六華 snow crystal 7

なごみ

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思いがけない告白

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インターホンに出たのは女性の声だった。


多分、茉理さんだろう。


落胆する気持ちは誤魔化せなかったけれど、これで迷うことなくお別れできると思った。


意気消沈しそうな気持ちを打ち消し、背筋を伸ばす。


ガチャリとドアが開き、合わせる顔がなくて思わずうつむいた。


「一体、どこへ行ってたんだよっ! なんの連絡もなしに心配するだろう! 警察へ届け出るところだったんだぞ!!」


いきなり怒鳴られて、怖いというよりも懐かしさで涙が出そうになった。


「ごめんなさい。荷物を取りに来たんです。上がらせてもらってもいいですか?」


気持ちの昂りを悟られないように、淡々と事務的な言い方をして靴を脱いだ。
 

 
「…いま、茉理が来てるんだ。でも誤解しないでくれ。茉理はマンションの鍵を返しに来ただけだから」


そんな下手な言い訳をするくらいなら居留守を使えばいいのに。


なんの策略も講じようとはしない潤一さんに、わたしへの未練は微塵もないと悟った。


「わたしもマンションの鍵を返しに来ただけなので気にしなくて大丈夫です。介護の認定登録証をここに忘れていて」


少し足を引きずっていたことに気づいたようで、どうしたのかと聞かれた。


交通事故にあって入院したと告げると、烈火のごとく激怒した。


「な、なんだって!  バカッ! なんで黙ってたんだよっ!  なんの連絡もなくて俺がどれだけ心配してたと思うんだ!」


わたしのことをこんなに心配してくれていたというだけで、涙が溢れそうになる。
 

だけど、五分後にはここを出ていかなければいけないのだ。泣いてしまったら出て行けなくなりそうでグッとこらえた。



「わたしはただの家事代行サービスでしょう。そんなに心配されているとは思いませんでした」


冷静を装い、気持ちを落ち着けた。


「美穂、なにをむくれてるんだよ。茉理になにを言われたか知らないけど、俺のことをもっと信じろ!」


ーー信じたかった。


いま思えば潤一さんは十分に愛を伝えていたのかも知れない。


わたし自身が自分のことを信じていなかった。


自分のような人間は、愛される価値などないと思い込んでいたから。



激怒している潤一さんに、なんて返していいのかわからず押し黙る。



リビングのドアが開き、茉理さんが申し訳なさそうな顔をして出て来た。


「あ、あの、美穂さん、ごめんなさい。あのとき言ったことは全部ウソなので、本当にごめんなさい」


嘘なんかじゃない。多少の誤解はあったけれど、彼女は正直な感想を言ったのだ。


わたしは便利な家事代行サービス以外の何者でもなかった。


茉理さんは素直で明るくて気品があって、わたしよりずっと潤一さんにふさわしい。


「嘘じゃないです。茉理さんが言ったことは全部本当のことです。わたしもやっと目が覚めたので、感謝しているくらいです」


「美穂………」


潤一さんが信じがたいといった様子でわたしを見つめていた。


「あ、あの、スペアキーここに置きます。じゃあ、わたしはこれで、さよなら!」


茉理さんはスペアキーをシューズクロークの上に置くと、慌てて靴をはいて出ていった。




「じゃあ、介護の認定の登録証を探させて頂きます」


気を取り直してリビングに入った。


「美穂、どうしたっていうんだ?  一体なにがあった?  おまえ交通事故に遭って頭がどうかしたのか?」


潤一さんが不審に思うのは無理もないけれど、正直に説明など出来るわけがない。


教習所で出会った大学生と結婚するなんて言ったら、どんなに驚くだろう。


茉理さんと仲良く暮らしていたら、それはそれでショックだったけれど、潤一さんの気持ちを考えたら、そうであってくれたほうが良かった。


茉理さんは本当に帰ってしまったの?


一緒に暮らしていたのではなかったの?




寝室のクローゼットに、わたしの持ち物はすべてそのまま置かれていた。


介護の認定登録証も、記憶していた二段目の引き出しに保管されたままだった。


バッグの中からエコバッグを取り出し、下着や衣類などの荷物を詰め込んだ。


「美穂っ! おまえいい加減にしろっ!!」


なんの説明もせずに荷物を整理していたわたしに、潤一さんがとうとうブチギレた。


「ご、ごめんなさい。………もう茉理さんと暮らしているんだと思ってたの。だから、、」


荷物を詰め込む手を休めてうなだれた。


「あの真駒内の幽霊屋敷まで、なんど俺が足を運んだと思ってるんだよっ!  電話をブロックなんかして、どれだけ心配したと思ってるんだっ!!」


「だ、だから、わたしがいたら二人の邪魔になると思って………」


申し訳ないのと、そんなにまでわたしを待っていてくれたのかと思うと、もう我慢の限界だった。


とうとう涙腺が崩壊して涙が止まらなくなる。




「泣くなよ、美穂。おまえが帰ってくるのをずっと待ってたんだぞ。とにかく無事でよかった」


そう言って潤一さんはわたしを抱きしめた。


懐かしいこの匂い。


このぬくもり。


思わず身を委ね、なぜ信じることが出来なかったのだろうと、激しく後悔している自分に気づく。


ダメだ!!


抱きしめる潤一さんの腕から逃れた。


「美穂………。まだ疑ってるのか? 高校生の茉理を愛人にできるわけがないだろう。そんなことしてバレてみろ。逮捕されるんだぞ。俺がそんな馬鹿なマネをすると思うか? 茉理だって全部ウソだとさっき言ってただろう」


「そんなことじゃなくて、、わたし、もう帰らないと、、帰らないといけないんです」


詰めきれない荷物はそのままにして、玄関へ向かった。



「美穂っ!  待てよ。一体どこに帰るっていうんだよ!  アパートを借りたのか?」


険しい顔をした潤一さんに手首をつかまれた。


「ごめんなさい。今は説明している時間がないの!」


ブザーを鳴らされる前にこのマンションを出ないといけない。


握られた手を振りほどこうとしたけれど、逆に引き寄せられた。


「美穂、、頼むから帰るなんて言うなよ。俺にはおまえが必要なんだ」


お願い。もう、それ以上いわないで。


荒れ放題の散らかったリビングの光景に、悲しみが込み上げた。


家事は何でもこなせる聡太くんより、潤一さんのほうがずっとわたしを必要としているのではないのか。


「ごめんなさい。わたし帰ります。今までお世話になって本当にありがとう」


ペコリとお辞儀をして、足早に玄関へ向かった。



「美穂、待てと言ってるだろう。どこへ帰るって言うんだよ!」


靴を履くわたしを後ろから抱きしめた。


「美穂、頼む、ここに居てくれ。俺、気づいたんだ。俺みたいな男には美穂のような女が一番いいってことに」


「えっ?」


潤一さんは一体なにを言おうとしているの?


振り向いたわたしの目を見て潤一さんが少し照れたように言った。


「俺が欲しいのは家事代行サービスなんかじゃない。美穂、おまえが欲しいんだ。なぁ、俺たち結婚しよう」



う、嘘でしょう⁈



ピンポーン、ピンポーン!!
















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