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これからのこと
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病院を飛び出し、来た道を泣きながら走った。
下り坂を駆けていたら滑って転び、したたかにお尻を打った。
思わず、下腹部に手を当てた。
「あんた大丈夫? こんなツルツルな道、走ったらあぶないしょ!」
厚手のショールを被っている、七十過ぎくらいのおばあさんが起こしてくれて、雪だらけになったコートを手で払ってくれた。
「どごも痛ぐしてないかい? 手袋もはかないで、しゃっこくないの? 気をつけて帰んなさいよ」
「すみません。ありがとうございます」
見ず知らずの人でさえこんなに優しい。
先生なんか!
あんな人を好きになった自分がバカだったんだ。
南小樽駅に戻り、タイミングよく来た新千歳空港行きの列車に乗った。
暖房が効きすぎた列車の中で、涙と嗚咽が止まらなかった。
隣に座っていた若い女性に気づかれて、怪訝な顔をされた。
まるで映画『ひまわり』のソフィア・ローレンみたいと思ったけれど、自分はそれ以上にみじめで悲惨な目に合っているような気がした。
電車に乗って手稲駅を通り過ぎた頃、スマホが鳴りだす。
慌てて取り出すと先生だった。
すぐに切り、名前をブロックした。
車窓から海に落ちては消えていく雪をぼんやりと見つめていた。
これからどうしよう。
いつまでも泣いている場合ではなかった。
お腹はこれからどんどん大きくなって、子どもはあと八ヶ月ほどで生まれてしまう。
両親にシングルマザーになるなど、どうして言えよう。
どこか遠くの知らない街に行って産むのがいいかも知れない。
託児所が完備されている病院で働けば、なんとかやっていけるような気がする。
ある程度の貯金も必要だ。一年半働いて自宅から通っていたので、百万円ほどなら貯金がある。
足りるだろうか?
出産費用はどれくらいかかるのか?
産前産後はどれくらい休むことになるだろうか。
現実的なことを考えているうちに涙は止まっていた。
いくら看護師で医学の知識があっても、自分の出産となるとわからないことだらけだった。
見知らぬ土地で出産すると考えただけで心細く、不安と恐怖で身がすくんだ。
男なんてみんな勝手だ。
先生も佐野さんも大嫌い!
でも…… 佐野さんはやっぱり悪くないかも。
帰りたくないと、佐野さんのアパートに無理を言って泊まったのは自分だ。
すべて自分の軽率な行動の結果なのだ。
大体、人の家庭を壊して自殺させるほど苦しめておきながら、こんなことで泣いたりして。
もっと、もっと苦しめばいい。
同じだけ苦しめばいいんだ。
泣いて引きこもっただけで許されようなど、虫がよすぎるんだ。
札幌に到着し、まっすぐに家に帰る気分になれず、街中を当てもなく歩いた。
途中、カラオケ店が目に入り、もちろん歌いたい気分ではなかったけれど、寒さに耐えきれず入店する。
夕方までいられるフリータイムにした。
セルフのドリンクバーで熱いココアを選び、指定されたボックスに入った。
エアコンの室温を二十六℃の暑めに設定して、レザーの長椅子に横たわった。
昨夜は色々な事を考えすぎてよく眠れなかった。
疲れがどっと押し寄せてきた。
廊下から響いてくる大音響も、誰かさんの下手な歌も、さほど気にならず、横になった途端眠くなった。
入店したのが十四時位だったから、二時間ほどウトウトしていたのだと思う。
時計を見ると十六時を過ぎていた。
カラオケは久しぶりだと思い、元気になるために少し歌って見ようという気になる。
MISIA、いきものがかり、JUJUなどの曲を選んで歌った。
大きな声を出して、少し気が晴れたようにも感じる。
もう十八時になろうとしていたので、伝票を持って退室した。
帰りに大型書店に寄り、育児雑誌や出産に関する本を立ち読みする。
朝とお昼を抜いていたことに気づき、窓際にカウンター席のあるスープ専門店に入った。
本当はハンバーガーが食べたかったけれど、少しでも身体にいいものを摂ろうという意識が、自然と湧いていることに驚く。
北海道のホタテと鮭を粕で味付けしたスープを選び、サイドメニューは発芽玄米と野菜ジュースにした。
スマホを開くとマナーモードのままになっていた。
母からの着信が三回もあった。
店を出てタクシーを拾い、家に帰った。
下り坂を駆けていたら滑って転び、したたかにお尻を打った。
思わず、下腹部に手を当てた。
「あんた大丈夫? こんなツルツルな道、走ったらあぶないしょ!」
厚手のショールを被っている、七十過ぎくらいのおばあさんが起こしてくれて、雪だらけになったコートを手で払ってくれた。
「どごも痛ぐしてないかい? 手袋もはかないで、しゃっこくないの? 気をつけて帰んなさいよ」
「すみません。ありがとうございます」
見ず知らずの人でさえこんなに優しい。
先生なんか!
あんな人を好きになった自分がバカだったんだ。
南小樽駅に戻り、タイミングよく来た新千歳空港行きの列車に乗った。
暖房が効きすぎた列車の中で、涙と嗚咽が止まらなかった。
隣に座っていた若い女性に気づかれて、怪訝な顔をされた。
まるで映画『ひまわり』のソフィア・ローレンみたいと思ったけれど、自分はそれ以上にみじめで悲惨な目に合っているような気がした。
電車に乗って手稲駅を通り過ぎた頃、スマホが鳴りだす。
慌てて取り出すと先生だった。
すぐに切り、名前をブロックした。
車窓から海に落ちては消えていく雪をぼんやりと見つめていた。
これからどうしよう。
いつまでも泣いている場合ではなかった。
お腹はこれからどんどん大きくなって、子どもはあと八ヶ月ほどで生まれてしまう。
両親にシングルマザーになるなど、どうして言えよう。
どこか遠くの知らない街に行って産むのがいいかも知れない。
託児所が完備されている病院で働けば、なんとかやっていけるような気がする。
ある程度の貯金も必要だ。一年半働いて自宅から通っていたので、百万円ほどなら貯金がある。
足りるだろうか?
出産費用はどれくらいかかるのか?
産前産後はどれくらい休むことになるだろうか。
現実的なことを考えているうちに涙は止まっていた。
いくら看護師で医学の知識があっても、自分の出産となるとわからないことだらけだった。
見知らぬ土地で出産すると考えただけで心細く、不安と恐怖で身がすくんだ。
男なんてみんな勝手だ。
先生も佐野さんも大嫌い!
でも…… 佐野さんはやっぱり悪くないかも。
帰りたくないと、佐野さんのアパートに無理を言って泊まったのは自分だ。
すべて自分の軽率な行動の結果なのだ。
大体、人の家庭を壊して自殺させるほど苦しめておきながら、こんなことで泣いたりして。
もっと、もっと苦しめばいい。
同じだけ苦しめばいいんだ。
泣いて引きこもっただけで許されようなど、虫がよすぎるんだ。
札幌に到着し、まっすぐに家に帰る気分になれず、街中を当てもなく歩いた。
途中、カラオケ店が目に入り、もちろん歌いたい気分ではなかったけれど、寒さに耐えきれず入店する。
夕方までいられるフリータイムにした。
セルフのドリンクバーで熱いココアを選び、指定されたボックスに入った。
エアコンの室温を二十六℃の暑めに設定して、レザーの長椅子に横たわった。
昨夜は色々な事を考えすぎてよく眠れなかった。
疲れがどっと押し寄せてきた。
廊下から響いてくる大音響も、誰かさんの下手な歌も、さほど気にならず、横になった途端眠くなった。
入店したのが十四時位だったから、二時間ほどウトウトしていたのだと思う。
時計を見ると十六時を過ぎていた。
カラオケは久しぶりだと思い、元気になるために少し歌って見ようという気になる。
MISIA、いきものがかり、JUJUなどの曲を選んで歌った。
大きな声を出して、少し気が晴れたようにも感じる。
もう十八時になろうとしていたので、伝票を持って退室した。
帰りに大型書店に寄り、育児雑誌や出産に関する本を立ち読みする。
朝とお昼を抜いていたことに気づき、窓際にカウンター席のあるスープ専門店に入った。
本当はハンバーガーが食べたかったけれど、少しでも身体にいいものを摂ろうという意識が、自然と湧いていることに驚く。
北海道のホタテと鮭を粕で味付けしたスープを選び、サイドメニューは発芽玄米と野菜ジュースにした。
スマホを開くとマナーモードのままになっていた。
母からの着信が三回もあった。
店を出てタクシーを拾い、家に帰った。
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