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美穂の裏切り
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*潤一*
「なんだよ、こんな時に宅配か?」
思わず舌打ちをして、抱きしめていた美穂から離れた。
玄関ドアを開けるとやはり宅配のようで、若い男が仏頂面をして立っていた。
Tシャツにジーンズ姿の男は荷物を持っておらず、手ぶらのまま俺を睨みつけている。
「なんだよ、宅配じゃないのか? 何の用だ!」
このマンションのセキュリティはどうなってるんだ、まったく。
「…美穂さんを迎えに来ました」
まだ学生のように見える若い男は、引きつった顔でそう言った。
「迎えに? どういうことだ? 美穂に頼まれたってのか?」
「そうです」
挑戦的な目をした男は俺を威嚇でもしているのか?
「美穂とどういう関係だ?」
「………婚約者です」
ためらいながらも男は、聞き捨てならないことを言ってのけた。
「ふざけるな! 美穂は俺のオンナだ、帰れ」
ドアを閉めようとすると、男は無理やり玄関に足を入れて叫んだ。
「美穂さーん!!」
青天の霹靂とはこういうことか?
美穂が浮気?
「あ、、聡太くん、ごめんね。もう終わったから、いま行くね」
慌てて履きかけの靴に足を入れている美穂の手首をつかんだ。
「美穂! どういうことだ? おまえ、俺を裏切ってたのか?」
「………先生は、先生は茉理さんと幸せになってください」
美穂は赤い目をして涙ながらに呟いた。
「茉理とはなんでもないと言ってるだろう!」
指一本触れてもいない茉理にヤキモチなんかやいて、バカじゃないのか。
「美穂さんは帰ると言ってるじゃないですか。手を離してください!」
青二才が割り入って、俺から美穂を引き離そうとした。
「勝手に家に入って来るなっ!! 不法侵入罪で訴えられたいか!」
怒鳴りつけて男を玄関から追い出した。
ドンドンとしつこくドアをたたく音がひびく中、しばらくの間、うつむいている美穂を睨みつけていた。
「あいつは誰だ?」
美穂はうなだれたまま、俺を見ようともせずに視線を泳がせた。
「誰だと聞いてるっ!!」
怯えたようにビクッと身体を硬直させた美穂は、すすり泣きをしてうなだれた。
「教習所で知り合った学生さんなの。交通事故で入院したときに親切にしてくれて………」
クソッ!
教習所になど行かせるのではなかった。
俺が結婚を決意すると、いつも女のほうが土壇場で裏切る。
ドンドンドン、ドンドンドン!!
「美穂さーーん!」
玄関のドアをたたき続ける音。
美穂の名前を呼ぶ声。
しつこい男だ。
「なぜ俺に連絡しなかった? 知り合ったばかりのそいつの方が好きだったのか?」
「だ、だから、わたしはただの家事代行サービスで、、茉理さんにはとても敵わないと思ったから……」
涙ながらに語る美穂にイライラしながら、なんとも言えない虚しさを感じた。
「確かに俺はおまえの家事能力に頼っていた。だけど俺たちはそれだけの関係だったのか? おまえには俺を愛する気持ちはなかったのか?」
「………わたし自信がなかったの。自分は存在する価値さえないと思ってて、、わたしのことを真剣に考えてくれる人なんているわけないって、」
ーーはぁ。
惨めなほど自分を愛せない女にため息がもれた。
美穂と俺ははあまりに違いすぎる。
本当にこの女と結婚していいのだろうかと、再びよぎる不安。
だけど、あんな若造に横取りされるなど、俺のプライドが許さない。
美穂は魔性の女というタイプではないけれど、男を狂わせるなにかを持っている。
あの男が執着するのも無理もないだろう。
「それで? あの男となら上手くやっていけるってのか?」
「…彼、過去を全部打ち明けても、わたしを受け入れてくれたの。わたしに自信と希望を与えてくれた」
シクシクと涙ながらに美穂は夢物語を語った。
なにが自信と希望だ。アホか。美穂は騙されてる。
ロマンチックな甘い夢を見せられているだけだ。
若い男の情熱など、すぐに冷めるってことがわからないんだな。
「俺はおまえのことを受け入れてなかったって言うのか? あんなオヤジとの関係を、俺はその場で見せられたんだぞ! それでもおまえを許したんじゃないか」
「………わたし、待てなかったの。きっといつか捨てられると思ってて、毎日そのことに怯えてて、突然茉理さんみたいなわたしとは正反対の女の子が現れたから、圧倒されてしまって、、」
うなだれて泣いている美穂を抱きしめた。
「美穂、、俺にとって結婚は三度目だ。慎重になるのは仕方がないだろう。もう失敗はしたくなかったんだよ。だからおまえみたいな女がいいと思ったんだ。もう俺が好きじゃないのか? あいつのほうがいいのか?」
耳元で優しくささやいた。
こいつはまだ俺のことが好きに決まってる。
「………もう遅いの、わたしたち遅すぎたわ」
美穂はそう言って泣きじゃくった。
「なにも遅くないよ。俺たちは今こうして気持ちを確かめ合っただろう? あんなガキと結婚してどうすんだよ。それこそすぐに飽きられて棄てられるぞ」
震えて泣いている美穂を強く抱きしめた。
「彼はそんな人じゃないの。もう行かないと…」
美穂はまだそんなことを言って、俺の腕から逃れようとした。
「あんな奴、待たせておけばいい。一時間もたったら諦めて帰るだろう。俺は一ヶ月も連絡なしに待たされたんだぞ!」
「で、でも………」
「あいつはまだ若いだろう。失恋の一つや二つ、経験させたほうがいいんだよ。男はそうやって成長するんだ」
まだ迷っている美穂の腕をつかんでリビングへ向かう。
「とにかくもう少しちゃんと話し合おう。疲れただろう、座れ」
ソファの前まで連れて行き、美穂を座らせた。
聡太とかいう若造はあきらめて帰ったのか、叫ぶ声もドアを叩く音もしなくなった。
「とにかく、俺の気持ちはわかっただろう。茉理には指一本ふれてないし、もちろん恋仲になってるわけもない。おまえが勝手に誤解したんだろ。それなのに学生なんかと簡単に浮気して、なんなんだよっ!」
美穂を手放したくない反面、段々と腹が立ってきて仕方がなかった。
「……ごめんなさい」
さっきから泣き続けている美穂に、それ以上のことは言えなかった。
だけど、この怒りをどこにぶつけろってんだよっ!
「なんだよ、こんな時に宅配か?」
思わず舌打ちをして、抱きしめていた美穂から離れた。
玄関ドアを開けるとやはり宅配のようで、若い男が仏頂面をして立っていた。
Tシャツにジーンズ姿の男は荷物を持っておらず、手ぶらのまま俺を睨みつけている。
「なんだよ、宅配じゃないのか? 何の用だ!」
このマンションのセキュリティはどうなってるんだ、まったく。
「…美穂さんを迎えに来ました」
まだ学生のように見える若い男は、引きつった顔でそう言った。
「迎えに? どういうことだ? 美穂に頼まれたってのか?」
「そうです」
挑戦的な目をした男は俺を威嚇でもしているのか?
「美穂とどういう関係だ?」
「………婚約者です」
ためらいながらも男は、聞き捨てならないことを言ってのけた。
「ふざけるな! 美穂は俺のオンナだ、帰れ」
ドアを閉めようとすると、男は無理やり玄関に足を入れて叫んだ。
「美穂さーん!!」
青天の霹靂とはこういうことか?
美穂が浮気?
「あ、、聡太くん、ごめんね。もう終わったから、いま行くね」
慌てて履きかけの靴に足を入れている美穂の手首をつかんだ。
「美穂! どういうことだ? おまえ、俺を裏切ってたのか?」
「………先生は、先生は茉理さんと幸せになってください」
美穂は赤い目をして涙ながらに呟いた。
「茉理とはなんでもないと言ってるだろう!」
指一本触れてもいない茉理にヤキモチなんかやいて、バカじゃないのか。
「美穂さんは帰ると言ってるじゃないですか。手を離してください!」
青二才が割り入って、俺から美穂を引き離そうとした。
「勝手に家に入って来るなっ!! 不法侵入罪で訴えられたいか!」
怒鳴りつけて男を玄関から追い出した。
ドンドンとしつこくドアをたたく音がひびく中、しばらくの間、うつむいている美穂を睨みつけていた。
「あいつは誰だ?」
美穂はうなだれたまま、俺を見ようともせずに視線を泳がせた。
「誰だと聞いてるっ!!」
怯えたようにビクッと身体を硬直させた美穂は、すすり泣きをしてうなだれた。
「教習所で知り合った学生さんなの。交通事故で入院したときに親切にしてくれて………」
クソッ!
教習所になど行かせるのではなかった。
俺が結婚を決意すると、いつも女のほうが土壇場で裏切る。
ドンドンドン、ドンドンドン!!
「美穂さーーん!」
玄関のドアをたたき続ける音。
美穂の名前を呼ぶ声。
しつこい男だ。
「なぜ俺に連絡しなかった? 知り合ったばかりのそいつの方が好きだったのか?」
「だ、だから、わたしはただの家事代行サービスで、、茉理さんにはとても敵わないと思ったから……」
涙ながらに語る美穂にイライラしながら、なんとも言えない虚しさを感じた。
「確かに俺はおまえの家事能力に頼っていた。だけど俺たちはそれだけの関係だったのか? おまえには俺を愛する気持ちはなかったのか?」
「………わたし自信がなかったの。自分は存在する価値さえないと思ってて、、わたしのことを真剣に考えてくれる人なんているわけないって、」
ーーはぁ。
惨めなほど自分を愛せない女にため息がもれた。
美穂と俺ははあまりに違いすぎる。
本当にこの女と結婚していいのだろうかと、再びよぎる不安。
だけど、あんな若造に横取りされるなど、俺のプライドが許さない。
美穂は魔性の女というタイプではないけれど、男を狂わせるなにかを持っている。
あの男が執着するのも無理もないだろう。
「それで? あの男となら上手くやっていけるってのか?」
「…彼、過去を全部打ち明けても、わたしを受け入れてくれたの。わたしに自信と希望を与えてくれた」
シクシクと涙ながらに美穂は夢物語を語った。
なにが自信と希望だ。アホか。美穂は騙されてる。
ロマンチックな甘い夢を見せられているだけだ。
若い男の情熱など、すぐに冷めるってことがわからないんだな。
「俺はおまえのことを受け入れてなかったって言うのか? あんなオヤジとの関係を、俺はその場で見せられたんだぞ! それでもおまえを許したんじゃないか」
「………わたし、待てなかったの。きっといつか捨てられると思ってて、毎日そのことに怯えてて、突然茉理さんみたいなわたしとは正反対の女の子が現れたから、圧倒されてしまって、、」
うなだれて泣いている美穂を抱きしめた。
「美穂、、俺にとって結婚は三度目だ。慎重になるのは仕方がないだろう。もう失敗はしたくなかったんだよ。だからおまえみたいな女がいいと思ったんだ。もう俺が好きじゃないのか? あいつのほうがいいのか?」
耳元で優しくささやいた。
こいつはまだ俺のことが好きに決まってる。
「………もう遅いの、わたしたち遅すぎたわ」
美穂はそう言って泣きじゃくった。
「なにも遅くないよ。俺たちは今こうして気持ちを確かめ合っただろう? あんなガキと結婚してどうすんだよ。それこそすぐに飽きられて棄てられるぞ」
震えて泣いている美穂を強く抱きしめた。
「彼はそんな人じゃないの。もう行かないと…」
美穂はまだそんなことを言って、俺の腕から逃れようとした。
「あんな奴、待たせておけばいい。一時間もたったら諦めて帰るだろう。俺は一ヶ月も連絡なしに待たされたんだぞ!」
「で、でも………」
「あいつはまだ若いだろう。失恋の一つや二つ、経験させたほうがいいんだよ。男はそうやって成長するんだ」
まだ迷っている美穂の腕をつかんでリビングへ向かう。
「とにかくもう少しちゃんと話し合おう。疲れただろう、座れ」
ソファの前まで連れて行き、美穂を座らせた。
聡太とかいう若造はあきらめて帰ったのか、叫ぶ声もドアを叩く音もしなくなった。
「とにかく、俺の気持ちはわかっただろう。茉理には指一本ふれてないし、もちろん恋仲になってるわけもない。おまえが勝手に誤解したんだろ。それなのに学生なんかと簡単に浮気して、なんなんだよっ!」
美穂を手放したくない反面、段々と腹が立ってきて仕方がなかった。
「……ごめんなさい」
さっきから泣き続けている美穂に、それ以上のことは言えなかった。
だけど、この怒りをどこにぶつけろってんだよっ!
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