六華 snow crystal 7

なごみ

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駐車場で

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「いつまでも泣くなよ。俺が泣かせたわけでもないしな。少し落ち着け。コーヒーでも入れてやるよ」


ムッとしながらソファから立ち上がると、


「わたしが入れます」


泣いていた美穂が即座に反応してキッチンへ向かった。


こういうことは勝手知ったる美穂にまかせたほうがいいと思い、素直にソファに腰をおろした。


美穂は一人分のコーヒーだけをローテーブルに置くと、


「わたし、少し片付けます。散らかってると落ち着かなくて」


と言って、またキッチンへ戻った。


「掃除は明日すればいいだろう。ここに来て座れよ」


相変わらず人のために何かをしてないと気がすまないのだろう。



「気にしないで休んでいてください。生ゴミの臭いが気になって、、」


コーヒーをすすりながら、キッチンで洗い物をしているカウンター越しの美穂を見つめた。


もう、奴のところへ帰るのは諦めたのか?



まだ油断はできない。


美穂は律儀なところがあるから、あの男との約束は破れないと思っているはずだ。


なにか手を打っておかなければいけない。


悠李と雪花を呼び出しておくのがいいかも知れない。美穂は子ども好きだし、頼られていれば無下にはできないだろう。


そうだ、子供たちとの今後の面会を考えても、美穂を手放すわけにはいかない。


あんな若造に取られてたまるか。


明日彩矢に電話して、日曜は子どもたちとの面会日にしてもらおう。


雪花はそうでもないが、悠李は俺に会いたがっているようだから、すぐに承諾してくれるだろう。



「今度の日曜、悠李と雪花が遊びに来ることになってるんだ。美穂が帰って来てくれて助かったよ」


「え、悠ちゃんと雪花ちゃんが?」


「ああ、雪花が喜ぶな。美穂がいないと機嫌が悪くなるからな。間に合ってよかったよ」


「………… 」


美穂は返事もせずに、思いつめたようすでキッチンを片付けていた。



いくら子ども好きと言っても、我が子ではないからな。引き止めるための道具にはならないかも知れない。


美穂にしてみれば子持ちのバツ2男より、年下の学生のほうが未来は明るく見えるに違いない。



ーーもしかして、


俺が美穂に捨てられるのか?



結婚相手に不自由するなど思ってもみなかった。


いくら医者が引く手あまただとしても、結婚相手となると誰でもいいと言うわけにはいかない。


三十も過ぎてバツ2ともなると、若いナースたちからもあまり相手にされなくなる。


あのチャラい研修医の川崎のほうがずっとモテる。


二十代だった頃の俺ほどではないけどな。


齢をとったんだなと、しみじみ感じて気分を悪くしていたところに、スマホの着信音が鳴った。


さっき出て行ったばかりの茉理からのラインだった。



“  ねぇ、いま誰と一緒にいると思う? ”


高校生だけあって、いかにもくだらない内容。


"おまえが誰といようと知ったことか。ガキは歯をみがいてサッサと寝ろ っ”


まったく、こんな時に暇人の相手などさせられてたまるか。 


だけど、すぐにきた返信が、


" 茉理はいま、美穂さんの彼氏と一緒にいるんだよーん!"


ふざけている茉理の返信を無視できなくなった。


" なんでおまえがあの男と一緒なんだよ ”


“ だって、玄関のドアを叩いて叫んでたでしょ。管理事務所の人が来ちゃうんじゃないかと思って。警察に通報でもされたら大変じゃない ”


“ 通報されたほうがよかったんだよ。余計なことばっかりだな、おまえは 。今どこにいるんだ? ”


“  マンションの駐車場。彼、明日の朝まで車の中でずっと待ってるんですって  ”


“ 何年待っても美穂は戻らないと言ってやれ ”


茉理とそんなやり取りをしていたら、ゴミ袋を両手に下げた美穂が、「明日は生ゴミの日なので出しておきますね」と言って、玄関に向かった。


「あ、いいよ、俺が行く」


美穂からゴミ袋を奪い取り、玄関を出た。




奴は自らを婚約者だと言っていた。


たった一ヶ月の付き合いで。


どこまで本気なのか。


一見、まじめな好青年に見えなくもなかったが、所詮あの年代の男はヤルことだけが目的だろう。


飽きるのも早い。


まだ遊びに夢中なあの年代で、結婚などするわけがない。たとえ、どんなに燃え上がるような恋だとしても。


美穂は遊ばれてるってことがわからないのか。


エレベーターで一階まで降り、不愉快な気分でゴミ収集所へ向かった。


茉理と奴はどこにいるのだろう。


暗闇の駐車場を見まわしたけれど、見つけられるわけもない。



茉理は大丈夫なのか?


得体の知れない男の車になんか乗って。


どいつもこいつもバカな女ばっかりだ。


ダストボックスの蓋を開け、ドサリと二つのゴミ袋を放り込んだ。


美穂がいてくれたら、明日からはこんな雑用からも解放されるってわけだ。


ゴミ集積所からマンションの出入り口に戻ると、茉理とあいつが立っていた。


「茉理! おまえはバカか?  こんな時間に知らない男の車になんか乗って」


並んで立っていた若い二人は、なんとなく似合いのカップルのように見えた。


そのことに益々苛立ちが増した。



「わー  茉理の保護者みたい。それともヤキモチ?」


茉理はおどけたように可愛い子ぶって、小首をかしげた。


「なんでヤキモチなんか焼かなきゃいけないんだよ。大体おまえなんか相手にもされてないんだろ」


切実な眼差しで俺を見つめている男は、茉理など眼中にないといった感じだ。


「先生はそんなだから美穂さんを取られちゃうんだよ。マジで性格悪すぎ!」


茉理はひどく気分を害したように俺を睨みつけた。


「あの、、すみません。さっきは失礼なことをしました。謝ります。でも少しでいいんです。美穂さんと話をさせてもらえませんか?  彼女がここに残りたいというなら、僕は諦めて帰ります」


真摯に訴える奴の若さとひたむきさを俺は恐れた。


「ここに残るに決まってるだろう。美穂は俺と茉理のことを誤解していただけだ。だから問題はもう解決したんだ。美穂のことは諦めてくれ」


目も合わせずに、マンションへ入ろうとした俺の前に、奴は立ちはだかった。


「待ってください!  僕は彼女の口からそれを聞きたいんです」


「だまれっ! 俺のオンナに手を出しやがって。殴られたいのか!!」


思わず奴のシャツの襟首をつかんでいた。


「殴ってもいいです。美穂さんと話をさせてください!」


男はひるむことなく真っ直ぐに俺を見すえた。


ーーこいつ、マジで本気だ。


本気で美穂と結婚するつもりだな。



「やめて!!  お願い、ケンカしないで!」


その時マンションの扉があき、背後から美穂の声が聞こえた。


「美穂さん!!」


喜びに満ちた奴の顔を見て、途方もなく敗北感に苛まれた。







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