六華 snow crystal 7

なごみ

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美穂の裏切り

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*潤一*


「なんだよ、こんな時に宅配か?」


思わず舌打ちをして、抱きしめていた美穂から離れた。


玄関ドアを開けるとやはり宅配のようで、若い男が仏頂面をして立っていた。


Tシャツにジーンズ姿の男は荷物を持っておらず、手ぶらのまま俺を睨みつけている。


「なんだよ、宅配じゃないのか? 何の用だ!」


このマンションのセキュリティはどうなってるんだ、まったく。



「…美穂さんを迎えに来ました」


まだ学生のように見える若い男は、引きつった顔でそう言った。



「迎えに?  どういうことだ? 美穂に頼まれたってのか?」


「そうです」


挑戦的な目をした男は俺を威嚇でもしているのか?


「美穂とどういう関係だ?」


「………婚約者です」


ためらいながらも男は、聞き捨てならないことを言ってのけた。


「ふざけるな! 美穂は俺のオンナだ、帰れ」


ドアを閉めようとすると、男は無理やり玄関に足を入れて叫んだ。



「美穂さーん!!」



青天の霹靂とはこういうことか?


美穂が浮気?



「あ、、聡太くん、ごめんね。もう終わったから、いま行くね」


慌てて履きかけの靴に足を入れている美穂の手首をつかんだ。


「美穂! どういうことだ? おまえ、俺を裏切ってたのか?」


「………先生は、先生は茉理さんと幸せになってください」


美穂は赤い目をして涙ながらに呟いた。


「茉理とはなんでもないと言ってるだろう!」


指一本触れてもいない茉理にヤキモチなんかやいて、バカじゃないのか。



「美穂さんは帰ると言ってるじゃないですか。手を離してください!」


青二才が割り入って、俺から美穂を引き離そうとした。 


「勝手に家に入って来るなっ!!  不法侵入罪で訴えられたいか!」



怒鳴りつけて男を玄関から追い出した。


ドンドンとしつこくドアをたたく音がひびく中、しばらくの間、うつむいている美穂を睨みつけていた。




「あいつは誰だ?」


美穂はうなだれたまま、俺を見ようともせずに視線を泳がせた。



「誰だと聞いてるっ!!」


怯えたようにビクッと身体を硬直させた美穂は、すすり泣きをしてうなだれた。


「教習所で知り合った学生さんなの。交通事故で入院したときに親切にしてくれて………」



クソッ!


教習所になど行かせるのではなかった。


俺が結婚を決意すると、いつも女のほうが土壇場で裏切る。



ドンドンドン、ドンドンドン!!


「美穂さーーん!」


玄関のドアをたたき続ける音。


美穂の名前を呼ぶ声。



しつこい男だ。





「なぜ俺に連絡しなかった? 知り合ったばかりのそいつの方が好きだったのか?」


「だ、だから、わたしはただの家事代行サービスで、、茉理さんにはとても敵わないと思ったから……」


涙ながらに語る美穂にイライラしながら、なんとも言えない虚しさを感じた。


「確かに俺はおまえの家事能力に頼っていた。だけど俺たちはそれだけの関係だったのか? おまえには俺を愛する気持ちはなかったのか?」


「………わたし自信がなかったの。自分は存在する価値さえないと思ってて、、わたしのことを真剣に考えてくれる人なんているわけないって、」



ーーはぁ。


惨めなほど自分を愛せない女にため息がもれた。


美穂と俺ははあまりに違いすぎる。



本当にこの女と結婚していいのだろうかと、再びよぎる不安。


だけど、あんな若造に横取りされるなど、俺のプライドが許さない。



美穂は魔性の女というタイプではないけれど、男を狂わせるなにかを持っている。


あの男が執着するのも無理もないだろう。


「それで? あの男となら上手くやっていけるってのか?」


「…彼、過去を全部打ち明けても、わたしを受け入れてくれたの。わたしに自信と希望を与えてくれた」


シクシクと涙ながらに美穂は夢物語を語った。


なにが自信と希望だ。アホか。美穂は騙されてる。


ロマンチックな甘い夢を見せられているだけだ。


若い男の情熱など、すぐに冷めるってことがわからないんだな。


「俺はおまえのことを受け入れてなかったって言うのか? あんなオヤジとの関係を、俺はその場で見せられたんだぞ! それでもおまえを許したんじゃないか」


「………わたし、待てなかったの。きっといつか捨てられると思ってて、毎日そのことに怯えてて、突然茉理さんみたいなわたしとは正反対の女の子が現れたから、圧倒されてしまって、、」


うなだれて泣いている美穂を抱きしめた。


「美穂、、俺にとって結婚は三度目だ。慎重になるのは仕方がないだろう。もう失敗はしたくなかったんだよ。だからおまえみたいな女がいいと思ったんだ。もう俺が好きじゃないのか? あいつのほうがいいのか?」



耳元で優しくささやいた。


こいつはまだ俺のことが好きに決まってる。


「………もう遅いの、わたしたち遅すぎたわ」


美穂はそう言って泣きじゃくった。



「なにも遅くないよ。俺たちは今こうして気持ちを確かめ合っただろう?  あんなガキと結婚してどうすんだよ。それこそすぐに飽きられて棄てられるぞ」


震えて泣いている美穂を強く抱きしめた。


「彼はそんな人じゃないの。もう行かないと…」


美穂はまだそんなことを言って、俺の腕から逃れようとした。


「あんな奴、待たせておけばいい。一時間もたったら諦めて帰るだろう。俺は一ヶ月も連絡なしに待たされたんだぞ!」



「で、でも………」


「あいつはまだ若いだろう。失恋の一つや二つ、経験させたほうがいいんだよ。男はそうやって成長するんだ」


まだ迷っている美穂の腕をつかんでリビングへ向かう。



「とにかくもう少しちゃんと話し合おう。疲れただろう、座れ」


ソファの前まで連れて行き、美穂を座らせた。


聡太とかいう若造はあきらめて帰ったのか、叫ぶ声もドアを叩く音もしなくなった。


「とにかく、俺の気持ちはわかっただろう。茉理には指一本ふれてないし、もちろん恋仲になってるわけもない。おまえが勝手に誤解したんだろ。それなのに学生なんかと簡単に浮気して、なんなんだよっ!」


美穂を手放したくない反面、段々と腹が立ってきて仕方がなかった。


「……ごめんなさい」


さっきから泣き続けている美穂に、それ以上のことは言えなかった。


だけど、この怒りをどこにぶつけろってんだよっ!









 



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