六華 snow crystal 7

なごみ

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釧路へ

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翌日、洗面台の鏡に映ったわたしの目は、やはり腫れぼったくて、聡太くんに見られるのが苦痛だった。


聡太くんは朝ごはんを食べないけれど、何かしてあげたくて、カプチーノだけは毎朝入れてあげる。


百均で購入した小さな電動泡立て器で、温めた牛乳を泡立てる。それをコーヒーに乗せるとお店のようなふわふわのクリーミーなカプチーノが出来上がる。


時計を見るとちょうど朝の七時。


「おはよう!」


朝型の聡太くんは早く起きて、部屋で勉強しているけれど、リビングに出てくるのは七時と決めている。


なので、淹れたてのカプチーノが冷めてしまうなんてこともない。


「おはよう。カプチーノできたよ。でももう暑くなってきたからアイスコーヒーの方がいい?」


むくんだ顔を見られないように、うつむきながら聞き、小さな折りたたみテーブルにカプチーノを置いた。






「いや、温かいのがいいな。これ本当に美味しいね。お店のと変わらないよ。美穂さんって、なんでもお店のマネができちゃうんだね」


「安い食材で美味しいものを作るのが楽しいの。なんだか得したような気がするでしょう?」


わたしが自慢できることって、こんなことくらいだな。


「本当だね。美穂さんと暮らしてから、毎日美味しいものが食べられるから、外食したいと思わなくなったな」


唇の上に白い泡をつけながら、聡太くんは微笑んだ。


「ありがとう。でも聡太くん、朝ごはん食べなくて本当に大丈夫?」


「うん、もう慣れてしまって、食べると返って調子が悪くなるんだ。お昼に安い学食が食べられるし、それで十分だな」


手のかからない世話好きな彼。


わたしは何をしていいのか、分からなくなる。


そんな気持ちの焦りも、わたしの情緒が安定していないからなのだろう。


この不安はどこから来るのか?


まじめに心理学を学んでみよう。




「美穂さん、明日の土日、僕の実家に行ってみない?」


少し緊張したような面持ちで聡太くんが聞いた。


「聡太くんのご実家って、釧路だったよね。道東って素敵ね。わたし、函館にも旭川にも行ったことがないの。ずっと北海道に住んでるのに」


「せっかく車を買ったんだから、これからはあちこちドライブしよう。この車、メチャクチャ燃費がいいからさ。それと両親に美穂さんを紹介したいんだ。もう一緒に暮らしてるんだから、学生結婚しちゃったっていいわけだろう?」


「い、いいけど、わたし、、気に入ってもらえるかな……」


ーーー学生結婚。


聡太くんと結婚することに迷いはないけど。


「大丈夫。両親がどう思おうと僕は変わらないから。でも、きっと美穂さんのこと気にいると思うよ」


「……… 」 



まだ一度も会ったことのない困惑したご両親の顔が思い浮かび、言い知れぬ不安感におそわれた。





はじめてのご挨拶だというのに、まともな服が一着もなかった。


それでもこの間、潤一さんのマンションから、少しだけ洋服を持ってこられた。


通販で購入した小花模様のシンプルなワンピース。一目で安物とわかる代物だけど、着ていけそうなものはこれしかなかった。


潤一さんに服装のことを注意されたので、春物だったら少しまともなものがあったのだけど。


シーチキンと昆布のお握りを作り、麦茶を水筒に入れた。


昨夜のうちにおやつも手作りしておいた。


きな粉とゴマの豆乳クッキーに、ゴボウとサツマイモの素揚げチップ。凍らせておいた蒟蒻ゼリーをタッパーに詰め、トートバッグに入れた、


フレンチスリーブのワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織り、二人でアパートを出た。



ドライブ日和な快晴の空。


少し窓を開けると、街路樹のキラキラと輝く青葉の香りを感じた。


初夏の札幌市街を通り抜ける。


高速料金節約のため、一般道を走るので、釧路に着くのは午後二時を過ぎるとのこと。


札幌からほとんど出たことはないけれど、北海道はつくづく広いと思った。


飛行機で東京へ行くほうがずっと早い。


潤一さんには色々なレストランに連れて行ってもらったけれど、こんな風にゆったりドライブなど望むべくもなかった。


まるで子供みたいに、ワクワクする気持ちが止まらない。


子供の頃、夢みていた。


パパが運転する車で、お出かけするということに。





無言で運転している聡太くんの横顔を見つめた。


年齢より若く見える聡太くんに、パパのイメージは想像しにくいけれど、優しいお父さんになるのだろうな。


そんなほのぼのとした甘い夢を思い描く。


「どうしたの?  なんか無言で見つめられると照れるな」


わたしの視線に気づいたようで、恥ずかしげに微笑んだ。


「わたし、物心ついたときにはパパがいなかったから、ドライブってすごく憧れだったの」


「じゃあ、誘ってよかったよ。まだそんな気分にはなれないかもって気になってたから」


「聡太くんがいてくれたおかげよ。彼に執着しないで済んだから、本当に感謝してる」


寂しい気持ちはまだぬぐえないけれど、自分に言い聞かせるかのように言った。


「立ち直りが早いね。まだしばらくは泣いて暮らすのかと思ってたよ」


「家にいて鬱々しているより、こんな日は外のほうが元気になれるわね。誘ってくれてありがとう」




聡太くんのお家に一泊して、翌日に帰る予定だ。


だけど、本当に気に入ってもらえるだろうか。


再びよぎる不安。


市街を抜けるとしばらく住宅地と続き、一時間もしないうちに大地に広がる田園風景へと変わった。


何ヘクタールもあるジャガイモ畑と田んぼに続いて、広大なとうもろこし畑などへ次々移り変わる。


とうもろこしの穂先が風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。


この先、釧路に着くまでの間は、退屈でのどかな畑の風景が延々と続くのだろう。



「聡太くん、免許取り立てなのに運転上手ね」


「だいぶ慣れたよ。市街は少し緊張するけど、この辺はまっすぐな一本道だから簡単だよ。美穂さんも運転してみないかい?」


「わたしはいいわ。怖いもの。たぶん一生ペーパードライバーよ」


「ハハハッ、じゃあ、なんのために免許を取ったんだい?」


「うーん、、聡太くんに出会うため。なーんてね」


「うわーっ、いまのマジでズキューンって来たー!!」


聡太くんが大袈裟に驚いだので、ハンドルがぶれて左右に揺れた。



「キャッ!」


「ご、ごめん。ふざけすぎた。大丈夫?」


聡太くんが左手でわたしの手を握った。


「う、うん、大丈夫よ」


「あー、僕って、最高に幸せ者だなぁ」


聡太くんの嬉しそうな素ぶりに、わたしも幸せを感じた。


潤一さんもこんな風に運転中は手を握ってくれたものだった。


教習所へ行けと言ったのは潤一さんだった。


聡太くんに引き合わせてくれたのは潤一さんなんだ。




途中、パーキングに停めておにぎりなどを食べ、やっと釧路の市街にたどり着く。


「あと五分くらいでうちに着くよ。この辺はずいぶん田舎だろ?」


まばらな住宅地が続いて、コンビニさえもあまり見当たらない。


「釧路湿原って見てみたかったの。ここから近い?」


「そうだね。車ならすぐだよ。明日、帰りに寄っていこう」


「ありがとう」


「とにかく、海産物が美味しいから、美穂さんにたくさん食べさせてやりたいな」


彼のお家に近づくにつれ、緊張感が高まる。


ご両親、どんな方なんだろう。






ご実家は広い敷地に建てられた立派な洋館だった。


聡太くんの経済状況からして、もっと貧しいお家なのかと思っていたけれど。


広いお庭もきれいに手入れがされていて、沢山の花が咲いていた。


甘いバラの香りが鼻孔をくすぐる。


「ステキなお庭ね」


「そうだろ。うちの母は人よりも花が大事なのさ」


それは褒めているのか、非難しているのかよく分からなかった。


玄関のドアを開け、聡太くんが、「ただいま!」と言った。



リビングのドアがすぐに開き、



「聡ちゃん、お帰りなさい。あら、まぁ、いらっしゃい!」


わたしに向かってにこやかに微笑んだセミロングのお母様は、とても美しい人だった。


一目で品のよさと知性が感じられるステキなお母様。


それは喜ばしいことに違いないはずだけれど、自分の母とのあまりの違いにすっかり怖気ずいてしまった。


オドオドしている育ちの悪い自分が、すぐに見破られそうで萎縮してしまう。


そうよね。聡太くんみたいな立派な息子を育て上げた人なんだから。


「あ、あの、はじめまして。片山美穂と言います」


目も合わせられずに、うつむきながら挨拶をしてしまった。


「長旅で疲れたでしょう。お上がりになって。主人も昨日から楽しみに待ってたんですよ」


スリッパを出され、聡太くんの後に続いてリビングへ向かう。




リビングに入るとお父様の姿は見えなかったけれど、テラスの向こうでゴルフのクラブを振っている男性がいた。


あれがお父様なのだろう。


「あなた、、聡ちゃんが来ましたよ」


お母様が透明感のある澄んだ声でお父様を呼んだ。


「そうか」


お父様がゴルフクラブを振るのをやめて、こちらへ歩いてきた。


どう見ても普通のサラリーマンには見えない。


大きな会社の重役か社長のようなオーラを放っていた。


さらに緊張したわたしは、今すぐ帰りたくて仕方がなかった。


わたしにここの嫁なんて無理だわ。



聡太くん、どうして貧乏なフリなんかしていたの!





ーENDー



*読者さま*

長いことお付き合いくださいまして、ありがとうございます。

突然ですが、「六華………8」に変わります。

登場人物がどんどん増え、一向に終わる気配がみられなくなっているこの頃 ( ̄∇ ̄)

過去の人たちが忘れ去られる前に、完結したいと思っております(≧∇≦)


これからも、どうぞよろしくお願いします。


なごみ















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感想 4

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みんなの感想(4件)

ひじき
2021.08.25 ひじき

ちなみに「みんなの冒険家チロル」「みんなの冒険家チロル」「アカデミー」
読んでみてください。

解除
ひじき
2021.08.25 ひじき

とても面白いです。

解除
アヒルネコ
2021.08.22 アヒルネコ

お気に入り登録しました!

私もこの物語と同じ北海道出身です!
ちなみに旭川です。
妻は、西区ではありませんが札幌出身です!

同じ道産子として、応援してます!
現代文学のカテゴリーを反映させましょう!

ちなみに、私の作品名は
『窓側の指定席』です。
お待ちしております(^^)

なごみ
2021.08.22 なごみ

アヒルネコ様

この度はお気に入り登録、ありがとうございました。

同郷の方からの応援、大変嬉しく思います。

これからもよろしくお願いします。


なごみ

解除

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