちょっとびっくりしてしまって」
病院で会ったときの、あの傲慢さはどこに消えたのだろう。
落ち着いたようすで微笑む、その急激な変わりようが許せなかった。
「堕ろすわよ、堕ろせばいいんでしょ、責任なんて取らなくていい。図々しく家に上がり込んだりしないでよ!」
思ってもないことを口走っていると知りながらも、止められなかった。
「彩矢! おまえひとりで決められることじゃないだろっ! 自堕落なマネをしておいて簡単に堕ろすなんて言うな!!」
今度は父が大声をあげた。
「すみません。お父さん、悪いのは俺なんで……」
ソファーから降りて土下座している先生を、信じられない気持ちで見つめた。
ーーー嘘だ、あのプライドの塊のような人が。
「うわぁーーーん!!」
我慢が出来なくなって、子どものように声を出して泣いた。
後ろで目を押さえていた母が私の背中に手を置いて、二階の部屋へ行くようにうながした。
部屋に入り、ベッドに突っ伏して、しゃくりあげながら泣いていた。
「彩矢、本当にごめん」
いつの間にか、先生と二人きりだった。
「よかったよ、おまえが生きていて。家に帰ってないから、また自殺されたかと思ってあせったな」
ベッドに腰を降ろし、私の頭に手をおいた。
「結婚しよう。佐野じゃなくていいんだろ?」
こんなに優しいことが言える人だとは思わなかった。
「じゃあ、今日はもう帰るから」
立ち上がって部屋を出て行こうとする先生を呼びとめた。
「待って!」
泣きはらした目で先生を見つめた。
「………ずっと先生が好きだった。過去形じゃなくて、ずっと」
「彩矢……。わかってるよ。それくらい」
頬にそっと手を当てて涙をぬぐってくれた。
「……子どもが生まれるまででいいの。もし佐野さんの子だったら、すぐに別れるから」
「ふん、当たり前だ。佐野のガキなんかと一緒に暮らせるか」
いつもの先生らしいので、おかしくて笑った。
「今日は彩矢の親父さんに殴られる覚悟できたけど、殴られなかったな。このところ俺、殴られることばっかりだったからな」
「彩矢は去年の暮れにお父さんにぶたれたよ」
「なんでぶたれたんだよ?」
「先生にレイプされた次の日に朝帰りしたから」
「……ごめん。…………レイプって言うなよ」
うんざりしたようにうなだれて、目を伏せた。
「ふふっ、もう許してるよ」
クスクス笑ったら、ふてくされたように横を向いた。
父と母に帰ることを告げ、玄関を出た。
車にエンジンをかけると、運転席の窓を開け、昼に投げつけたエンゲージリングを放り投げて寄こした。
「もう、投げ返すなよ!」
笑ってそう言うと、暗い雪道を帰っていった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
六華 snow crystal 2
なごみ
現代文学
雪の街、札幌を舞台にした医療系純愛小説。part 2
彩矢に翻弄されながらも、いつまでも忘れられずに想い続ける遼介の苦悩。
そんな遼介を支えながらも、報われない恋を諦められない有紀。
そんな有紀に、インテリでイケメンの薬剤師、谷 修ニから突然のプロポーズ。
二人の仲に遼介の心も複雑に揺れる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
六華 snow crystal 4
なごみ
現代文学
雪の街、札幌で繰り広げられる、それぞれの愛のかたち。part 4
交通事故の後遺症に苦しむ谷の異常行動。谷のお世話を決意した有紀に、次々と襲いかかる試練。
ロサンゼルスへ研修に行っていた潤一が、急遽帰国した。その意図は? 曖昧な態度の彩矢に不安を覚える遼介。そんな遼介を諦めきれない北村は、、
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる