六華 snow crystal

なごみ

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突然の来訪

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眠いはずなのに眠れず、午後二時を過ぎてからやっと少しウトウトし始めた。


母がパートから帰ってきたのか、階下でドアがバタンと鳴ったのが聞こえた。


この時期の北海道は、午後四時を過ぎると外はもう真っ暗だ。


やっと眠りについた頃、ドアをノックして母が入ってきた。


「彩矢、お客様が見えてるわよ。松田さんって言う男の人」


「……松田さん?」


いきなり冷水でも浴びせられたかのように目が覚めた。
 


完全にパニックを起こした。

 
どうしよう、どうすればいいの。

 
動揺している娘を見て、母も不安に襲われたようだ。


「具合が悪くて寝ていますって、お断りする?」

 
階下の男性に警戒心をあらわにしている。

 
娘をひきこもりにした張本人であろうと疑っているのだろう。

 
実際、母がどこまで真相を知っているのかわからない。

 
心療内科で鬱病と診断されてからは、腫れ物に触るような対応なのだから。

 
母ひとりに対応をまかせることに不安を感じた。


「今、降りるから待っててもらって」

 
急いで着替え、手ぐしで髪を整えながら階段を降りた。

 
玄関に立っていた先生が、悪戯っぽい笑顔を向けた。


「おっ、だいぶ元気そうになったな。ハハハッ」

 
その無神経な笑い方が、不安だった気持ちを逆撫でした。



「なにしに来たんですか?」

 
無表情に冷たく言った。 


「なんだよ、その言い方」

 
さすがに気を悪くしたようで、凄むような目で睨んだ。

 
リビングのドア越しにようすを窺っていた母が、険しい表情をして覗いていた。


「彩矢、上がっていただいたら?」

 
母の言葉を真に受けて、先生が躊躇することもなく靴を脱ぎかけたので、慌てて制止した。


「車の中で待っていてください。いま行きますから」

 
玄関のドアを開け、背中を押して追い出した。

 
まったく何を考えているのだろう。


独身になり、なんでも自由になったつもりでいるのだろうか。


とにかく今日はきちんとお別れしてこよう。


アニエスで買ったお気に入りのグレーのワンピースを着た。


一応、簡単にメイクもする。


「ちょっと出かけてきます。すぐに帰ってくるから」と念を押し、心配する母を残して家を出た。

 
家の前に堂々と駐めてある車の助手席に座った。


「彩矢、やっと会えたな」

 
愛おしいと言わんばかりのまなざしに胸が痛んだ。


「俺、来年から小樽の病院に行くことになったんだ。今日は向こうで住むマンション見てきたりして。引き継ぎのこととか、引っ越しの準備とかでこのところずっと忙しくてさ」


「………」


「ほんとはもっと早く来たかったけどな。やっぱり喪が明けるまでとか色々あるしな。今日、彩矢の家に来るのも緊張したなぁ」

 
莉子ちゃんと結婚するくせに……。


「レストラン予約してあるんだ。そういうところで食事したことなかっただろ。あぁ、一回だけあったな、小樽に行ったときに」

 
なぜこんなに明るくなれるのだろう。

 
いくら喪が明けたからって。


「大人しいな。まだ具合よくないのか? いつまでも引きずるなよ。いくら悔やんだからってどうしようもないんだからな」


「どうしてそんなに簡単に立ち直れるんですか? そんなのひどすぎる」

 
厳しい批判に少し淋しい横顔を見せた。


「平気なわけないだろう。散々苦しんだよ、俺だって。向こうの家族からも責められて殴られるしな。だからって、いつまでも落ち込んでいれば許されるのか? 俺が仕事もしないでメソメソ泣いていればおまえは納得するのか?」


「………」


「彩矢は責任なんて感じなくていい。俺が悪かったんだから」

 
その言葉に、当時のショックがまた鮮明に思い出されて涙が溢れた。


「彩矢~ しんみりするなよ。俺そういうの苦手なんだから。元気出せよ、あとでビックリさせることがあるから」



………ビックリさせること?




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