六華 snow crystal

なごみ

文字の大きさ
上 下
67 / 98

まさかの妊娠!

しおりを挟む
このところ、ずっと胃の調子がよくない。


食べ過ぎているわけでもないのに、すっぱい胃液が上がってきて、乗り物に酔ったように具合が悪い。


今朝も九時頃起きて、ご飯をレンジでチンしたあと、その匂いでむかついた。


トイレで胃液を吐きながら、もしかして? という疑惑がよぎった。


そういえば生理が来ていない。


去年の秋から食欲がなく、急激に痩せて不順になっていたので気づかなかった。


多少焦りを感じたものの、まさかという楽観的な気持ちのほうが強かった。


一抹の不安がぬぐえず、近くのドラッグストアに行き、妊娠検査キッドを買ってきた。




ーーまさかの陽性だった。




 ……どうしよう。


 佐野さんは初めてのとき以降は、避妊をして
いたはずだ。


“ やっぱり、出来ちゃった婚はかっこ悪いもんな ”


と、言っていたのだから。


では、初めてアパートに泊まったときの? 


その翌日には先生ともしている。


どっちも避妊してくれてない。


 ……大変! 


どっちの子かわからない!!   
 





渡されていたスペアキーを使ってアパートに入り、仕事帰りの佐野さんを待った。



どうしよう、なんて言おう。


はじめから先生との事は正直に言っておくべきだった。



今さら後悔しても、もう遅い。



七時を過ぎて佐野さんが、いつもより遅く帰宅した。


「彩矢ちゃん来てたんだ。連絡くれれば早く帰ってきたのに。サプライズのつもりかい? どうせなら靴も隠せよ。それだとかなりびっくりするな」


佐野さんがコートを脱ぎながら優しい笑顔を向けた。


「………」


「あれ? どうかした? 元気ないなぁ」


佐野さんが、ベッドに腰かけてうなだれている私の隣に座り、心配げに顔を覗き込んだ。



「どうしたんだい?」


「遼くん、ごめんなさい!」


「えっ、なにが?」


「………やっぱり、結婚できない」


思い切って話を切り出したのはいいけれど、これから最も怖ろしい告白の時間がそこまで迫っている。


「結婚できないってどうして?」


突然の心変わりに、落胆の色を隠せないようすで聞いた。


「ごめんなさい」


「ごめんなさいじゃなくて、ちゃんと説明してくれよ。理由があるんだろ?」



誤魔化すことはできない。


どんなに傷つけることになったって。


いずれはバレてしまうことなのだから。


「……一年だけ待って欲しい」


「いいよ、一年でも、二年でも待つよ。でも急にどうしてだい?」


「………」


泣かないと思っていても、勝手に涙が溢れる。


「なんで泣いてるんだよ、ちゃんと説明しろよ。泣いたって許さないぞ!」


いつも穏やかな佐野さんがイライラしだした。


「……妊娠してる」


佐野さんがきょとんとした表情を見せた。


「妊娠…… 本当に?」


実感の伴わないようすで宙を見つめた。

 
無言でこくんとうなずく。


「だったら早く結婚しないといけないだろ。どうして結婚できないんだい?」


「……ごめんなさい」


あの日、どうすればよかったんだろう。


「ごめんなさいってなんだよ、俺の子だろ」


「………」


わざわざ、お別れになど、行かなければよかったのに。


「俺の子なんだろ?」


「………」


「彩矢ちゃん……?  まさか、まさか……松田先生?」


「わからない、わからないの!」


「わからない? わからないってなんだよ。そんな、……そんな女だったのかよ!」


驚愕した絶望的な目で彩矢を見つめた。


「ちゃんとお別れしようと思って行ったの。でも、バーでカクテル飲んでいるうちに気持ちが悪くなって、」


「言い訳なんて聞きたくないっ!!」


隣に座っていた佐野さんが、立ち上がって叫んだ。


「遼くん……」


「彩矢ちゃんは、まだ松田先生のことが好きなんだ。そうなんだろう!」



「……遼くんを裏切るつもりなんてなかった」


閉じた目から涙がこぼれて手の甲に落ちた。


「…なんでいつもそうなんだよ。俺は彩矢ちゃんにとってなんなんだよ。なんで俺と結婚するなんて言った! 松田先生だって今は独身なんだ。はじめから松田先生と結婚すればよかっただろう」


震える声でそう言った佐野さんに、何も言えなかった。


「………」


「いつまでも松田先生のことが忘れられない彩矢ちゃんとは、一緒に暮らせない」


佐野さんはコートと車のキーをつかむと、逃げるようにアパートを出て行った。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ひとり

田中葵
現代文学
ちょっとここらで人生語り、とか

初恋の呪縛

泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー × 都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー ふたりは同じ専門学校の出身。 現在も同じアパレルメーカーで働いている。 朱利と都築は男女を超えた親友同士。 回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。 いや、思いこもうとしていた。 互いに本心を隠して。

六華 snow crystal 4

なごみ
現代文学
雪の街、札幌で繰り広げられる、それぞれの愛のかたち。part 4 交通事故の後遺症に苦しむ谷の異常行動。谷のお世話を決意した有紀に、次々と襲いかかる試練。 ロサンゼルスへ研修に行っていた潤一が、急遽帰国した。その意図は? 曖昧な態度の彩矢に不安を覚える遼介。そんな遼介を諦めきれない北村は、、

小さな恋のトライアングル

葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児 わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係 人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった *✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻* 望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL 五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長 五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...