六華 snow crystal

飛び降り自殺！

ここの病院に来て、まだ一年半だ。

　
覚えたいことがまだたくさんあるし、やりがいもある。でも先生との関係がバレてからは、居心地が相当に悪い。

　
患者の家族にさえ知られているようで本当に嫌になる。人から後ろ指を指されるような人間になるなんて、思ってもみなかった。

　
テンションが下がりすぎて、会っていても以前のように胸が高鳴るような気持ちにはなれない。

　
早くこんな後ろ向きな関係から抜け出さなければ、という気持ちが次第に高まってきている。

　
冷めてきているのが伝わっているのか、


もうすぐ離婚するからとか、早く彩矢と結婚したいなどと、見え透いたことを平気で言う先生に呆れる。

　
そんな言葉信じてもいないし、逆に引いてしまう。

　
元々略奪婚など考えたこともなく、好きという気持ちだけで飛びこんだ恋である。

　
誰からも祝福されない結婚など悲しすぎる。

　
哀しく切ない恋愛はもう卒業だ。

　


そんな矢先に事件は起きた。





もう待ち合わせにコンビニは使いたくないので、最近はバスに乗って駅まで行き、大型書店で待ち合わせるようにしている。


今夜で最後にしよう、そう心に決めてロッカールーム を後にした。


職員通用口を出たところで、後ろから走ってきた誰かに追い抜かれた。


　ーー先生だった。


「彩矢、今日は行けない」


振り向いてそう言うと、慌てて走っていった。


何事だろう？





仕方なくまっすぐに帰宅すると、めずらしく有紀から電話が来た。


佐野さんがあんなことになって以来、ずっと口をきいてもらえなかったのに。


どうしたのだろう。



「有紀？」


「彩矢？　大変な事になってるよ。まだ知らないでしょ」


「えっ？」


有紀らしくない真剣な語り口なので、にわかに緊張してきた。佐野さんに何かあったのだろうか。


「松田先生の奥さんが、坊やと一緒にマンションのベランダから飛び降りたって。奥さんは即死で坊やは小児センターに運ばれてる」


「えっ！ う、嘘でしょ！！ そんな！」


あまりのショッキングな知らせに、目の前が真っ暗になった。


「彩矢？　大丈夫？　……彩矢！」


一年ほど前に売店で偶然みかけたあの美しい人が、坊やと一緒にマンションのベランダから飛び降りた！


その原因が自分にあることには間違いないであろう。


身勝手な行動で人を死に追いやるまで苦しめていたことに、今頃気づいて戦慄した。


人から後ろ指を指される程度のことではなかったのだ。



なぜあの時、ステートをつかんで追いかけたりしたのだろう。



激しい後悔にさいなまれ、息が苦しい。



どうすればいいの？


これから一体、どうやって生きていけばいいの………



部屋でひとり慟哭していると、



「彩矢、夕ご飯よ～」



階下から母の呼ぶ呑気な声が聞こえた。