六華 snow crystal 7

なごみ

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美穂の変貌

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「どうしたんだ?  一体なにがあった?」


高校を辞めさせられた上に、売春までしなきゃいけないのか?


「ママはわたしがゲオルクと結婚すると見込んで、莫大なお金を借りてたらしいの。ママももう若くはないし、いつまでもシュルツさんの愛人でいることに不安があったみたいでね。業績不振で経営が傾いてるって言うんだから余計に焦ってたんだと思う。それでお金を借りて、あちこちに投資していたらしいんだけど、、」


「その投資に失敗したってわけなんだな。それで一体いくらの借金なんだよ?」


聞いたところで返済できるような金額ではないのだろう。


「借金の額は聞いてないけど、ママに返済能力がないことはハッキリしているから、無理に取立てようなんて思ってないって。だけど、当然なんだけどママが持っていた財産は没収よ。貯金も宝石も高額なものは全部。それでママは無一文で日本に送り返されちゃったの」


「そうか、だけど借金がないなら無一文でもいいじゃないか。高級クラブで働いてるんだろ。またすぐに金は貯まるだろう」


借金はないと知り、かなりホッとした。



「そんなに簡単じゃないよ。すでに借金だらけだよ。ジュエリーや高級ブランドのバッグに洋服をバンバン買ってるもの。クラブで働いてるんだから、ある程度は初期投資として身なりは大切よ。でもママは贅沢がすっかり染み付いてるの。あんなお金の使い方じゃ、とても一緒になんか暮らせないよ」


「それだけの買い物が出来るってことは、また新しいパトロンを見つけられるんじゃないのか? 大富豪を落とせるくらいの女なら簡単だろう」



かつてのナンバーワンホステス。


一体、どんな女なのか?


一度会ってみたい気もする。


熟女にはあまり興味ないけどな。



美人なだけじゃなく、人を惹きつける強烈な何かを持っている女なのだろう。



「もう四十を過ぎたオバさんなんだよ。大金持ちなんて捕まえられるわけないじゃない」


「とにかく大きな借金はなかったんだろう。それならなんとかなるじゃないか。それより晩飯はもう食べたのか?」



脱いだジャケットをソファの背もたれに掛け、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲んだ。


「ううん、まだよ。だって鍵を返すために寄っただけなんだもん。でも、せっかくだから先生に会ってから帰ろうと思ってね」



「そうか、じゃあ、どこかに食べにでも行くか」


脱いだばかりのジャケットをまた着ようとしたら、


「外食なんてしてたら部屋を片付ける時間がなくなっちゃうよ。茉理はレトルトカレーでもカップ麺でもいいよ」



と言っソファから起き上がった。


「カレーやカップ麺は食べ飽きてるんだよ。じゃあ、コンビニでなにか適当に買ってきてくれ」



「わかったー」



茉理は渡された一万円札をパーカーのポッケットに入れて、マンションを出ていった。





散らかったままのリビングのソファに横たわる。



ーー美穂はもう戻ってくるつもりがないのか?


部屋にはまだ衣類などの私物が置き去りにされたままだ。


だのになんの音沙汰もないなんて、あまりにもおかしい。



まさか、自殺したんじゃないよな。



警察に捜索願を出した方が良いのだろうか?


もしかしたら、ずっと疎遠になっているという、母親を頼って行ったのかもしれない。



俺はいつまで美穂を待っていなければいけないのか……。







「……ママはね、わたしもクラブで働けばいいっていうの。飲食店なんかでバイトしてるなんてもったいないってね。わたしはまだ未成年だっていうのに」


茉理はコンビニで買ってきたサンドイッチを食べながら憂鬱な顔をした。



「 ……かなりヤバい母親だな」


美穂の母親といい、世の中にはどうしようもない親がいるものだ。


うちのあんなお袋でさえも、かなりまともな親に思えてくる。


幕の内弁当の鮭にかぶりつきながら、今後も茉理に振りまわされそうな気がしてうんざりした。


「若ければ若いほどいい客がつくんだからって。あなたが付き合ってた男の子なんかより100倍もいい男がいるって。茉理とママは価値観が全然ちがうのに。茉理はお金持ちになんて興味ないし、そんなところで働きたくない。客に媚びて機嫌をとる仕事なんてウンザリだわ。だけど、借金だらけのママと暮らしていたら、そのうち巻き込まれてしまいそうで………」



女は歳をとればそんなものだろうな。


恋愛に夢なんか見るわけない。贅沢が当たり前の生活を送っていたら、金だけが全てのように思えてくるのだろう。



「同情はするよ。だけど、おまえが俺のところで夜のサービスまでするって言うなら、結局クラブで働くのと同じことだろう。それに、それがバレたら俺は間違いなく逮捕される」


「……サービスじゃなかったら?  恋愛だったら?  それでも逮捕される?」



ーーどこまで本気で言っているのか?


俺をジッと見つめた茉理を正視できなくて、思わず目をそらせた。



「……浩輝って奴はどうしたんだよ? もうフラれておしまいか?」


俺は柄にもなく動揺していた。


茉理のことは女として見ないように、無意識に自制していた。


陶器のようなハリのある肌に、触れてみたいと思った夜もあったけれど。


「茉理は美穂さんみたいに色っぽくないもんね。浩輝くんにも言われた。茉理ってね、ずっと一緒にいても押し倒したくなるような女じゃないんだって……」


「ぶっ!! フハハハッ!  なるほどな。確かにそれは言えるな」


そんなことで落ち込んでいる茉理が、なんとなくいじらしく見えた。



「笑わないでよ!  茉理は真剣に悩んでるんだから。とにかくママとは一緒に暮らしたくないの。またゲオルクみたいな人をみつけて政略結婚なんかされたらたまらないよ。だけど、…17歳のバイトって少なくて。一人暮らしをするにも、保証人なんかがいるでしょう?」


うわ目遣いに遠まわしに言ってはいるものの、結局は援助交際の申し込みみたいなものだろう。



「おまえはなにが言いたいんだ? なにをしにここへ来た?」


なんで俺ばかり頼るんだよ!



「高校辞めちゃったけど、茉理、大学には行きたいんだ。だから、働きながら勉強して、大検の資格を取って受験するつもり。だけど………」


「だから、何度も言っただろう。親の同意もなくて、おまえと同棲なんかしたら、俺は捕まってしまうんだぞ!」


重い空気が流れて、お互いになにも言えなくなる。



静まり返ったリビングに、インターホンのブザーが鳴った。


立ち上がってモニターを覗き込んだ茉理が、



「あ、美穂さんだ!」


と、叫んだ。



ーーマジか。



タイミング悪すぎだろ。


「ねぇ、どうする?  茉理は隠れたほうがいい?」


茉理が動揺してウロウロと隠れ場所を探しはじめた。


「いいから、そのままでいろ。コソコソするな!」



玄関へ行き、ドアを開けるとうつむいたままの美穂が黙って立っていた。



「一体、どこへ行ってたんだよっ! なんの連絡もなしに心配するだろう! 警察へ届け出るところだったんだぞ!!」


俺は確かに怒ってはいたけれど、茉理がいなかったら美穂を抱きしめていたかもしれない。


それくらい美穂が帰って来たことが嬉しかった。


「ごめんなさい。荷物を取りに来たんです。上がらせてもらってもいいですか?」



「…いま、茉理が来てるんだ。でも誤解しないでくれ。茉理はマンションの鍵を返しに来ただけだから」


美穂は特に驚いたようすもなく、俺とは目も合わせずに靴を脱いだ。



「わたしもマンションの鍵を返しに来ただけなので気になさらなくて大丈夫です。介護の認定登録証をここに忘れていて」


いつもとは違う、美穂の強気な態度に不安を覚えた。


「荷物を取りに来たって、どういうことだ? また出て行くつもりか?」


ヨタヨタと引きずるような不自然な歩き方をして、美穂はリビングへ向かった。


「足をどうしたんだよ?  怪我でもしたのか?」


「交通事故に遭って……心配をかけたくなかったので、、黙っていてごめんなさい」


「な、なんだって!  バカッ! なんで黙ってたんだよっ!  なんの連絡もなくて、俺がどれだけ心配してたと思うんだ!」


無表情に振り向いた美穂は哀しげな顔をして言った。


「わたしはただの家事代行サービスでしょう。そんなに心配されているとは思いませんでした」


「美穂、なにをむくれてるんだよ。茉理になにを言われたか知らないけど、俺のことをもっと信じろ!」



俺はこんなにおまえを愛してるじゃないか。



リビングから浮かない顔をした茉理が出てきた。


「あ、あの、美穂さん、ごめんなさい。あのとき言ったことは全部ウソなので、本当にごめんなさい」


いつもは強気の茉理のほうがオドオドしながら頭を下げた。


「嘘じゃないです。茉理さんが言ったことは全部本当のことです。わたしもやっと目が覚めたので感謝しているくらいです」



「美穂………」


こんなにも毅然とものを言う美穂を見たのは初めてだった。



一体、どうした?



なにがおまえをそんなに変えたんだ?





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