六華 snow crystal

なごみ

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沙織さんの忠告

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ラーメン屋は混んでいて十分ほど外で待たされた。


やっと案内されて店内に入ったけれど、テーブル席には空きがなく、対面のカウンターへ入った順に坐ったら、北村さんの隣になってしまった。

 
白い作業衣を着た三人の調理人が、せわしなく厨房を動きまわっている。


野菜を炒めている中華鍋から、ボゥーッと火炎があがった。


濃厚なスープの香りが漂っている。

 
匂いだけでも充分に美味しいラーメンと想像できた。

 
 醤油と決めてはいたけれど、一応メニューに目を通し、結局醤油にしてメニューを戻した。


 
 隣の北村さんと、何を話せばよいのかわからなくて緊張する。


 
北村さんは私の心配など気にも留めないようすで、プラダのバッグからスマホを取りだした。


ラーメンを食べた後は婚約者と約束でもあるのだろうか。

 
誰かとLINEのやりとりをしている。


気を使ってくれない人は、それはそれで意外と気楽なものだ。


 
注文してまもなくチャーシューとメンマ、ネギ、もやしがのっけられたシンプルなラーメンが目の前に置かれた。


「熱っ!」

  
人気のラーメン屋さんだけあって、バランスの取れた濃厚なダシに、しつこくないすっきりとした味わい。ストレート麺にほどよく絡まって、とっても美味しい。


有紀のように大盛りにすればよかったと思うほど、あっという間に麺がなくなって、最後に柔らかなチャーシューを食べた。


隣の北村さんを見ると長い髪をかき分けながら、まだスマホを見ていた。


塩ラーメンは半分も食べていないようだ。

 
塩味だからまずいということはないはずだ。


美味しく出された食べ物に対して、このような振る舞いをする人には、ちょっとした憤りを感じてしまう。


せっかくの美味しいラーメンなのに、のびないうちに食べたらいいのにと、気を揉んでいるのだが、北村さんは一向に気にする様子もなく、半分も残して箸を揃えて置いた。


「北村さん、塩ラーメン美味しくなかったんですか?」
 

思わず問い詰めるように聞いた。


「ううん、美味しかったけど、冷めてのびちゃったし、もういいかなって。えっ、なに? 残したラーメン食べたかったの?」

 
北村さんはバカにしたように薄笑いを浮かべた。


「別にいりませんけど、すごく美味しいのにもったいないと思って」


「味はちゃんと楽しんだから、いいんじゃないかしら。出されたものを全部平らげてたら体型が大変な事になっちゃうでしょ」


そう言って卓上のティシューをつまむと、形のいい鼻を押さえてかんだ。


「それからね、平川さんに伝えておきたいことがあるのよね」 

 
北村さんが大きな切れ長の目で私を見つめた。


「松田先生には気をつけたほうがいいわよ。あの人手当たりしだいだから」


いきなり松田先生のことを言われてドキッとする。


「私、結婚してる人には興味ないので大丈夫です」

 
少しムッとしながら答えた。


「あら、誰だってそうよ。最初はそうでも好きになっちゃったら、そんなのどうでもよくなるでしょう。松田先生ってその気にさせるのがとっても上手らしいから。平川さんってなんか危なさそう」


「そんなことないです」


カチンと来たけれど、半分当たっているような気もしてうろたえた。


「食べ終わったら、そろそろ出ようか?」


カウンター席の端に坐っていた佐野さんの声が聞こえて、席を立った。


帰り道は渋滞もなく、十五分ほどで病院の駐車場に到着した。



北村さんがいなかったらこの後、違うところへも行ったのかも知れない。


予想通り、この後どこかへ行こうと言い出す人はいなかった。

 
車を降りると有紀が来て耳元でささやいた。


「佐野さんがさぁ、彩矢と付き合いたいみたいなこと言ってたんだけど、どう?」


「そんなこと急に言われても……」


「じゃあさ、近いうちに返事ちょうだい。佐野さんいいと思うよ。優しいし、楽しいし、イケメンだしさ。わたしは好きだけどな~」


「じゃあ、有紀が付き合ったらいいじゃない」


「わたしみたいなデブ駄目に決まってるでしょ~ あーあ、痩せたいな~ でも味噌ラーメン超美味しかったな~ 」

 
佐野さんは長身のイケメンで、確かに楽しくていい人だと思うけれど、あまり異性という感じがしない。

 
それにこんなことを有紀に頼むっていうのも、なんだかなぁと思うのだった。

 
だからといって松田先生がいいなんて思わない。

 
北村さんからわざわざ忠告などされなくたってと、いらだたしい気持ちで下唇をかんだ。










 
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