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村田さんの言葉
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「彩矢ちゃん、お久しぶり」
手をあげ、笑顔で近づいてきた。
「村田さん……」
「彩矢ちゃん、ずいぶんスマートになっちゃったのね。多分、公園に行ってるってお母さんから聞いたものだから」
「すみません。心配かけちゃって」
「私もなんて言ってあげていいのかわからなくて」
「………」
よく晴れた明るい日差しのある午後、乾いた寒風が園内を吹き抜けていく。
ひらひらと、一枚だけ枝にしがみついていた枯れ葉も、とうとう力尽きて、風に連れ去られていった。
村田さんが公園のベンチに腰を降ろしたので、その隣に座った。
「205号室の優花ちゃんと、里沙ちゃんから手紙を預かってきたの」
村田さんはバッグの中から、可愛らしい絵柄のついた封筒を差しだした。
「意外に思うかもしれないけど、みんな彩矢ちゃんには同情しているのよ。そうでない人もいるかも知れないけど、たまたま彩矢ちゃんの時にあんな事件が起きちゃったんだから」
「………」
「それと松田先生だけど、今度小樽の病院に行くことが決まったみたい」
「小樽ですか?」
小樽など車で四十分くらいだけれど、先生がとても遠くに行ってしまうような気がした。
逢いたい気持ちが急速に湧いてくる。
でも、それはもう許されないことだ。
ひと言だけでも会って謝りたかったけれど。
「身体のほうは大丈夫? ずいぶん痩せたようだけど」
「大丈夫です。最近は少し食べられるようになったから」
「そう、よかった。ご両親も心配されてるでしょう」
「……理由が言えなくて」
うつむいて下唇をかんだ。
「彩矢ちゃんに似合わない大胆なことしたのね」
「幸せになんかなれっこないってわかってるのにバカですよね」
「弱いものね、人間は。私だってこうしたほうがいいってわかっていても、できないことたくさんあるわよ。今年の目標だって、なんにも達成しないうちに十二月になっちゃうもの。またダイエットにも失敗したしね。毎年同じことの繰り返し。フフッ」
「それは別に悪いことじゃないでしょ。誰も傷つけてないし」
微笑ましい村田さんの失敗が羨ましい。
「誰も傷つけてないなんてことはないわ。自分では気づいてないところで、傷つけてることはたくさんあるわよ」
「村田さんが誰かを傷つけてるなんてことないです」
「彩矢ちゃんは必要以上に自分のことを責めすぎると思うの。もちろん、間違った交際をしてしまったことは反省が必要だけど、いつまでも悔やんでばかりいることが反省じゃないでしょ?」
そう、私は済んだことを後悔ばかりして、無駄に時間を費やしている。
「グズグズ自分を甘やかして、楽な道ばかり選んでるの」
堪えきれなくなって涙が溢れた。
震える肩に村田さんが手を添えてくれた。
「あせる必要はないわよ。こういうことって時間がかかることだわ。でも自分を責めてばかりいても誰も救われないわ。まず自分を許してあげなきゃ」
「……家族にも心配ばかりかけてるし、これ以上まわりに迷惑かけないようにする」
「迷惑だなんて思ってないよ。だけど、元気じゃない人が周りの人たちを元気にすることはできないでしょう」
「あまり責めないように気をつけます。だけど、きっと責めていたほうが楽なんですよね。立ち直るってすごく大変だから……逃げてたの」
村田さんの言葉で、少し目がひらけたような気がした。
私がしていたことは反省ではなく、甘ったれていただけだ。
責め続けていれば、許されるとでも思っていたのだろうか。
「これからだって失敗はたくさんするのよ、人間は。何歳になってもね」
「村田さん、ありがとう」
「久しぶりに彩矢ちゃんの顔みて、安心したわ」
そう言うと、村田さんは立ち上がった。
「あっ、ごめんなさい。寒いのに家に誘わないでいて。ココアでも飲んでいって」
自分のことしか考えていないから、こんな当たり前のことにも気づけない。
「今日はお休みなんだけど、実家の母が入院していて、これから行かなければいけないの。彩矢ちゃんに会えて本当によかった」
ふたりで公園を出ると、村田さんは手を振りながらバス通りに向かって歩いて行った。
強い人って、村田さんみたいな人。
強くないと優しくもなれないんだ。
いつかなれたらいいな、あんな人に。
手をあげ、笑顔で近づいてきた。
「村田さん……」
「彩矢ちゃん、ずいぶんスマートになっちゃったのね。多分、公園に行ってるってお母さんから聞いたものだから」
「すみません。心配かけちゃって」
「私もなんて言ってあげていいのかわからなくて」
「………」
よく晴れた明るい日差しのある午後、乾いた寒風が園内を吹き抜けていく。
ひらひらと、一枚だけ枝にしがみついていた枯れ葉も、とうとう力尽きて、風に連れ去られていった。
村田さんが公園のベンチに腰を降ろしたので、その隣に座った。
「205号室の優花ちゃんと、里沙ちゃんから手紙を預かってきたの」
村田さんはバッグの中から、可愛らしい絵柄のついた封筒を差しだした。
「意外に思うかもしれないけど、みんな彩矢ちゃんには同情しているのよ。そうでない人もいるかも知れないけど、たまたま彩矢ちゃんの時にあんな事件が起きちゃったんだから」
「………」
「それと松田先生だけど、今度小樽の病院に行くことが決まったみたい」
「小樽ですか?」
小樽など車で四十分くらいだけれど、先生がとても遠くに行ってしまうような気がした。
逢いたい気持ちが急速に湧いてくる。
でも、それはもう許されないことだ。
ひと言だけでも会って謝りたかったけれど。
「身体のほうは大丈夫? ずいぶん痩せたようだけど」
「大丈夫です。最近は少し食べられるようになったから」
「そう、よかった。ご両親も心配されてるでしょう」
「……理由が言えなくて」
うつむいて下唇をかんだ。
「彩矢ちゃんに似合わない大胆なことしたのね」
「幸せになんかなれっこないってわかってるのにバカですよね」
「弱いものね、人間は。私だってこうしたほうがいいってわかっていても、できないことたくさんあるわよ。今年の目標だって、なんにも達成しないうちに十二月になっちゃうもの。またダイエットにも失敗したしね。毎年同じことの繰り返し。フフッ」
「それは別に悪いことじゃないでしょ。誰も傷つけてないし」
微笑ましい村田さんの失敗が羨ましい。
「誰も傷つけてないなんてことはないわ。自分では気づいてないところで、傷つけてることはたくさんあるわよ」
「村田さんが誰かを傷つけてるなんてことないです」
「彩矢ちゃんは必要以上に自分のことを責めすぎると思うの。もちろん、間違った交際をしてしまったことは反省が必要だけど、いつまでも悔やんでばかりいることが反省じゃないでしょ?」
そう、私は済んだことを後悔ばかりして、無駄に時間を費やしている。
「グズグズ自分を甘やかして、楽な道ばかり選んでるの」
堪えきれなくなって涙が溢れた。
震える肩に村田さんが手を添えてくれた。
「あせる必要はないわよ。こういうことって時間がかかることだわ。でも自分を責めてばかりいても誰も救われないわ。まず自分を許してあげなきゃ」
「……家族にも心配ばかりかけてるし、これ以上まわりに迷惑かけないようにする」
「迷惑だなんて思ってないよ。だけど、元気じゃない人が周りの人たちを元気にすることはできないでしょう」
「あまり責めないように気をつけます。だけど、きっと責めていたほうが楽なんですよね。立ち直るってすごく大変だから……逃げてたの」
村田さんの言葉で、少し目がひらけたような気がした。
私がしていたことは反省ではなく、甘ったれていただけだ。
責め続けていれば、許されるとでも思っていたのだろうか。
「これからだって失敗はたくさんするのよ、人間は。何歳になってもね」
「村田さん、ありがとう」
「久しぶりに彩矢ちゃんの顔みて、安心したわ」
そう言うと、村田さんは立ち上がった。
「あっ、ごめんなさい。寒いのに家に誘わないでいて。ココアでも飲んでいって」
自分のことしか考えていないから、こんな当たり前のことにも気づけない。
「今日はお休みなんだけど、実家の母が入院していて、これから行かなければいけないの。彩矢ちゃんに会えて本当によかった」
ふたりで公園を出ると、村田さんは手を振りながらバス通りに向かって歩いて行った。
強い人って、村田さんみたいな人。
強くないと優しくもなれないんだ。
いつかなれたらいいな、あんな人に。
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