六華 snow crystal 7

なごみ

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児童養護施設に送られて

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「やめてっ! そんな事するなら、美穂はまた死ぬよっ!!」



小柄で痩せている義父をはね退け、キッチンから文化包丁を取り出して、自分の心臓へ突きつけた。


「み、美穂、、そんなに、そんなにお父さんが嫌いか? あの担任よりも嫌いか?」


情けないほど卑屈に義父は肩を落とした。


「好きとか嫌いとか、そんなんじゃないでしょ! 誰だってお父さんとそんな関係になんかなりたくないよっ!どうしてそんなことがわからないのよっ!」


震える手で包丁を握りしめ、涙ながらに訴えた。


「そうか、わかった。お父さんが悪かった、美穂。……こんなオヤジはいない方がマシだな」


義父は虚ろな目をして、すごすごと自分の寝床へ戻っていった。



ホッと胸をなでおろし、包丁を元に戻した。


あの体育教師のような野蛮人じゃないだけ、義父の方がまだマシだった。


貧弱な義父が相手なら、無理やり力づくでレイプなどされない自信がわいた。



だけどそんなことで喜んでいる場合ではなかった。


食べるものが本当に何もなくて、義父の上着の財布を調べてみたら、50円玉が一枚しか入ってなかった。


有り金を全部カップ酒に使ってしまったのだろう。


本当に明日からどうすればいいのだろう。


水道や電気、ガスが止められるのも時間の問題だ。


一人で役所に相談に行くしかない。


わたしの説明で生活保護を受けられるようになるだろうか。


中三のわたしにはアルバイトだって無理なのだ。


それとも、新聞配達くらいなら頼み込めばやらせてもらえるのだろうか。


空腹と不安とで眠れぬ夜を過ごした。




うつらうつらとあまり眠れないままに、重い頭で目をさました。


義父が寝ている隣の部屋から、大きなイビキが聞こえていた。


あんな酷いことをしておいて、よくもグースカ寝ていられるものだ。


いくら血が繋がってないからって、三十も歳の離れた義父に、恋愛感情なんて持てるわけないじゃない。


最後の小麦粉に砂糖と重曹を入れ、水で混ぜて焼いた。


卵も入ってない小さなパンケーキが二枚できた。


もしかして、これが最後の食事になるのか………。


当然、ジャムやハチミツなどあるわけもないけれど、味気ないパンケーキでも、空腹には最高のご馳走だった。


味わう余裕もなく、ガツガツと小さなパンケーキを平らげた。義父の分まで食べてしまいたい衝動に駆られたけれど、なんとか理性を働かせた。 



午前九時を過ぎても父が起きてこないので、襖を開けて声をかけた。


「お父さん、パンケーキ食べないの?  いらないなら美穂が食べちゃうよ!」


父はまだ高いびきをかいて寝ていた。


枕元に風邪薬の空瓶が転がっていて、五粒ほどこぼれて散乱していた。


え!?


風邪なんか引いてなかったはずだけど。


も、もしかして、この風邪薬、、たくさん飲んじゃったってこと!?



今度はお父さんが自殺!!


土気色して眠っている義父をみて戦慄した。


「お父さん!  ねぇ、お父さんってば! 起きて!!  起きてよう!!」



義父はどんなに体を揺さぶっても、目を覚まさなかった。


このまま死んじゃうの!?




家に電話がないので、一階に住む大家に事情を話し、助けを求めた。


アパートで自殺者など出したくない大家は、すぐに救急車を手配してくれた。



義父は搬送された病院で一命はとりとめたものの、肝機能の状態が良くないとのことで、そのまま入院する事になった。


わたし以外に身内も知り合いもいないので、相談員さんやケースワーカーさんが必要な手続きをしてくれた。


色々な人たちの助けがあって、義父は生活保護を受けられるようになったけれど………。


血縁関係でもないわたしは、義父とは暮らせないことになった。


あの義父に、未成年のわたしの養育は任せられないと思ったのだろう。


児童相談所がそう判断するのは無理もないことだった。





そういうわけで、わたしはすぐに児童養護施設に連れて行かれることとなった。


頼りにならないあんな義父でも、養護施設に行くよりはマシな気がして涙がでた。



同じ年頃の子がたくさんいる養護施設に入るなんて………。


飢えることよりも、煩わしい人間関係のほうがずっと恐ろしかった。


不登校だって認めてはもらえないだろう。


生活保護の受給者となるため、義父の住むところは今よりもさらに安いワンルームのアパートになるとのことだ。


わたしは児童養護施設に移らなければいけないので、教科書や衣類などをスクールバッグと紙袋につめた。


不安な気持ちのまま、ケアマネージャーさんが運転する車で養護施設へ向かった。




集団生活が苦手なわたしじゃなくても、養護施設というところは、想像以上に過酷なところだと聞いていた。


わたしに耐えられるだろうか。


ケアマネさんは施設の養母さんにわたしを預けると、


" じゃあ、元気で頑張ってね !“   


と、取ってつけたみたいな挨拶をしてサッサと去っていった。


午後三時を過ぎていたので、七人ほどの小学生がすでに帰宅していた。二十畳ほどもありそうな食堂でお菓子を食べながら騒いでいた。



「はい、はい、はいっ!!」


養母さんが大きな声を出して手を叩き、子供たちに静かにするよう注意した。


「今日からみんなと一緒に暮らす新しい家族だよ。いいかい、仲良くするんだよ! あんた名前はなんだったっけ?  自分で言って」


「…はい、片山美穂です。よろしくお願いします」



小学生だけだったので、さほど緊張もせずに挨拶ができたけれど………


子供たちは静まり返って、ジッとわたしを凝視していた。
 


疑心暗鬼な鋭い目つきに、小学生らしい可愛らしさは感じられなかった。



「じゃあ、部屋を案内するからこっちに来て」


ガサツで冷たい物言いからして、この養母に甘えることなど絶対に出来ないだろうと感じた。


養母とは、もっと明るくて優しい感じの人なのかと思ってた。


短く刈り込んだ髪に、浅黒く筋肉質な固太り。女らしさというものが少しも感じられない養母だった。サバサバとさっぱりした気性なのかも知れないけれど……。


案内されたのは両側に二段ベッドが置かれている四人部屋だった。


「四人部屋だけど、今日からはあんたを入れて三人だから。ここがあんたの机。荷物はここのクローゼットに仕舞って。終わったら夕食の準備を手伝ってちょうだい」


養母さんは仏頂面でまくし立てると、ドアをバン!と閉めて出ていった。


やっと一人になれてホッとする。


そんな自由など、ここではまず与えられることがないだろう。


窓際と廊下側に机と小さなロッカーが四人分、背中合わせに置かれていた。


わたしの机とロッカーは廊下側。


窓側の二人の同僚と仲良くなれるのか、不安で仕方がなかった。




今晩のメニューはカレーとのことで、大量のジャガイモの皮むきをさせられた。


夕食は午後七時。



相部屋となる高二と中一の女の子が帰宅した。二人ともバスケ部に入っているとのこと。


無表情で目も合わせてくれない高二のお姉さんと、暗い目をした藪睨みの中一女子。


期待はしていなかったものの、敵意むき出しの態度に落ち込んだ。


そんな彼女たちと同じテーブルで夕食を食べるよう、セッティングされる。


異様な雰囲気の中、無言でカレーを食べていたら、十歳くらいの男の子がニコニコしながらわたしの隣の椅子に腰かけた。
 


「お姉ちゃん、名前なんて言ったっけ?」


「み、美穂よ」


「ふーん、僕ね、涼太って言うの」


目鼻立ちのいい可愛らしい子だった。こんな人懐っこい子もいるんだと、少しだけ希望がわいた。



「涼太くんは何年生?」


「五年生! 美穂ちゃんは?」


「…あ、わたしは中三よ」


不登校なので、学校のことは聞かれたくなくてうつむいた。


「それじゃあ、達也《たつや》兄ちゃんとおんなじだ!」


涼太くんはさっきまで一緒にご飯を食べていたグループの方へ目を向けた。


そのグループの中で最年長に見える男の子が、わたしをジッと見つめていた。



「たっちゃんと同じ中三だって!」


涼太くんがそう言って、達也という子の所へ飛んでいった。


その達也くんが「よっ!」と言って手をあげ、わたしに微笑んだ。


薄っすらと無精ひげを生やした達也という子は、すでにオヤジの風貌をしていて、とても同じ中三には見えなかった。


無視するつもりはなかったけれど、村井先生のザラッとした頰の感触を思い出し、思わず顔をそむけた。


子供ではない男には恐怖と嫌悪しか感じられない。


養護施設という、虐待などから守られるべき安全な場所が、なにかとても危険な場所に思えて仕方がなかった。



夕食の後片づけも手伝わされ、次はお風呂の時間だった。


小さい子たちから順番に入り、十時も過ぎて、やっと自分の番がまわって来た。


口も聞いてくれない同室の女の子たちから離れられて一先《ひとま》ずホッとした。


ずっとお風呂で暮らしたいくらいだけれど、ひとり十分の持ち時間なので、ゆったりとくつろいでなどいられない。


急いで髪を洗い、シャワーで泡を流していたら、なんとなく背後に人の気配がして振り向いた。



浴室のドアが少しだけ開いていて、のぞいているその子と目が合った。



「きゃあーーー!!」










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