六華 snow crystal 6

なごみ

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もう、遼くんだけ

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母に保育園のお迎えをお願いして、二月に借りた賃貸マンションに、週二、三度行くようにしている。


私たちはすでに公認の仲だけれど、まだ泊まったりはしていない。


本当は入籍もしてしまいたかった。


だけど、悠李のことを考えると、苗字を変えてしまうのはまだ早い気がした。


仕事帰りに二人でスーパーに寄り、すぐに作れそうな食材を買った。


二人っきりというのも新婚のような楽しさはあるけれど、やはり早く子供たちと一緒にここで暮らせるようになりたい。


今日のメニューは石焼ビビンバ。


石焼といっても、お店のように石の丼を用意するわけではない。フライパンで焦げ目をつけたものを普通のドンプリに盛り付けるだけ。


味をつけた肉を焼き、レトルトのナムルにご飯とコチュジャンを混ぜ、丼に盛りつけてからポーチドエッグをのせる。


これは遼くんが教えてくれたメニュー。


卵を崩して熱々のビビンバに混ぜ込みながら食べた。


「美味しい!  簡単でいいね、これ」


「コチュジャンを少なめにすれば子供たちも食べられるかもな」


「そうね、美味しくて簡単だから、実家でも作ってみるわ」





「さっきの話だけど、俺は悠李の気がすむまで松田先生のところへ行かせてあげてもいいと思うな」


夕食を終え、後片づけをしながら、潤一と子供たちの今後の面会について相談をした。


「でも、向こうには美穂先生がいるのよ。子供たちは気に入っているし、とっても遊ばせ上手でしょ。ずっと琴似のマンションに住みたいなんて言われたら、どうしたらいいの?」


「いくら慣れ親しんでた保育士さんだって、親とは違うだろう。彩矢ちゃんはもっと自信を持ったほうがいいよ。悠李を気持ちよく行かせたほうが、長引かせずに済むような気がするんだ」


「潤一さんが何を考えているのか怖くて。まだ親権のことを諦めてないかも知れないでしょう? 子供たちがパパと一緒に暮らしたいなんて言い出したらと思うと」


「………う~ん、確かに松田先生は侮れないからな」


「美穂先生と再婚するつもりなのかも知れないわ。雪花は美穂先生が大好きだから、本当に心配で、」


悪いほうにばかり考えるこのネガティブ思考が、子育てにおいても悪影響を及ぼしているのだろう。





「松田先生、なにか戦略でも練っているのかな? 余程のことがないと親権は簡単に覆せるものではないと思うけど、子供の気持ちは無視できないからな」


「そうなの。私、悠李にはずっと我慢ばかりさせてたの。頼りない母親だったから」


「彩矢ちゃんは十分頑張ってきたよ。悠李だってわかってるはずだし、とてもいい子に育ってる。もっと自分を褒めたほうがいいよ」


「……あ、ありがとう」


こんなこと、初めて言われた。


こんな優しい一言で、随分と気が楽になるものだ。


子供の悩みや相談など、今まで誰にも相談できなかった。


母に打ち明けても否定的な意見が多くて、余計に落ち込んだ。


夫の愛と支えが、子育てにおいてはとても大切なものだと身にしみて思う。



「やっぱり、今日も帰っちゃうのかい?」


お風呂から上がった私を、遼くんが寂しげに見つめた。


「ごめんね。だって、いくら明日がお休みでも外泊はちょっと恥ずかしくて。悠李に " ママどこに泊まってたの? ”  なんて両親の前で聞かれてもね」


「ハハハッ、確かにそれは言えるな。早く一緒に暮らしたいなぁ。じゃあ、何時に帰る?」


掛け時計を見ると、八時になろうとしていた。


 「九時までには帰ろうかな。雪花は寝てしまってるかな」


「あと一時間しかないじゃないか」


いきなりヒョイと遼くんに抱き上げられる。


「キャッ!  だ、大丈夫?  腰を痛めないでね」


「年寄り扱いするなよ。彩矢ちゃんは軽いよ」



「フフッ、なんだかすごく幸せ」



お姫様抱っこされながら、きれいな遼くんの横顔を見つめる。



ーー遼くんは本当にステキ。



悠李はなんてパパに似ているのだろう。


「子供の前ではあまりイチャイチャ出来ないから。今のうちに楽しんでおこう」



「うん、……私たち新婚さんだものね」



「俺たちが幸せに暮らしていたら、悠李と雪花ちゃんだって、こっちがいいって思うようになるよ」



「そうね、本当にそうだわ」



遼くんがプラス思考の人で嬉しい。




ベッドに降ろされて、優しくキスをされる。


こんなに情熱的に愛されることも、私に強い自信を与えてくれる。


これまでの自信のなさが育児に悪い影響を与えていた。



これからはもう迷わない。


もっと、強くなる。



悠李は、きっといつかわかってくれる。



前向きにそう思えるようになれた。



「彩矢ちゃん、可愛い。本当に好きだよ、愛してる」


耳元で囁かれ、全身が甘く痺《しびれ》れた。


激しい息遣いに気持ちが高ぶる。


優しく濃密な愛撫に恥ずかしいほどに反応して、思わずかすれた声がもれた。



遼くんの背中にまわした手に力が入る。



ーー愛してるわ。



本当にもう、遼くんだけ。






ーENDー



読者の皆様へ

突然ですが、『六華 snow crystal 7』へ移行します。

更新のたび、読み続けてくださいまして、本当にありがとうございました。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。


なごみ



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