51 / 98
忘れてしまいたくて
しおりを挟む
佐野さんが作ってくれたカップスープを飲みながら肉まんやおでんを食べ、借りてきたDVDを観た。
話題になっていた邦画のラブコメだったけれど、なんだかよくわからないうちに終わったという感じだ。
「そろそろ送るよ」
佐野さんは部屋の掛け時計に目をやると、立ち上がってDVDをディスクから取り出した。
時計を見るともう十時になろうとしていた。
「もう少しいてもいい? 迷惑かな?」
「迷惑じゃないけど、まだ体調だって戻ってないんだろ。ご両親も心配しているだろうし」
「優しいんだね」
隣の五畳の部屋に行き、本棚を物色する。
「本、借りてもいい?」
「いいよ、何冊でも」
医療系の専門書以外にも新書や色々な分野の小説がたくさん並べられている。有名なミステリー作家の文庫本を取って裏表紙の筋書きを読む。
「おすすめの本ってある?」
「そうだな、これは?」
佐野さんが取ったのは、吉川英治の宮本武蔵だった。
「え~っ、女の子に普通こういうの薦める?」
「いつもはどんなの読んでるんだい?」
「恋愛とか、ミステリーとか、」
「宮本武蔵にもお通さんって言う、一途で情熱的な女性が出てくるよ。彩矢ちゃんに少し似ているかもな」
「そういう話なの?」
「恋愛小説ではないけど、面白いと思うな。彩矢ちゃんが読んでも」
「そうなんだ。じゃあ、一巻だけ借りてみる」
一巻を受け取りページをめくっていたら、不意に抱きしめられて長身の佐野さんの胸に顔が押し当てられた。
佐野さんの胸の鼓動が聞こえる。
ずっとこのぬくもりの中で癒されていたい。
「ごめん……」
佐野さんが伏し目がちに謝った。
「じゃあ、送るから」
コートを着て、車のキーをつかんだ。
「わたし帰りたくない。今日は有紀の家に泊まるって言ってきたの」
なにをそんなに焦っているのだろう。
佐野さんはうつむきながら、静かにベッドに腰をおろした。
押し黙ったままの佐野さんが気の毒に思えて、やっぱり帰ろうとコートに手を伸ばす。
「彩矢ちゃんの気持ちがわからないよ。俺にどうして欲しいんだい?」
「ごめんなさい。困らせちゃったね、やっぱり帰る」
コートを取って玄関に向かった。
「待てよ!」
みじめで恥ずかしくて、慌ててブーツに足を入れていたら抱きしめられた。
「彩矢ちゃん、待って」
「……佐野さんが好き」
佐野さんの胸にもたれかかって呟いた。
「帰らないで。彩矢ちゃん、帰らないでくれよ」
強く抱きしめられて、急に涙がこみ上げてきた。
ずっと求めていたのは、こんな風に思いきり泣ける、誰かの胸だったのかも知れない。
狭い玄関でしばらくの間、泣き続けていた。
佐野さんからパジャマの変わりになりそうなシャツを借りて、シャワーを浴びた。
ベッドに入って横になり、掛け布団をかぶって目を閉じた。
同時に先生のことを思いだし、悲しい気持ちになる。
思いを振り切るようにカーテンを少し開けて窓の外を見た。
いつの間にか窓のサッシにも雪がこんもりと降り積もっていた。
外灯の明かりに照らされて、音もなく降り続ける青白い雪を見ていたら、 涙がとめどなく流れた。
もう会えないんだから、 会ったらダメなんだから。
それでも莉子ちゃんと結婚してしまうという話は、あまりに哀しすぎた。
……早く忘れたい。
シャワーを浴びた佐野さんが 、電気を消してベッドの端に座った。
少し開いているカーテンの隙間からもれた雪あかりが、適度に部屋を照らした。
泣いていたことを知られたくなくて、慌てて涙をぬぐう。
掛け布団の端をめくり、佐野さんの手にふれた。
ずっと押し込まれていた佐野さんの感情が 、一気にあふれ出たかのようだった。
「彩矢ちゃん……好きだよ、愛してる」
窓から差し込む雪あかりの中、手さぐりでぬくもりを確かめ合った。
話題になっていた邦画のラブコメだったけれど、なんだかよくわからないうちに終わったという感じだ。
「そろそろ送るよ」
佐野さんは部屋の掛け時計に目をやると、立ち上がってDVDをディスクから取り出した。
時計を見るともう十時になろうとしていた。
「もう少しいてもいい? 迷惑かな?」
「迷惑じゃないけど、まだ体調だって戻ってないんだろ。ご両親も心配しているだろうし」
「優しいんだね」
隣の五畳の部屋に行き、本棚を物色する。
「本、借りてもいい?」
「いいよ、何冊でも」
医療系の専門書以外にも新書や色々な分野の小説がたくさん並べられている。有名なミステリー作家の文庫本を取って裏表紙の筋書きを読む。
「おすすめの本ってある?」
「そうだな、これは?」
佐野さんが取ったのは、吉川英治の宮本武蔵だった。
「え~っ、女の子に普通こういうの薦める?」
「いつもはどんなの読んでるんだい?」
「恋愛とか、ミステリーとか、」
「宮本武蔵にもお通さんって言う、一途で情熱的な女性が出てくるよ。彩矢ちゃんに少し似ているかもな」
「そういう話なの?」
「恋愛小説ではないけど、面白いと思うな。彩矢ちゃんが読んでも」
「そうなんだ。じゃあ、一巻だけ借りてみる」
一巻を受け取りページをめくっていたら、不意に抱きしめられて長身の佐野さんの胸に顔が押し当てられた。
佐野さんの胸の鼓動が聞こえる。
ずっとこのぬくもりの中で癒されていたい。
「ごめん……」
佐野さんが伏し目がちに謝った。
「じゃあ、送るから」
コートを着て、車のキーをつかんだ。
「わたし帰りたくない。今日は有紀の家に泊まるって言ってきたの」
なにをそんなに焦っているのだろう。
佐野さんはうつむきながら、静かにベッドに腰をおろした。
押し黙ったままの佐野さんが気の毒に思えて、やっぱり帰ろうとコートに手を伸ばす。
「彩矢ちゃんの気持ちがわからないよ。俺にどうして欲しいんだい?」
「ごめんなさい。困らせちゃったね、やっぱり帰る」
コートを取って玄関に向かった。
「待てよ!」
みじめで恥ずかしくて、慌ててブーツに足を入れていたら抱きしめられた。
「彩矢ちゃん、待って」
「……佐野さんが好き」
佐野さんの胸にもたれかかって呟いた。
「帰らないで。彩矢ちゃん、帰らないでくれよ」
強く抱きしめられて、急に涙がこみ上げてきた。
ずっと求めていたのは、こんな風に思いきり泣ける、誰かの胸だったのかも知れない。
狭い玄関でしばらくの間、泣き続けていた。
佐野さんからパジャマの変わりになりそうなシャツを借りて、シャワーを浴びた。
ベッドに入って横になり、掛け布団をかぶって目を閉じた。
同時に先生のことを思いだし、悲しい気持ちになる。
思いを振り切るようにカーテンを少し開けて窓の外を見た。
いつの間にか窓のサッシにも雪がこんもりと降り積もっていた。
外灯の明かりに照らされて、音もなく降り続ける青白い雪を見ていたら、 涙がとめどなく流れた。
もう会えないんだから、 会ったらダメなんだから。
それでも莉子ちゃんと結婚してしまうという話は、あまりに哀しすぎた。
……早く忘れたい。
シャワーを浴びた佐野さんが 、電気を消してベッドの端に座った。
少し開いているカーテンの隙間からもれた雪あかりが、適度に部屋を照らした。
泣いていたことを知られたくなくて、慌てて涙をぬぐう。
掛け布団の端をめくり、佐野さんの手にふれた。
ずっと押し込まれていた佐野さんの感情が 、一気にあふれ出たかのようだった。
「彩矢ちゃん……好きだよ、愛してる」
窓から差し込む雪あかりの中、手さぐりでぬくもりを確かめ合った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
初恋の呪縛
泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー
×
都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー
ふたりは同じ専門学校の出身。
現在も同じアパレルメーカーで働いている。
朱利と都築は男女を超えた親友同士。
回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。
いや、思いこもうとしていた。
互いに本心を隠して。
六華 snow crystal 4
なごみ
現代文学
雪の街、札幌で繰り広げられる、それぞれの愛のかたち。part 4
交通事故の後遺症に苦しむ谷の異常行動。谷のお世話を決意した有紀に、次々と襲いかかる試練。
ロサンゼルスへ研修に行っていた潤一が、急遽帰国した。その意図は? 曖昧な態度の彩矢に不安を覚える遼介。そんな遼介を諦めきれない北村は、、
小さな恋のトライアングル
葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児
わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係
人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった
*✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻*
望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL
五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長
五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる