六華 snow crystal 6

なごみ

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美穂への未練

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約十時間のフライトだったが、成田に到着したのは同じ日付の夕方だった。空港で簡単な夕食をとり、新千歳行きの便で北海道に戻った。


琴似のマンションに着いたのは夜の九時半を過ぎていた。


乱雑に散らかっている部屋にどっと疲れを感じる。



空港で晩飯は済ませてきたけれど、少し空腹を覚えて冷蔵庫を開けてみる。


ろくな物がなく、ビールとチーズ、ビーフジャーキーを出して、テーブルへ運んだ。


テレビをつけ、ソファの上に脱ぎ捨てられていた衣服をどけて横になった。


つまらないバラエティを観ながらビールを口にする。


このマンションは、来週から勤務する西区の病院には近くて通いやすいけれど、食事や掃除、洗濯のことを考えると、おふくろと同居のほうが便利だな。


そんな都合のいいことを考えていたらスマホが鳴って、相手はおふくろだった。


俺に電話をくれるのはおふくろだけかよ。


まったく、つまらねぇな。


「なんだよ。何かあったのか?」


不貞腐れてつっけんどんな返事をした。


「昨日から熱を出してるのよ。37.8℃もあったの。ちょっと来てくれないかしら。フラフラしてご飯も食べられないし、、」


「はぁ、勘弁してくれよ。俺はさっきロサンゼルスから帰ってきたばかりなんだぞ」


「あら、なんであなたがロサンゼルスになんて行ってたのよ?  ジェニファーさんがもうすぐこっちへ来るんでしょう?  迎えに行ってたの?  じゃあ、もう赤ちゃんも一緒に日本へ来ているの?」


「違うよ、、とにかくそれだけベラベラ喋れるなら大丈夫だろう。風邪薬でも飲んで寝てれば治る。俺はビールを飲んでるから運転も出来ないし、もう寝る。じゃあな」


「なによ、冷たいわね、、こんな親不孝な息子は、、」 



おふくろが言い終わらないうちに電話を切った。


ビールを飲み干し、ブランデーに切り替える。


同居する気持ちはいっぺんに吹き飛んだ。


こんな年になってから、口やかましく干渉されるなどまっぴらだ。



ハウスクリーニングをやってくれる業者を探しておいたほうがいいな。


ブランデーをチビチビ飲みながらスマホで検索してみると、家事代行サービスというものがあって、それなら掃除だけではなく、料理から洗濯まで家事全般をしてくれるようだ。


おふくろなんかと同居してグチグチ言われるよりは、こういうのを頼んだほうが賢明だな。



そういえば、あれから美穂はどうしているだろうと、ふと思い出す。


掃除の仕事でも見つけると言っていたけれど。



仕事は見つかったのか?


ちゃんと食べているのだろうか?


あいつから保育士の仕事を奪ってしまったのは俺だ。あんなに子ども好きで、保育士に向いていたのに。



美穂、ごめん。


許してくれ。


俺は酔っているのだろうか。


美穂に逢いたくて仕方がなかった。


ジェニファーと別れたばかりだっていうのに。



ーーダメだな、俺は。



疲れと睡眠不足でそのままソファに倒れ込み、朝まで爆睡した。






翌朝、出勤前におふくろへ電話をしてみた。


『…はい?』


寝ぼけたようなおふくろの声がした。


「気分はどうだ? 熱は下がったのか?」


『心配してくれなくても結構よ!  遅刻するわよ、早く仕事に行きなさい!』


かなり機嫌を損ねてしまったようだが、元気な声が聞けたのでひとまず安心した。


だけど、もう齢だからな。


本当に寝込んだりしたときは、どうすればいいのだろう。


いくら俺が医者でも男じゃ何もできないからな。


もう、高齢者の施設にでも入れたほうが良いのかもしれない。







 大学病院で仕事を終えたあと、真駒内の美穂の家に向かった。


スーパーで買い物するのは面倒で、途中コンビニで弁当やデザートなどを買い込んだ。


雪で覆われていた幽霊屋敷も、春の陽気ですっかり融けて、玄関前は土が見えていた。


それでも、この古めかしい屋敷の不気味さは相変わらずだった。


窓から室内の明かりが見えているので、美穂は家にいるのだろう。


玄関横のブザーを押す。


「はい、どちら様ですか?」


警戒しているような美穂の声が聞こえた。



「あ、俺だよ。しばらくだな、元気だったか?」


ガチャッとドアが開き、暗い顔をした美穂が見えた。


「もう、来ないでくださいって言いましたよね。私のことはもう放っておいてくれませんか?」


きつい口調でそう言った美穂は、かなり体力を取り戻したように見えた。


「ちゃんと食べてるのか心配なんだよ。仕事をなくしたのは俺のせいでもあるだろ。弁当買ってきたんだ。もう晩飯は食べたのか?」


「心配などいりませんから。私は乞食じゃありません!」


そう言って閉めようとしたので、サッとドアの前に足を入れた。


「美穂、そんなに怒るなよ。少し気分転換にドライブでもしないか? 」


「なにを考えてるんですか?  いいかげんにして!  足をどけてください。もう、私にかまわないで!」


逆上している美穂にこれ以上なにを言っても無駄だと思い、あきらめて足を引っ込めた。 


「あ、、俺、そういえば美穂先生に会ったよ。高校の担任だった美穂先生に」



「えっ?」



ドアを閉めかけた美穂が驚いて顔をあげた。



「十五年ぶりにな」



「そ、それで、、それで、どうされたんですか?」



美穂から怒りの表情が消え、興味深げに俺を見つめた。



「聞きたいだろ?  車に乗れよ。ドライブしながら話すよ」



うまく誘い込めたと思ったのに。



「結構です!  もう人の家庭を壊すようなことはしたくありませんから。先生も少しは反省なさってください!」



またドアを閉めようとした美穂の手をつかんだ。


「美穂、俺はいま独身なんだ。嘘じゃない。ジェニファーと別れてきたんだ」




「……せ、先生」
















































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