六華 snow crystal

なごみ

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忘れてしまいたくて

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佐野さんが作ってくれたカップスープを飲みながら肉まんやおでんを食べ、借りてきたDVDを観た。

 
話題になっていた邦画のラブコメだったけれど、なんだかよくわからないうちに終わったという感じだ。


「そろそろ送るよ」

 
佐野さんは部屋の掛け時計に目をやると、立ち上がってDVDをディスクから取り出した。

 
時計を見るともう十時になろうとしていた。


「もう少しいてもいい? 迷惑かな?」


「迷惑じゃないけど、まだ体調だって戻ってないんだろ。ご両親も心配しているだろうし」


「優しいんだね」

 
隣の五畳の部屋に行き、本棚を物色する。


「本、借りてもいい?」


「いいよ、何冊でも」

 
医療系の専門書以外にも新書や色々な分野の小説がたくさん並べられている。有名なミステリー作家の文庫本を取って裏表紙の筋書きを読む。


「おすすめの本ってある?」


「そうだな、これは?」

 
佐野さんが取ったのは、吉川英治の宮本武蔵だった。


「え~っ、女の子に普通こういうの薦める?」


「いつもはどんなの読んでるんだい?」


「恋愛とか、ミステリーとか、」


「宮本武蔵にもお通さんって言う、一途で情熱的な女性が出てくるよ。彩矢ちゃんに少し似ているかもな」


「そういう話なの?」


「恋愛小説ではないけど、面白いと思うな。彩矢ちゃんが読んでも」


「そうなんだ。じゃあ、一巻だけ借りてみる」

 
一巻を受け取りページをめくっていたら、不意に抱きしめられて長身の佐野さんの胸に顔が押し当てられた。


佐野さんの胸の鼓動が聞こえる。

 
ずっとこのぬくもりの中で癒されていたい。


「ごめん……」

 
佐野さんが伏し目がちに謝った。


「じゃあ、送るから」

 
コートを着て、車のキーをつかんだ。


「わたし帰りたくない。今日は有紀の家に泊まるって言ってきたの」
 

なにをそんなに焦っているのだろう。

 
佐野さんはうつむきながら、静かにベッドに腰をおろした。

 
押し黙ったままの佐野さんが気の毒に思えて、やっぱり帰ろうとコートに手を伸ばす。


「彩矢ちゃんの気持ちがわからないよ。俺にどうして欲しいんだい?」


「ごめんなさい。困らせちゃったね、やっぱり帰る」

 
コートを取って玄関に向かった。


「待てよ!」

 
みじめで恥ずかしくて、慌ててブーツに足を入れていたら抱きしめられた。


「彩矢ちゃん、待って」


「……佐野さんが好き」


佐野さんの胸にもたれかかって呟いた。


「帰らないで。彩矢ちゃん、帰らないでくれよ」

 
強く抱きしめられて、急に涙がこみ上げてきた。

 
ずっと求めていたのは、こんな風に思いきり泣ける、誰かの胸だったのかも知れない。
 
 
狭い玄関でしばらくの間、泣き続けていた。





 
佐野さんからパジャマの変わりになりそうなシャツを借りて、シャワーを浴びた。


ベッドに入って横になり、掛け布団をかぶって目を閉じた。


同時に先生のことを思いだし、悲しい気持ちになる。


思いを振り切るようにカーテンを少し開けて窓の外を見た。


いつの間にか窓のサッシにも雪がこんもりと降り積もっていた。


外灯の明かりに照らされて、音もなく降り続ける青白い雪を見ていたら、 涙がとめどなく流れた。



もう会えないんだから、 会ったらダメなんだから。


それでも莉子ちゃんと結婚してしまうという話は、あまりに哀しすぎた。



 ……早く忘れたい。



シャワーを浴びた佐野さんが 、電気を消してベッドの端に座った。


少し開いているカーテンの隙間からもれた雪あかりが、適度に部屋を照らした。


泣いていたことを知られたくなくて、慌てて涙をぬぐう。


掛け布団の端をめくり、佐野さんの手にふれた。



ずっと押し込まれていた佐野さんの感情が 、一気にあふれ出たかのようだった。



「彩矢ちゃん……好きだよ、愛してる」



窓から差し込む雪あかりの中、手さぐりでぬくもりを確かめ合った。


 



 
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