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哀しすぎた告白
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私の意向など無視して、莉子ちゃんは道路沿いのカレー専門店の駐車場へと入っていった。
店内は当然スパイシーな香りが広がっていた。
いつもなら大好きなこの香りに、吐き気をもよおした。
ウェートレスが持ってきたメニューを見て、莉子ちゃんはすぐにシーフードカレーを頼んだけれど、食欲のない私はすぐには決められなかった。
「相変わらず遅いね、決めるの」
と、莉子ちゃんが呆れ顔でつぶやく。
ウェートレスも立ち去らずに待っていた。
「コーヒー」
仕方がなくコーヒーを頼んだけれど、少しも飲みたくなかった。
「彩矢と先生のことはいつからどうやって知ったんですか?」
これが一番聞きたかったことだ。
「北村から聞いた。夜勤の夜に職員通路で抱き合ってたって」
「北村さんが!!」
見られていたなんて気づかなかった。
「北村は私を不快にすることなら、なんでもすぐに知らせてくるから。でも、まさか彩矢が先生を好きになるなんてね」
うんざりとした顔で見つめた。
「それで、話ってなんですか?」
開き直ったような私の質問に、莉子ちゃんが挑むように見つめ返した。
「先生とはもう会わないでもらいたいの。いつも飽きると莉子のところへ戻って来るんだけどね。彩矢にはまだ飽きてないみたいなの。だけど、いずれは飽きるんだからさ。私だって待ってばかりいたくないし、奥さんと子供があんな事になっちゃったから、この際、結婚しちゃおうかなって思って」
「結婚!」
「そう。結婚しちゃったら、多少の浮気は許せるかなって気がするんだ。今のままだと不安でさ」
莉子ちゃんは魅力的な女性だと思う。だけど、その告白はあまりに唐突で現実感がなかった。
「先生からプロポーズされたんですか?」
信じられなくて、懐疑的な聞き方をしてしまった
「そんなことずっと前から言われてるし。奥さんが生きてる頃からずっとね。なん年付き合ってると思ってるの? 彩矢とは違うんだからね!」
莉子ちゃんは少し引きつって、口を歪めて言った。
「奥さんと子どもがあんな事になっちゃったのに、莉子ちゃんは責任とか、罪悪感とか感じないんですか?」
私だけのせいじゃないはずだ。
奥さんと坊やのことで、少しも苦しんでいない莉子ちゃんに不信感がわいた。
「なんで私のせいにするの? バレるような浮気をしたのって彩矢でしょ。あんな病院中に知れわたるようなことして、奥さんの耳に入らないわけないじゃない。なんでも人のせいにするのやめてくれない!!」
莉子ちゃんが思わず怒鳴ったので、まわりのテーブルで食事をしていた人達が一斉に顔を向けた。
「………」
黒の制服を着た細身のウェイターが、カレーとコーヒーを運んできた。気まずい沈黙の中で、シーフードカレーとコーヒーを緊張した面持ちで置いていった。
「ごめん。大きな声出したりして」
急に気弱な様子で莉子ちゃんがうつむいた。
「………」
「お願い彩矢、私、先生じゃなきゃダメなんだ。今まで何度もやめようと思ったの。もう宏くんでいいやって思ったりもした。でも、ダメなんだ。莉子、彩矢とは争いたくないの、お願い!」
莉子ちゃんが泣きそうな顔で訴えた。
そうか……そういう話だったんだ。
「私もう別れているので心配しなくていいです。会うつもりもありませんから」
莉子ちゃんに譲るということには抵抗を感じたけれど、もう会えないのだから仕方がない。
「本当? 本当に? ほんとにもう会わない? 彩矢のこと信じていいの?」
「…………」
「わかった。……莉子、彩矢のこと信じるよ。ありがとう。本当にありがとう!」
さっきまでのむき出しの敵意とは打って変わって、気弱なまなざしを向けた。
「話って、それだけですか? じゃあ、もう帰ります」
コーヒーの代金を伝票の横に置いた。
「ちょっと待ってよ、まだカレー食べてないし、家まで送るからさ」
「大丈夫です。帰りに寄りたいところがあるので、これで失礼します」
とりつくしまもないと感じ取ったのか、莉子ちゃんもそれ以上引き止めはしなかった。
店を出て、しばらくの間なにも考えられなかった。
どこをどう歩いているのかもわからずに、ただ国道沿いを黙々と歩いた。
ーー大好きだった莉子先輩。
私は莉子ちゃんにとって疎ましい存在だった。
いつも助けてくれて、丁寧に仕事を教えてくれた。
楽しかった 思い出の数々が、いつのまにか降りはじめた雪のように道ばたに落ちて踏みつけられた。
……先生が莉子ちゃんと結婚する。
突然、涙があふれでた。
コートのフードを目深に被って、知らない街を三十分も歩いた。
ひらひらと舞い落ちる雪をそっと手を広げて受け止めた。
肉眼でもはっきりと結晶が見えた。
なんて、きれいなんだろう。
天上から絶え間なく舞い降りてくる真っ白な汚れなき華。
このままの美しい清らかさで春を迎えられたらよかったのに。
立ち止まって空を見上げ、降りしきる雪をただ見つめ続けていた。
店内は当然スパイシーな香りが広がっていた。
いつもなら大好きなこの香りに、吐き気をもよおした。
ウェートレスが持ってきたメニューを見て、莉子ちゃんはすぐにシーフードカレーを頼んだけれど、食欲のない私はすぐには決められなかった。
「相変わらず遅いね、決めるの」
と、莉子ちゃんが呆れ顔でつぶやく。
ウェートレスも立ち去らずに待っていた。
「コーヒー」
仕方がなくコーヒーを頼んだけれど、少しも飲みたくなかった。
「彩矢と先生のことはいつからどうやって知ったんですか?」
これが一番聞きたかったことだ。
「北村から聞いた。夜勤の夜に職員通路で抱き合ってたって」
「北村さんが!!」
見られていたなんて気づかなかった。
「北村は私を不快にすることなら、なんでもすぐに知らせてくるから。でも、まさか彩矢が先生を好きになるなんてね」
うんざりとした顔で見つめた。
「それで、話ってなんですか?」
開き直ったような私の質問に、莉子ちゃんが挑むように見つめ返した。
「先生とはもう会わないでもらいたいの。いつも飽きると莉子のところへ戻って来るんだけどね。彩矢にはまだ飽きてないみたいなの。だけど、いずれは飽きるんだからさ。私だって待ってばかりいたくないし、奥さんと子供があんな事になっちゃったから、この際、結婚しちゃおうかなって思って」
「結婚!」
「そう。結婚しちゃったら、多少の浮気は許せるかなって気がするんだ。今のままだと不安でさ」
莉子ちゃんは魅力的な女性だと思う。だけど、その告白はあまりに唐突で現実感がなかった。
「先生からプロポーズされたんですか?」
信じられなくて、懐疑的な聞き方をしてしまった
「そんなことずっと前から言われてるし。奥さんが生きてる頃からずっとね。なん年付き合ってると思ってるの? 彩矢とは違うんだからね!」
莉子ちゃんは少し引きつって、口を歪めて言った。
「奥さんと子どもがあんな事になっちゃったのに、莉子ちゃんは責任とか、罪悪感とか感じないんですか?」
私だけのせいじゃないはずだ。
奥さんと坊やのことで、少しも苦しんでいない莉子ちゃんに不信感がわいた。
「なんで私のせいにするの? バレるような浮気をしたのって彩矢でしょ。あんな病院中に知れわたるようなことして、奥さんの耳に入らないわけないじゃない。なんでも人のせいにするのやめてくれない!!」
莉子ちゃんが思わず怒鳴ったので、まわりのテーブルで食事をしていた人達が一斉に顔を向けた。
「………」
黒の制服を着た細身のウェイターが、カレーとコーヒーを運んできた。気まずい沈黙の中で、シーフードカレーとコーヒーを緊張した面持ちで置いていった。
「ごめん。大きな声出したりして」
急に気弱な様子で莉子ちゃんがうつむいた。
「………」
「お願い彩矢、私、先生じゃなきゃダメなんだ。今まで何度もやめようと思ったの。もう宏くんでいいやって思ったりもした。でも、ダメなんだ。莉子、彩矢とは争いたくないの、お願い!」
莉子ちゃんが泣きそうな顔で訴えた。
そうか……そういう話だったんだ。
「私もう別れているので心配しなくていいです。会うつもりもありませんから」
莉子ちゃんに譲るということには抵抗を感じたけれど、もう会えないのだから仕方がない。
「本当? 本当に? ほんとにもう会わない? 彩矢のこと信じていいの?」
「…………」
「わかった。……莉子、彩矢のこと信じるよ。ありがとう。本当にありがとう!」
さっきまでのむき出しの敵意とは打って変わって、気弱なまなざしを向けた。
「話って、それだけですか? じゃあ、もう帰ります」
コーヒーの代金を伝票の横に置いた。
「ちょっと待ってよ、まだカレー食べてないし、家まで送るからさ」
「大丈夫です。帰りに寄りたいところがあるので、これで失礼します」
とりつくしまもないと感じ取ったのか、莉子ちゃんもそれ以上引き止めはしなかった。
店を出て、しばらくの間なにも考えられなかった。
どこをどう歩いているのかもわからずに、ただ国道沿いを黙々と歩いた。
ーー大好きだった莉子先輩。
私は莉子ちゃんにとって疎ましい存在だった。
いつも助けてくれて、丁寧に仕事を教えてくれた。
楽しかった 思い出の数々が、いつのまにか降りはじめた雪のように道ばたに落ちて踏みつけられた。
……先生が莉子ちゃんと結婚する。
突然、涙があふれでた。
コートのフードを目深に被って、知らない街を三十分も歩いた。
ひらひらと舞い落ちる雪をそっと手を広げて受け止めた。
肉眼でもはっきりと結晶が見えた。
なんて、きれいなんだろう。
天上から絶え間なく舞い降りてくる真っ白な汚れなき華。
このままの美しい清らかさで春を迎えられたらよかったのに。
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