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抱きすくめられて
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夜中の0時に病棟の見まわりを終え、寝たきりの患者のオムツなどを交換していたら、やっとオペが終了したようだった。
松田先生が患者の家族にムンテラ(病状説明)をして、聡美さんが先生の後ろでメモをとっている。
術後の患者はICUに運び込まれた。頭部からドレーンチューブがぶらさがり、頸椎も損傷しているようで、フィラデルフィアカーラーでがっちりと首が固定されていた。
術後の指示と処置が一段落したところで、宮部さんが、
「疲れたね、少し休もうか」
と言ったので一緒に休憩室へ向かった。
休憩室では松田先生や、オペ看の川谷さんと外回りのナースたちが談笑していた。
「オペ、お疲れ様でしたー!」
松田先生が宮部さんの作ったお弁当の唐揚げを食べていた。
「この唐揚げうまいなー 平川が作ったのか?」
からかうような笑顔で先生が私を見つめた。
「そんなの宮部さんが作ったのに決まってるじゃないですか。知っててわざと平川さんに聞くんだから。気をつけなさいよ、先生は若い看護師さんが大好きだから」
川谷さんが横目で先生を軽くにらんだ。
「おー、俺は熟女だって好きだぞー。宮部さんとはずっといい仲だったんだからな。ねっ、宮ちゃん」
先生が悪戯っぽく、宮部さんにウインクした。
「はぁ? 先生もいっぺん脳の手術受けた方がよくないですかぁ?」
宮部さんの切り返しに皆、笑った。
「平川、おまえ救急外来ずいぶん慣れたじゃないか。中々、手早かったぞ」
突然先生に褒められてとまどう。
「えっ、でも、怒鳴られてばかりでしたけど」
「怒鳴るのは俺の癖だからな。ハハハッ」
思いもよらない褒め言葉に涙が出そうなくらい嬉しかった。
午前二時半も過ぎ、日勤の仕事に差し障るので、オペで呼び出された職員たちは引き上げていった。
午前三時の見回りを終えると、病棟のナースコールが鳴った。
行ってみると二○五号室の優花だった。
「どうしたの? 優花ちゃん」
「眠れなくて……。睡眠薬もらえませんか?」
小声でボソボソと言いながら、暗い顔でうなだれている。
「寝る前にいつもの安定剤は飲んでるよね?」
「いつも、ちゃんと飲んでるけど眠れないの。もう三日も寝てないから」
「えーっ、三日も! 早く言ってくれればよかったのに。ちょっと待っててね、先生に聞いてみるね」
ナースステーションに戻り、受話器を持ち上げながら躊躇した。
先生はもう寝てしまったかもしれない。寝入りばなを起こすのは気が引けるけれど仕方がない。
当直室の番号を押すと三度目の呼び出しで「はい」という、低い不機嫌な声が聞こえた。
「あっ、あの、お休みのところすみません。二○五号室の林優花ちゃんですけど、もう三日も眠れてなくて頭が痛いと言ってるのですが」
「わかった、いま行く」
投薬の指示だけだと思っていたのに、見に来るというのでちょっと慌ててしまう。
程なく、さっきの陽気さとは対照的なほど不機嫌な顔をした先生がナースステーションに現れた。
優花のカルテと看護記録を見てから、「病室へ行く」と言うのでついて行った。
ペンライトを当てて優花の目をのぞき込んでいる。
「そっかぁ、じゃあ、百年目が覚めない薬飲ませてやるからな」
笑いながら先生は優花の頭をくしゃくしゃと撫でた。
二○五号室を出ると、「ハルシオン一錠あげて」と無表情に言った。
病棟の薄暗い廊下をスタスタと戻る先生の後ろを歩いていたら、突然振り向いた先生にいきなり抱きすくめられた。
えっ!!
一瞬のことだった。
「ごめん……」
切なげに見つめて身体を離すと、四階の当直室へ向かう階段を一気に駆け上っていった。
松田先生が患者の家族にムンテラ(病状説明)をして、聡美さんが先生の後ろでメモをとっている。
術後の患者はICUに運び込まれた。頭部からドレーンチューブがぶらさがり、頸椎も損傷しているようで、フィラデルフィアカーラーでがっちりと首が固定されていた。
術後の指示と処置が一段落したところで、宮部さんが、
「疲れたね、少し休もうか」
と言ったので一緒に休憩室へ向かった。
休憩室では松田先生や、オペ看の川谷さんと外回りのナースたちが談笑していた。
「オペ、お疲れ様でしたー!」
松田先生が宮部さんの作ったお弁当の唐揚げを食べていた。
「この唐揚げうまいなー 平川が作ったのか?」
からかうような笑顔で先生が私を見つめた。
「そんなの宮部さんが作ったのに決まってるじゃないですか。知っててわざと平川さんに聞くんだから。気をつけなさいよ、先生は若い看護師さんが大好きだから」
川谷さんが横目で先生を軽くにらんだ。
「おー、俺は熟女だって好きだぞー。宮部さんとはずっといい仲だったんだからな。ねっ、宮ちゃん」
先生が悪戯っぽく、宮部さんにウインクした。
「はぁ? 先生もいっぺん脳の手術受けた方がよくないですかぁ?」
宮部さんの切り返しに皆、笑った。
「平川、おまえ救急外来ずいぶん慣れたじゃないか。中々、手早かったぞ」
突然先生に褒められてとまどう。
「えっ、でも、怒鳴られてばかりでしたけど」
「怒鳴るのは俺の癖だからな。ハハハッ」
思いもよらない褒め言葉に涙が出そうなくらい嬉しかった。
午前二時半も過ぎ、日勤の仕事に差し障るので、オペで呼び出された職員たちは引き上げていった。
午前三時の見回りを終えると、病棟のナースコールが鳴った。
行ってみると二○五号室の優花だった。
「どうしたの? 優花ちゃん」
「眠れなくて……。睡眠薬もらえませんか?」
小声でボソボソと言いながら、暗い顔でうなだれている。
「寝る前にいつもの安定剤は飲んでるよね?」
「いつも、ちゃんと飲んでるけど眠れないの。もう三日も寝てないから」
「えーっ、三日も! 早く言ってくれればよかったのに。ちょっと待っててね、先生に聞いてみるね」
ナースステーションに戻り、受話器を持ち上げながら躊躇した。
先生はもう寝てしまったかもしれない。寝入りばなを起こすのは気が引けるけれど仕方がない。
当直室の番号を押すと三度目の呼び出しで「はい」という、低い不機嫌な声が聞こえた。
「あっ、あの、お休みのところすみません。二○五号室の林優花ちゃんですけど、もう三日も眠れてなくて頭が痛いと言ってるのですが」
「わかった、いま行く」
投薬の指示だけだと思っていたのに、見に来るというのでちょっと慌ててしまう。
程なく、さっきの陽気さとは対照的なほど不機嫌な顔をした先生がナースステーションに現れた。
優花のカルテと看護記録を見てから、「病室へ行く」と言うのでついて行った。
ペンライトを当てて優花の目をのぞき込んでいる。
「そっかぁ、じゃあ、百年目が覚めない薬飲ませてやるからな」
笑いながら先生は優花の頭をくしゃくしゃと撫でた。
二○五号室を出ると、「ハルシオン一錠あげて」と無表情に言った。
病棟の薄暗い廊下をスタスタと戻る先生の後ろを歩いていたら、突然振り向いた先生にいきなり抱きすくめられた。
えっ!!
一瞬のことだった。
「ごめん……」
切なげに見つめて身体を離すと、四階の当直室へ向かう階段を一気に駆け上っていった。
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