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不妊治療
しおりを挟む二十七歳の時から不妊治療を始めて十年。高木医師はその間一緒に戦ってきた戦友だ。
夫以上にわたしの気持ちを理解し、慰め、励まし続けてくれた。
だけど、その願いはどうしても叶えられなかった。
体外授精させた受精卵は、着床できずに流れてしまって、妊娠は難しかった。
しかも十年間の不妊治療は、筆舌に尽くしがたいひどい苦痛を伴うもので、金銭面でも三百万円以上の治療費を無駄にした。
同じく不妊に悩んでいた瑞季《みずき》が妊娠したという知らせを聞いたときは、先を越されたショックと悔しさで、眠れない日々を過ごした。
瑞季が産む赤ちゃんのことが、一日中頭から離れなくなり、体調を崩して鬱のようになった。
主人も子供はもう諦めよう。これからは二人だけの人生を楽しもうと、前向きに言ってはくれたけれど………。
気持ちは少しも晴れることなく、子供への執着は増す一方だった。
わたしに気兼ねをしたのか、瑞季からの連絡は途絶えたけれど、元気な女の子が生まれたことは、どこからともなく風の便りで耳に入った。
瑞季の産んだ赤ちゃんが見たい。
旭川の実家に里帰りしていた瑞季が、三ヶ月になった赤ちゃんと札幌に戻って来ていると聞いて、早速プレゼントのベビー服を持って訪問した。
***
「わー 可愛い。裕二《ゆうじ》さんにそっくり!」
腫れぼったい小さな目に、ボテッとした大きな鼻。
扁平な顔をした赤ちゃんはちっとも可愛くなかった。それでも一応、可愛いと褒めてあげるのが礼儀というものだろう。
「もう、言わないでよ~ みんなにパパにそっくりって言われるの。将来この子に恨まれそうだわ」
瑞季は心底落胆したようにため息をつき、苦笑いした。
「ふふふっ、大丈夫よ。女の子は年頃になると変わるって言うじゃない」
「そうだといいんだけどね~ 梨々香《りりか》ったら、もういい加減に泣きやんでよ~」
「ふぎゃー、ふぎゃー! ふんぎゃあー!!」
赤ちゃんは顔を真っ赤にして泣き続けていた。
羨ましいはずの瑞季が気の毒で仕方がない。
「子育てって、こんなに大変とは思わなかったなぁ。紗良もよく考えたほうがいいよ。夫婦ふたりの生活っていうのも、そう悪くなかったなって私、今ならそう思えるの」
子供ができないわたしへの配慮からか?
確かにこんなに始終泣かれていたら、産後うつになってもおかしくはないとは思うけれど。
おっぱいをあげてもあやしても、一向に泣き止まない瑞季の子を見ていたら、満ざら嘘でもないように思えた。
瑞季は少しも幸せそうに見えなかった。
待望の赤ちゃんが生まれたというのに。
だからといって、子供への執着がなくなったりはしなかった。
家に帰ると途端に虚しさに襲われた。
どうしても子供が欲しい。
まるで、何かに取り憑かれているかのようだった。
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