六華 snow crystal 7

なごみ

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初めてのキャンプで

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そもそもわたしはこのアパートに、いつまでいて良いのだろう。


もう松葉杖がなくても歩けるというのに。


「あ、あの、わたし、、いつまでもここに置いてもらうわけにもいきませんし、これ以上、島村さんにご迷惑かけちゃいけないから………」


また一人ぼっちになってしまうのかと思うと、足が治ってしまったことが恨めしかった。


「美穂さんが出て行きたいなら引き止めることは出来ません。僕はずっといてもらいたいけど、僕では、、僕では無理なんでしょう?」


島村さんはうつむきながら悲しげな顔で呟いた。


「わたし、ずっと、、ずっと島村さんのそばにいたいです。ご迷惑じゃなかったら……」


「美穂さん!」


島村さんから息ができないくらい強く抱きしめられた。


「……本当にあんな過去があったわたしでいいんですか? あとで思い出して後悔しませんか?」


「僕は今の美穂さんが好きだって言ったでしょう。過去のことはもう気にしないで」


感極まったように目で見つめられ、わたしの胸も熱くなった。


「ありがとう。わたし、島村さんと一緒に暮らしていて、足の怪我以上に心のほうがもっと癒されていたんです。今の自分でいいのかなって、なんだか本当にそんな風に思えて」


島村さんほど、わたしに自信と勇気を与えてくれた人はいない。


「当たり前ですよ。美穂さんは最高に素晴らしい女性です。僕には美穂さんに代われる人なんて他にいないから」


はにかんで言った島村さんの微笑みに、初めて胸がときめいた。

 

「島村さん……」


この人に賭けてみよう。


これからずっと島村さんと一緒に幸せな道を歩み続けたい。



 


島村さんへの想いは、潤一さんに対するような激しく燃え上がるような恋と違う。


だけど、なんとも言えないくすぐったい感情に戸惑う。


まるでティーンエイジャーに戻ったかのようで………


恋がどんなものなのかよくわからぬうちに、肉欲にまみれた大人に蹂躙され、わたしには普通の恋愛など出来ないものだと思っていた。


島村さんとプラトニックな恋愛をしてみたい。


中高生の頃に戻ったような気持ちで。




札幌市街から一時間ほどの近場のキャンプ場。


怪我をしてから三週間がたち、歩き方はまだ普通ではないけれど、足はかなり回復して、痛みはほぼ無くなった。


島村さんはキャンプ初心者のわたしを気遣って、トイレなどが完備されているキャンプ場にしてくれた。


午後二時に到着すると、広いキャンプ場のあちこちにすでにいくつかのテントが張られていた。


土曜日の今日は家族連れも多いようで、幼稚園から小学生くらいの子供たちが奇声をあげ、はしゃぎまわっていた。


木製のアスレチック遊具なども併設されており、小さな子供たちにとっても退屈しない遊び場になっている。


「ちょっと騒々しいかったかな?  もっと静かな穴場を探したほうがよかったかも?」


島村さんがテントを張りながら、遠くで走り回っている子供たちを見つめた。


「わたし、子供の声は少しも気にならないの。聡太くん、子供は苦手?」


「どうなのかな?  小さい子と接したことがなくて。可愛いとは思うけどね。我が子を虐待する親の心理って僕には理解できないな」


「聡太くんは誰にでも優しいから、きっといいお父さんになれると思う」


こんな人がお父さんなら、子供も幸せだろうな。


「お父さんになる前にまず結婚が出来ないとね。それが一番難しいな」


わたしと聡太くんとの距離は、お友達からは少し進展したけれど、結婚の話は頓挫したままだ。


聡太くんはかなりの照れ屋さんで、強引に迫って来ることはなかった。


わたしも自分からリードするほど積極的にはなれない。


いくら凄すぎる体験をしてきた歴戦の強者だとしても。


わたしたちは本当に結婚することになるのだろうか。


聡太くんは信頼できる人だけれど、結婚となると未だに信じられないのだった。


恋愛感情など、冷めてしまえばあっという間のことだから。





ここへ来る前にスーパーに寄って、色々な食材を買って来た。


夕食は定番のバーベキュー。


お肉の他にもエビやホタテなどの海産物と、アスパラやトウモロコシ。


まるで子供のように非日常の世界にワクワクした。


「雲ひとつない空だから、今夜は星が綺麗だろうな」


聡太くんが目を細めながら、快晴の空を眩しそうに見上げた。


「フフフッ、ロマンチストなのね。わたしはバーベキューのほうが楽しみよ」


「色気より食い気かぁ。相手が僕だからなんだろうな。クソーッ!!」


聡太くんが珍しく冗談めいたことを言ったので、思わず笑ってしまった。


「相手が聡太くんじゃなくても食い気よ。わたしとっても食いしん坊なんだもの」


外でお食事なんて、小中学校の遠足や野外活動のとき以来だ。


楽しいはずの学校行事も、友人のいなかったあの頃のわたしには、よい思い出はほとんどなかった。


「食いしん坊の美穂さんも可愛いなぁ。一緒にキャンプができるなんて本当に夢みたいだ」


素直な聡太くんのほうがわたしよりずっと可愛いけれど、男の人は可愛いなんて言われても嬉しくないだろうから黙っていた。


自分の人生に、こんな楽しいことが待っていたなんて本当に夢みたい。


人の縁って本当に不思議だ。






夕食までの間、川まで降りて水遊びをしたり、森の中を散策しているうちに陽も落ちて来たので、バーベキューの準備をした。


あちこちのテントからもいい匂いが漂っていた。


澄みきった空気がきれいなせいなのか、漂う匂いも美味しそうに感じられる。


炭を起こすのもお肉を焼くのも聡太くんは手馴れたもので、慣れてないわたしはお野菜を切ったりするくらいで、あまり役には立たなかった。


「うーん、このアスパラ美味しい!」


朝採りの新鮮なグリーンアスパラは、甘みが強くてとても美味しい。


「美穂さん、この塩タンも食べて。すごく美味しいよ」


聡太くんがトングではさんだ塩タンを、わたしの紙皿に置いてくれた。


「自分で取るから大丈夫よ。聡太くん、気を遣わないで」


「だってさっきから野菜ばかり食べてるからさ。塩タンがちょうどいい焼け具合なのに」


「そうね、野菜は端に避けておいて、お肉から先に食べたほうがいいね。ありがとう」


チリチリほどよく焼けた塩タンは本当に美味しかった。カルビやスペアリブ、魚介類も食べて満腹になる。


後片付けをする頃には、辺りはすっかり暗闇になっていた。


遠くにコテージなどがあるから、そこまで真っ暗闇ではないけれど、慣れてないわたしは少し怖かった。


夜中、おトイレに一人で行けるかな。


テントの中に聡太くんとわたしの寝袋が並んで敷いてあって、ちょっと気恥ずかしい気分になる。


わたしたちはまだ、キスさえしたことがない。


同じアパートの部屋に住んでいて嘘みたいな話だけれど。


聡太くんがどう思っているのか知らないけれど、わたしにはその過程を楽しみたいというか、大切にとっておきたい気持ちがある。


わたしは聡太くんを利用して、叶わなかった甘酸っぱいティーンエイジを取り戻したいのかもしれない。


彼はそんなわたしの気持ちに気づいて遠慮しているのだろうか。






市街から離れたキャンプ場の星空は、想像していた以上に見事だった。


レジャーシートに座り、聡太くんと並んで星空を見上げる。


広大な宇宙の迫力に圧倒される。


ビックバンなど、詳しく説明されてもちっとも理解できないけれど、宇宙って偶然に出来たものなの?


それとも全知全能の神が創造されたもの?


「天の川をこんなにはっきりみたのって初めてよ。本当になんて綺麗なんだろ」


「ほらね、だから美穂さんに見せたかったんだよ」


「虫たちの声もこんなに可愛いのね。わたしたちのために一生懸命演奏してくれてるみたい」


広い野原のから、絶え間なく聞こえる涼やかな音色に心がなごむ。






「虫の声を不快に感じない民族は少ないらしいよ。日本人って特殊なのかな? 」


「そうなの? 虫の声って涼しげで夏にピッタリの音色だと思うけど」


「やっぱり、美穂さんはロマンチストだな。僕、美穂さんのそんなところが本当に好きだなぁ」


「聡太くんは奥手なのに、言うことだけは大胆なのね。クスクスッ」


「……言うだけなら許されるから」


聡太くんの声のトーンが急に下がったので、なんだか気まずくなって静まりかえる。


虫の声が更に鮮明に耳に響いてきた。


星を眺めることに集中し、虫たちの声に耳をすませた。


なんて、贅沢な時間なんだろう。






聡太くんの手がわたしの手の上にそっと重ねられた。


手にふれられただけでドキドキしていることに、なんとも言えない喜びを感じた。


「……美穂さん、寒くない?」


ぎこちなく話す聡太くんの声がかすれて聞こえた。


「…少し寒いかも。聡太くんの手、暖かいね」


なぜか恥じらってることを悟られたくなくて、明るく平静さを装った。


押し黙ったままの聡太くんのもう一方の手が、わたしの頰にふれた。


頰を引き寄せられて思わず目を閉じる。


そっと触れただけのフレンチキス。


無言のまま瞳をそらせた聡太くんの横顔に、切なさが込み上げた。



本当になんてステキな夜なんだろう。



見るもの、聴くもの、触れるもの、すべてが美しすぎて、涙がとめどもなく流れた。


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