六華 snow crystal 7

なごみ

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政略結婚?

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どっと疲れを感じてソファに腰を下ろす。


「今日、診察室にレオンが来た」



「えっ!  う、うそ!!」


キッチンカウンターの向こうに、狼狽した茉理の顔が見えた。



「嘘なんかつくわけないだろう。おまえを返さないと警察に捜索願いを出すと脅された。もう匿《かくま》うことは出来なくなったからな。今夜レオンのところへ連れて行く」



「な、なに言ってるの、冗談じゃないわ。ドイツになんて絶対に帰らないから!」


茉理は目玉焼きを焼くどころではなくなったようで、固まったまま動けずにいた。



また揉め事の説得をしなければいけないことにウンザリする。


茉理を納得させるのに、どれだけの時間を費やすことになるだろう。



「おまえ、俺に嘘をついてただろう。ロックバンドの男を追いかけてるそうだな。ストーカーはおまえのほうだってな!」



「なにそれ?  レオンの言ったことを信じるの ⁉︎」


「じゃあ、バンドの男を追いかけてはいないのか?」



嘘つきは一体どっちなんだよ?



「茉理は普通の追っかけファンだもん。ストーカーなんかじゃないし……」



茉理は視線を泳がしながら自信なさげに答えた。


ストーカーは自覚がないからな。どこまで本当の話なんだか。



「とにかく、俺は警察に捕まるような危険まで犯して、おまえを匿ってやれない。十時までにレオンのところへ返す」


「そんなの横暴だよ! 茉理の人権を無視するの?」


手に卵を握ったまま縋るような目で俺を見た。



「勝手なこと言うな。俺の人権はどうなるんだ? おまえのせいで全てを失うかもしれないんだぞ! それに、ドイツにいる母親が病気だそうだ。会いに行ってやれ!」


レオンが殺人鬼でもストーカーでもないなら、俺が危険を冒して コイツを匿ってやる必要などないんだ。
 

「ママは病気なんかじゃないわよ。あの人は自分の思い通りにしたいから、具合の悪いふりをしているだけ。わたしを食い物にしようとする毒親なの」



「食い物?  どういう意味だ?」


「ドイツに帰ったら政略結婚させられてしまうのよ!  本当だよ、お願い、助けて!!」



カウンターキッチンの向こうから、茉理は切羽詰まったような顔をして俺に懇願した。



今どき、政略結婚?



なんだ、それ?







政略結婚うんぬんの成り行きはこういうことだった。


茉理の母親である美香は現在42歳。十年ほど前ススキノのクラブで働いていた。


一番の売れっ子ホステスだったという。


そこでレオンの父親と知り合った。


レオンの父親は茉理の母親以外にも愛人は沢山いるらしい。


レオン自身も本妻の子ではなく、愛人の子だという。


茉理の母親に惚れ込んだ、フランツ・アントン・シュルツ氏は、ドイツでは有名なワイナリーの持ち主で、国際的にも評価の高いワインを作っているとのこと。


歴史ある老舗のワイン製造会社を引き継いだ、七代目の当主にあたる。


近年、ワイン以外の様々な事業に参入し、やり手の富豪とのこと。


無類の女好きで、囲っている愛人は十人を下らないという。



そんな大金持ちのシュルツ氏だったが、茉理の母親の美香は、何度となく言い寄られても、愛人になる気などサラサラなかったそうだ。


言葉の通じないドイツなんかで暮らしたくなかったし、なによりも自由を愛する美香にとって、愛人など無理な話だと。


そんな美香だったが、齢《よわい》三十を越えると、若いホステスたちに客を取られるようになり、少し焦りを感じるようになった。


すでに贅沢な暮らしが身についている美香にとって、歳を重ねる毎に増す不安。


そんな時、茉理を育ててくれていた祖母が、心筋梗塞でポックリこの世を去った。


当時小学一年生だった茉理は、夜一人ぼっちで留守番させられる境遇となり、精神に異常をきたし始めた。


学校に行かなくなり、夜の繁華街を徘徊するようになったとのこと。


学校から呼び出しを受ける日々に、美香も嫌気がさし、この先ホステスを続けていても将来の展望など見込めるわけもない。


そんなこともあり、住んだことのないドイツでも、富豪の愛人でいたほうが安定した暮らしが続けられると考えた。


茉理のためにも、そのほうが良いと判断したのだろう。


そんなわけで美香はまだ七歳の茉理を連れて、シュルツ氏の待つドイツへ旅立ったというわけだ。





茉理はすぐに、スイスの名門校と云われる寄宿舎に押し込まれたが、放任主義の母親と一緒に暮らしたかったわけでもなく、快適で優雅な学園生活を楽しんだ。


アートの世界に魅了されて没頭し、その分野での仕事に夢を抱いた。


楽しく充実した学園生活を送っていた茉理だったが、十六歳のバースデーパーティーの日に、母親から告げられた衝撃の縁談!!



“ 茉理、今日はあなたにもうひとつの祝い事があるのよ! なんと、あのマンシュタイン家の三男坊、ゲオルクさんが茉理と結婚したいって言ってるの ‼︎  ねぇ、夢みたいでしょう ”




相手は母親と同い年の42歳。離婚歴のあるバツ2男。


ただその男は、古い家柄の元貴族。


銀行にホテル、デパートなど、あらゆる事業を展開している巨大グループオーナーの三男坊。


バイエルン地方の辺境に、中世に建てられた古城まで所有しているという。


とてつもなく大金持ちの御曹司なのだそう。


名前はゲオルク・エーリッヒ・フォン・マンシュタイン。


小児性愛者の噂があるとのこと。


離婚の原因も多分、そんな異常者だからに違いない。


そんな情報だけでもゾッとする相手だが、見た目はもっとおぞましいと言う。


でっぷりとお腹の出ている小太りで、すでに頭髪は薄くなりかけているそうだ。


まだ子供だった頃、誰かの結婚披露パーティーで会ったことがあるようで、ニタニタと舐めまわすかのような目で見られ、鳥肌が立ったと言う。


涙ながら必死に語る茉理を気の毒には思うが、俺には笑い話にしか聞こえない。



「まるでおとぎ話の世界だな。そんなにそいつが嫌なら断ればいいだろう」

 
レオンとの約束の時間が刻々と迫る。


茉理が作った焼けすぎて、黄身がカチカチになった目玉焼きを食べながら悩む。


「パパのワイン工場は今、存亡の危機に直面しているらしいの。いろんな事業に参入しすぎて失敗したみたいでね。だから、わたしパパにまで頭を下げてお願いされたわ。七代続いたこのワイナリーを僕の代で無くすわけにはいかないってね。だけど、あんな人と結婚なんて茉理、死ぬより嫌だもん! 」



はぁ、だからって俺にどうしろって言うんだよ!











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