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はじめての朝を迎えて
しおりを挟む佐野さんの寝息が聞こえる。
寝返りも打てないシングルベッドは、二人で寝るにはあまりに狭すぎて、そっとベッドから抜け出した。
時計は午前二時を過ぎたところ。
仕事をしていない私は、家に帰ってから寝ればいい。
スタンドライトをつけて、宮本武蔵を読むことにする。
薄明かりの中、佐野さんの寝顔を覗いてみた。
静かに寝息を立てて眠っている。
端正な甘いマスクの佐野さんを見て、少し嬉しくなる。
これからだって、たくさんの美点を見つけられるはずだ。
佐野さんなら……。
無理に自分を納得させているような気がして少し淋しくなる。
二時間ほど本を読んでいるうちにウトウトと眠気が襲ってきた。
ハンガーからコートをはずして被り、ラグの上で猫のように丸くなって寝た。
寒い! と思って目を覚ますと、まだ五時を過ぎた時刻だった。
室温二十三℃に設定されているストーブから出されている温風で、部屋がカラカラに乾燥している。
鼻水が出てきて、ティシューを探していたら思いっきりクシャミが出た。
「ハッ、ハクシュン!」
「大丈夫かい? ごめん、俺ひとりでベッド独占しちゃったな」
佐野さんがショボショボした目で起き上がったので、電気をつけてティシューを取り、鼻をかんだ。
「風邪引かせちゃったかな?」
「ううん、大丈夫だと思う。佐野さんは眠れた?」
「うん、ごめん」
「いいの、彩矢は仕事してないもん。家に帰ってから寝られるから。佐野さんは今日も午前は仕事でしょ」
「あーあ、休みたいな~ 仕事休みたいって思ったことあまりないけどな」
「家を出るのは何時?」
「七時四十五分。彩矢ちゃんはどうする? 俺が帰ってくるまで、ここで寝ていてもいいけど」
「ううん、家に帰る。自分のベッドじゃないと眠れない気がする」
「そうか、じゃあ、送るから少し早くでよう。……彩矢ちゃん、こっち来て」
ベッドの上で佐野さんがはにかんで手招きした。
素直にそばに行きベッドに腰かけると、そっと抱き寄せてキスをした。
「幸せだな~ 結婚したいな、彩矢ちゃんと」
夢心地なようすの佐野さんがとても可愛く思えた。
「……いいよ、結婚しても」
佐野さんの気軽なプロポーズに、深く考えることもなく答えた。
「ほんとに? ……なんか信じられないな。急にいいことばっかりありすぎて」
佐野さんの顔が少し曇って下を向いた。
「彩矢、まだお料理そんなに作れないよ。お掃除だって佐野さんのほうが上手かも」
「そんなの冷凍食品でいいよ。彩矢ちゃんがそばにいてくれたら。ゴミ屋敷は困るけどな」
「お掃除はそこまで下手じゃないけど。佐野さんは結婚したら、亭主関白になりそうな気がする」
「絶対にないよ、俺、彩矢ちゃんの尻に敷かれたいもん」
「ふふふっ」
「本当に結婚してくれるの? いつしてくれる? 来年でもいい?」
急にまじめ顔になった佐野さんに、少しひるんだ。
「……うん」
「彩矢ちゃん」
佐野さんの甘く切ないまなざしに、なんとも言えない幸福を感じた。
こんなにまで切望してくれる人がいるということに。
佐野さんが好き。
尊敬も信頼もできる。
こんな人と結婚できるなんて幸せに決まってる。
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