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不安な気持ち
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「あ、あの、、今日ってさ、大丈夫な日だった?」
少し汗ばんだ聡太くんの胸に顔をうずめていたら、戸惑ったような声で問われた。
「え? 大丈夫な日って? あ、ああ、安全日かってこと? 多分、大丈夫。生理は来週の予定だから」
「ごめん。無責任なことして………。実はさっきスィーツと一緒に避妊具も買って来たんだ。だけど妊娠させちゃったほうがいいような気になってしまって………。僕ってどこまでも自分勝手だ」
伏し目がちに語った彼は、ひどく自己嫌悪に陥っているようだった。
「そうだったの。急に出かけてスィーツなんて買ってくるから、変だなって思ってたけど。クスクスッ」
聡太君だとそんなことさえ何故か無邪気で可愛らしく思えてしまう。
「妊娠したら美穂さんが帰って来てくれると思って、、やり方が卑怯だった。人間は追い詰められると本性が出るっていうけど、僕ってこんな奴だったんだな。情けない。本当にごめん………」
自尊心の高い彼はそんな醜さが許せないのだろう。
「そんなに落ち込まないで。美穂はちゃんと帰って来るし。それにわたし子供ができたら嬉しいかも。子供って本当に大好きよ」
まだ結婚していないこんな状況でも、妊娠できたらきっと嬉しいような気がする。
「幸せだろうな。美穂さんと子供がいたら僕、なんだって頑張れそうな気がする」
少し元気を取り戻した聡太くんが優しく抱きしめた。
聡太くんなら良いお父さんになれるのだろうな。
だけど、わたしは………
「わたしね、、ちゃんと子供を育てられる自信がないの。ひどい家庭で育ってるでしょう。虐待は連鎖するっていうから、繰り返してしまったらと思うと不安で………」
「大丈夫だよ。二人で頑張ろう。僕の生い立ちだってかなり歪んでいるけど、お互いにカバーし合えばなんとかなるよ。そう思わなきゃ。言葉って大事なんだってさ。いつも言ってることが現実になるらしいよ」
「………うん」
前向きな聡太くんがいてくれたら、本当になんとかなりそう。
確かに自己肯定感の低いわたしは、否定的な言葉を毎日呪文のように言い聞かせていた。
どうせ、わたしなんかとか、無理に決まってるとか。
悪い連鎖はわたしでストップさせなきゃ。
だけど、わたしに子供など出来るのかな?
義父と暮らしていた時、妊娠させられるのではないかといつもビクビクしていた。
避妊はしてくれていたけれど、ほぼ毎日飲んだくれていた義父は信用できなかった。
あの状況で妊娠しないで済んだのは、不幸中の幸いだったと言える。
また不快な記憶が蘇り、気分が落ち込む。
アパートから徒歩六分の最寄り駅、二十四軒駅から潤一さんのマンションそばの琴似駅まで、たったの一駅。
足の痛みもさほどないので地下鉄で行くと言うわたしに、聡太くんは僕もバイトで出かけるから車で送ると言い張る。
バイトのときはいつも自転車で行ってたはずなのに。
なんとなく監視でもされているような気分だけれど、無理に断って疑われたくなかった。
聡太くんはまだわたしを信用してないのだろう。
トヨタのアクアという中古車の助手席に座り、マンションの住所を告げた。
ナビに住所を入力したので、行き先をアレコレと説明する必要もなく、二人とも終始無言だった。
重い空気が漂っていたけれど、どうすることもできない。
私自身ひどく落ち着かない気持ちだった。
夜の七時を過ぎていた。
潤一さんは帰っているだろうか。
突然の訪問をどう思うだろう。
少しだけ開いた車窓から新緑の匂いがした。
爽やかな夜の初夏の風が髪をなびかせる。
潤一さんに未練は残っていても、別れることに迷いはない。
だけど、車がマンションに近づくにつれ、いつもの優柔不断な不安感に苛まれた。
もし強引に迫られでもしたら………
わたしは毅然と拒むことができるだろうか。
嘘のない潤一さんの率直さが好きだった。
わがままで自分勝手なところさえ、やんちゃ坊主みたいで、なんだか可愛らしく感じられたのだった。
お料理を作って彼の帰りを待っていた、あの幸せだった日々。
マンションに近づくにつれ、見慣れた懐かしい風景に甘く切ない想い出がよみがえる。
今からこんなんじゃダメ!!
わたしは聡太くんと結婚するんだから。
こんないい人を裏切ったり出来ないんだから。
潤一さんはわたしのことなど、すっかり忘れているに決まってる。
マンションの入り口前に到着した。
わたしを降ろしたら、聡太くんはそのままバイトへ行くのだと思っていたけれど。
「ここで待ってるよ。介護認定の登録証を取ってくるだけなんだろう?」
車から降りようとしたら、聡太くんが怒ったようにそう言った。
「で、でも、、探すのに時間がかかるかも知れないわ。保管した場所の記憶があやふやなの。遅刻したら大変よ。わたしは地下鉄で帰れるから、聡太くんはバイトに行って」
なぜか早く行ってもらいたくて、追い払ように聡太くんを急き立てた。
「……今日のバイト、休みにしてもらったんだ。なんだか落ち着かなくて」
暗い目をした彼は不安げにわたしから視線をそらせた。
「聡太くんは美穂のこと信じてないの?」
確かにわたしはまだ潤一さんを愛しているけれど、未来のない哀しい関係からは卒業する。
聡太くんと幸せな家庭を築きたい。
幼い頃から夢見てたような安心できる家庭を。
「信じてるよ。美穂さんのことはね。だけど元カレのことは信じられない。一人暮らしの男の部屋を訪ねるってことがどういうことか、美穂さんには分からないの?」
非難めいた目で見つめられ、返す言葉が見つからなかった。
そうだった。
独身男性の住む部屋へ、警戒心も抱かずに訪れる女などいない。
わたしに警戒する気持ちが起きなかったのは、まだ潤一さんを愛していたからなのだろう。
聡太くんが心配するのも無理のないことだった。
「わかった。じゃあ、出来るだけ早く戻ってくる。登録証が見つけられなかったら諦めるね」
「……僕、ドアの前で待っていてもいい? 五分待っても出てこなかったらブザーを鳴らすから」
聡太くんはそう言うと、邪魔にならないスペースまで車を移動させた。
ドアの前まで着いて来るなんて………。
だけど、彼の意見に反論できるほどの説明は思いつかなかった。
スペアキーでセキュリティのドアを開け、聡太くんと二人でエレベーターに乗り込む。
28階のボタンを押した。
エレベーターがスイーッと勢いよく上昇し、心拍数もあがる。
このスペアキーも返してしまわないと。
鍵を見つめ、もの悲しい気分に襲われる。
今日は潤一さんが当直で留守だったらいいのに………。
「立派な高層マンションだね。僕のアパートとは月とスッポンだ。自信なくすな…」
聡太くんが惨めっぽくうつむきながら呟いた。
「聡太くんはまだ大学生じゃない。比べるなんておかしいよ」
「それはそうだけど………」
気まずい空気が流れる中、エレベーターが28階に着き、扉が開いた。
二人で無言のまま、部屋までの廊下を歩く。
スーパーの買い物袋を下げ、献立を考えながら、この廊下をウキウキしながら歩いていた頃を思い出す。
潤一さんは帰宅しているだろうか?
部屋の前に着き、緊張で顔が引きつりそうになる。
「じゃあ、五分後には必ず戻って来て!」
聡太くんはぶっきらぼうにそう言うと、ドアから少し離れたところへ移動した。
震える手でブザーを押した。
少し汗ばんだ聡太くんの胸に顔をうずめていたら、戸惑ったような声で問われた。
「え? 大丈夫な日って? あ、ああ、安全日かってこと? 多分、大丈夫。生理は来週の予定だから」
「ごめん。無責任なことして………。実はさっきスィーツと一緒に避妊具も買って来たんだ。だけど妊娠させちゃったほうがいいような気になってしまって………。僕ってどこまでも自分勝手だ」
伏し目がちに語った彼は、ひどく自己嫌悪に陥っているようだった。
「そうだったの。急に出かけてスィーツなんて買ってくるから、変だなって思ってたけど。クスクスッ」
聡太君だとそんなことさえ何故か無邪気で可愛らしく思えてしまう。
「妊娠したら美穂さんが帰って来てくれると思って、、やり方が卑怯だった。人間は追い詰められると本性が出るっていうけど、僕ってこんな奴だったんだな。情けない。本当にごめん………」
自尊心の高い彼はそんな醜さが許せないのだろう。
「そんなに落ち込まないで。美穂はちゃんと帰って来るし。それにわたし子供ができたら嬉しいかも。子供って本当に大好きよ」
まだ結婚していないこんな状況でも、妊娠できたらきっと嬉しいような気がする。
「幸せだろうな。美穂さんと子供がいたら僕、なんだって頑張れそうな気がする」
少し元気を取り戻した聡太くんが優しく抱きしめた。
聡太くんなら良いお父さんになれるのだろうな。
だけど、わたしは………
「わたしね、、ちゃんと子供を育てられる自信がないの。ひどい家庭で育ってるでしょう。虐待は連鎖するっていうから、繰り返してしまったらと思うと不安で………」
「大丈夫だよ。二人で頑張ろう。僕の生い立ちだってかなり歪んでいるけど、お互いにカバーし合えばなんとかなるよ。そう思わなきゃ。言葉って大事なんだってさ。いつも言ってることが現実になるらしいよ」
「………うん」
前向きな聡太くんがいてくれたら、本当になんとかなりそう。
確かに自己肯定感の低いわたしは、否定的な言葉を毎日呪文のように言い聞かせていた。
どうせ、わたしなんかとか、無理に決まってるとか。
悪い連鎖はわたしでストップさせなきゃ。
だけど、わたしに子供など出来るのかな?
義父と暮らしていた時、妊娠させられるのではないかといつもビクビクしていた。
避妊はしてくれていたけれど、ほぼ毎日飲んだくれていた義父は信用できなかった。
あの状況で妊娠しないで済んだのは、不幸中の幸いだったと言える。
また不快な記憶が蘇り、気分が落ち込む。
アパートから徒歩六分の最寄り駅、二十四軒駅から潤一さんのマンションそばの琴似駅まで、たったの一駅。
足の痛みもさほどないので地下鉄で行くと言うわたしに、聡太くんは僕もバイトで出かけるから車で送ると言い張る。
バイトのときはいつも自転車で行ってたはずなのに。
なんとなく監視でもされているような気分だけれど、無理に断って疑われたくなかった。
聡太くんはまだわたしを信用してないのだろう。
トヨタのアクアという中古車の助手席に座り、マンションの住所を告げた。
ナビに住所を入力したので、行き先をアレコレと説明する必要もなく、二人とも終始無言だった。
重い空気が漂っていたけれど、どうすることもできない。
私自身ひどく落ち着かない気持ちだった。
夜の七時を過ぎていた。
潤一さんは帰っているだろうか。
突然の訪問をどう思うだろう。
少しだけ開いた車窓から新緑の匂いがした。
爽やかな夜の初夏の風が髪をなびかせる。
潤一さんに未練は残っていても、別れることに迷いはない。
だけど、車がマンションに近づくにつれ、いつもの優柔不断な不安感に苛まれた。
もし強引に迫られでもしたら………
わたしは毅然と拒むことができるだろうか。
嘘のない潤一さんの率直さが好きだった。
わがままで自分勝手なところさえ、やんちゃ坊主みたいで、なんだか可愛らしく感じられたのだった。
お料理を作って彼の帰りを待っていた、あの幸せだった日々。
マンションに近づくにつれ、見慣れた懐かしい風景に甘く切ない想い出がよみがえる。
今からこんなんじゃダメ!!
わたしは聡太くんと結婚するんだから。
こんないい人を裏切ったり出来ないんだから。
潤一さんはわたしのことなど、すっかり忘れているに決まってる。
マンションの入り口前に到着した。
わたしを降ろしたら、聡太くんはそのままバイトへ行くのだと思っていたけれど。
「ここで待ってるよ。介護認定の登録証を取ってくるだけなんだろう?」
車から降りようとしたら、聡太くんが怒ったようにそう言った。
「で、でも、、探すのに時間がかかるかも知れないわ。保管した場所の記憶があやふやなの。遅刻したら大変よ。わたしは地下鉄で帰れるから、聡太くんはバイトに行って」
なぜか早く行ってもらいたくて、追い払ように聡太くんを急き立てた。
「……今日のバイト、休みにしてもらったんだ。なんだか落ち着かなくて」
暗い目をした彼は不安げにわたしから視線をそらせた。
「聡太くんは美穂のこと信じてないの?」
確かにわたしはまだ潤一さんを愛しているけれど、未来のない哀しい関係からは卒業する。
聡太くんと幸せな家庭を築きたい。
幼い頃から夢見てたような安心できる家庭を。
「信じてるよ。美穂さんのことはね。だけど元カレのことは信じられない。一人暮らしの男の部屋を訪ねるってことがどういうことか、美穂さんには分からないの?」
非難めいた目で見つめられ、返す言葉が見つからなかった。
そうだった。
独身男性の住む部屋へ、警戒心も抱かずに訪れる女などいない。
わたしに警戒する気持ちが起きなかったのは、まだ潤一さんを愛していたからなのだろう。
聡太くんが心配するのも無理のないことだった。
「わかった。じゃあ、出来るだけ早く戻ってくる。登録証が見つけられなかったら諦めるね」
「……僕、ドアの前で待っていてもいい? 五分待っても出てこなかったらブザーを鳴らすから」
聡太くんはそう言うと、邪魔にならないスペースまで車を移動させた。
ドアの前まで着いて来るなんて………。
だけど、彼の意見に反論できるほどの説明は思いつかなかった。
スペアキーでセキュリティのドアを開け、聡太くんと二人でエレベーターに乗り込む。
28階のボタンを押した。
エレベーターがスイーッと勢いよく上昇し、心拍数もあがる。
このスペアキーも返してしまわないと。
鍵を見つめ、もの悲しい気分に襲われる。
今日は潤一さんが当直で留守だったらいいのに………。
「立派な高層マンションだね。僕のアパートとは月とスッポンだ。自信なくすな…」
聡太くんが惨めっぽくうつむきながら呟いた。
「聡太くんはまだ大学生じゃない。比べるなんておかしいよ」
「それはそうだけど………」
気まずい空気が流れる中、エレベーターが28階に着き、扉が開いた。
二人で無言のまま、部屋までの廊下を歩く。
スーパーの買い物袋を下げ、献立を考えながら、この廊下をウキウキしながら歩いていた頃を思い出す。
潤一さんは帰宅しているだろうか?
部屋の前に着き、緊張で顔が引きつりそうになる。
「じゃあ、五分後には必ず戻って来て!」
聡太くんはぶっきらぼうにそう言うと、ドアから少し離れたところへ移動した。
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