六華 snow crystal

優しさにふれて

　
院内で先生と夢菜の姿を見るのがつらい。

　
ふたりはもう人前でイチャイチャとふざけあったりはしない。よそよそしいまでの不自然な親密さに傷つく。


一階の薬局に入院患者の薬を受け取りにいった帰り、佐野さんとすれ違った。


「彩矢ちゃん！」

　
呼び止められて立ち止まったけれど、いまだに佐野さんの顔は正視できない。


「これあげる」


佐野さんはポケットからミントとミルク味のひんやりキャンディーを一粒くれた。


「ふふっ」

　
思わず笑ってしまった。


「彩矢ちゃん、その笑顔を忘れないで。仕事で病院に来てるんだろう。ここは死と向き合いながら戦っている患者さんばかりなんだから」

　
真顔でそれだけ言って、佐野さんは行ってしまった。

　
思いがけず、きつい言い方をされて驚いた。

　
佐野さんはいつも慰めてくれるものと、どこかで期待している自分がいた。


よほど暗い顔をして院内を歩いていたのだろう。


佐野さんに言われて目が覚めた。

　
叱られたことで、逆に少し元気が出てきたような気がする。


この間、二○五号室の里沙ちゃんのお母さんが、ランドリーの部屋で泣いているのをみた。

　
里沙ちゃんの腫瘍は手術ができない部位にあるので、病状はどんどん悪化するばかりなのだ。

　
佐野さんの言うとおりだ。


本当に、いったい何をしに病院へ来ていたのだろう。
　
　
　



仕事を終え、着替えてから職員通用口を歩いていたら、向こうから先生が歩いて来るのがみえた。

　
顔を合わせたくなかった。目をそらしながらうつむきがちに歩いた。


「よお、なんか久しぶりだな、彩矢。今日コンビニで六時」

　
少し気まずそうな顔をして通り過ぎていった。




なによ、今さら。


絶対に行かない！　

　
意地でも行くものか。


それでも逢いたい衝動を抑えることは簡単ではなかった。




ーー逢いたい、とても。