六華 snow crystal

悲しい別れ

佐野さんの辞表が受理されたとのことだ。


後任の技師が決まり次第、退職するという。

　
もう話すことも顔を合わせることもなくなる。同じ病院にいてくれるというだけで、なにか守られているような、そんな気がしていたのに。


 とっても大切な心の支えを失ったような寂しさを感じる。佐野さんから与えられていたものの大きさに、今頃気づいた。






佐野さんの後任の技師が決まって、今日で佐野さんとはお別れだ。


当然、病院での送別会など用意されているはずもない。


タイムカードを押したあと、会わせる顔がないものの、お礼のひと言くらいは伝えたい気持ちでロビーのほうへ降りていった。


有紀や他にも何人かの職員たちがいて、別れの言葉を交わしていた。


その輪の中に入っていけず、遠巻きに見ていると、佐野さんが気づいたようで一瞬目が合ったけれど、すぐにそらされた。

　
佐野さんが正面玄関から手を振りながら去っていった。　


結局、何も言えなかった。


佐野さんだって今さら何も聞きたくはなかっただろう。


心にぽっかりと穴があいた。




なぜ、佐野さんではダメだったのだろう。


今頃になって後悔に似た気持ちが沸きあがった。


佐野さんとの明るい未来には目もくれず、ひと目を忍ぶような暗い関係にみずから突き進んでしまった。



だけど何度くり返されても、あの時はああすること以外にはできなかったようにも思った。