六華 snow crystal

なごみ

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箱入り娘といわれて

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「おめでとう。ようこそいらっしゃいました。どうぞ、どうぞ、こちらにかけて」

 
いかにも誠実で温厚そうなお父さんが、ニコニコしながらソファーに座るように勧めてくれた。


「ふーん、可愛い子だね。遼ちゃん、やるじゃん」

 
お姉さんに遠慮なくじっと見つめられた。


「そんなにジロジロ見るなよ。緊張してるじゃないか」


「自分のほうがいつもはもっとジロジロ見てるんじゃないの? ポーッとした顔でさ」


お姉さんは冷やかすように言ってクスクスと笑った。


佐野さんとはあまり似ていないけれど、一七○㎝以上ありそうな長身の美人だ。

 
東京の商社にお勤めとのこと。


ユニクロで買ったようなシンプルでラフな服装をしているけれど、モデルのようにおしゃれに見えた。


「お腹すいたでしょう。さぁ、食べましょう」

 
お母さんがテーブルに人数分のお吸い物を置きながら呼んだ。

 
おせち料理にお寿司、オードブルなどがテーブルいっぱいに並べられている。

 
皆、ダイニングのほうへ移動して椅子に腰を降ろした。


「彩矢さん、遠慮しないでどんどん食べてね」


「あ、はいっ!」


「彩矢さんはビールでよかったかな?」

 
お父さんが缶ビールを持ち上げた


「あっ、すみません、ジュースを頂いてもいいですか?」


「彩矢ちゃんはお酒に弱いからな」


佐野さんがそう言って取りなしてくれた。


佐野さんは自分でグラスにビールを注いだ。

 
………お父さまにオレンジジュースを注がれて、スクリュードライバーと言う名のカクテルを思い出した。


ボンヤリしていたら、お父さまが自分でグラスにビールを注ごうとしていたので、慌てて言った。


「あ、あの、お父さまはおビールですか? お注ぎします」


「ああ、ありがとう」  


お父さまはコップを差しだし、こぼれそうになった泡を一口飲んだ。

 
みんなのコップに飲み物が注がれたところで、お姉さんがグラスを持ち上げた。


「じゃあ、乾杯! 今年もよろしく~」


みんなで互いにコップを当てて、挨拶をかわした。


「遼介、正月はいつまで休みなんだ?」


お父さまがそう言って、お吸い物の椀を持ち上げた。


「一応、三日までだけど救急指定病院だからな。緊急の呼び出しがあるから、本当はあまり遠出はできないんだ。今日は一応休みを取ってるけど」


佐野さんがまぐろの握り寿司にお醤油をつけながら答えた。


「なーんだ、じゃあ今日は泊まっていかないの? 私、彩矢さんと夜、色々おしゃべりしたかったんだけどな」

 
がっかりしたようすでお姉さんは茶碗蒸しを食べている。


「どうせ、ねーちゃんは俺の悪口とか、余計なことしか言わないだろ」


「だよね~ 私が一番遼ちゃんの弱みを知ってるからね~」


「なんだよ、弱みって。変なこと言うなよ。彩矢ちゃん、この人の言うことは信じなくていいからな」

 
佐野さんがおもむろに嫌な顔をした。


「彩矢さんはいつまでお休みなの?」


「私、病院辞めちゃって今は失業中なんです」


「なんだぁ、じゃあ、暇なんじゃない。遼ちゃんなんてほっといて泊まっていきなさいよ。私、東京へ戻るの来週だから暇なんだよね~」

 
お姉さんは以前からの知り合いのように、気さくだ。
 

ひとりっ子だから、姉のいる友人がうらやましかった。


こんな素敵な人がお姉さんなら本当に嬉しいと思った。


「なに言ってんだよ。ねーちゃんの暇つぶしに連れてきたんじゃないよ。それに彩矢ちゃんは門限が夜十時だからな。それまでに帰さないと」


「え~っ、門限十時! 今どきすごい箱入り娘なんだね。驚き~ たしかに純情そう」


「そうだよ、ねーちゃんみたいな遊び人とは違うんだからな。変な悪知恵つけないでくれよ」


「ひどーい! あっははは~」


お姉さんは笑い転げ、お父さんが呆れたように苦笑いをした。



「ほんとに可愛らしいお嬢さんね。こんな人がお嫁さんなら嬉しいわ~」

 
お母さんはもうすっかり結婚するものと思っているらしい。
 

「そうだな、遼介にはもったいないな」

 
とんでもなく買いかぶられて、顔から火が出た。


「そんなじゃないです。私……」

 
門限のことなど、余計な話をした佐野さんを恨めしく思った。

 
勝手につけられた清純なイメージに、ひどくうしろめたさを感じる。 

 
不倫の果てに、相手の妻子を死に追いやった娘であると知れたときには、どんな顔をすればいいのだろう。

 
佐野家の健全な明るい会話と笑いについていけず、罪人のような息苦しさを感じながら、作り笑いだけを浮かべていた。





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