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島村さんに癒されて
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*美穂*
「なんか、ありきたりなランチですみません。僕、こういう事に疎くて」
まだハンバーグセットを食べ終えてないわたしに、島村くんが申し訳なさそうに謝った。
「そんなことないですよ。とっても美味しいです。ハンバーグは飽きませんし、自分で作るときの参考にもなりますから」
幼少の頃から外食のような贅沢などなかったわたしにとって、お店の味や盛りつけ方などを学べるのは嬉しいことだ。
こんな風に作ってみたら、潤一さんは喜んでくれるかなと、ふと思ってしまって気が咎めた。
「多分そんな風に言ってくれるんじゃないかと思ってました。やっぱり美穂さんって優しいなぁ。手抜きをしてすみません。すっかり甘えてしまって」
「アルバイトやお勉強でお忙しいのでしょう。ランチのお店のことなんかで悩まないでくださいね」
どこのお店が美味しいのか食べ歩きをして探しまわるなど、骨の折れるようなことは本当にしないでもらいたい。
「美穂さんが作るハンバーグも美味しんでしょうね。料理得意なんですか?」
「お料理は好きですよ。美味しいって食べてもらえるって、とっても嬉しいものだから」
いつもモリモリと食べてくれる潤一さんの笑顔が浮かんだ。
「………その人は幸せな人だなぁ。美穂さんの手料理が食べられるなんて」
島村くんはなにかを悟ったかのように少し哀しげに呟くと、曇ったような顔をして目を伏せた。
「………あ、わたし今度お弁当を作ってきますね。いつもご馳走になってばかりで申し訳ないですし、お天気のいい日に近くの公園で食べませんか?」
「え、本当ですか? 美穂さんに誘ってもらえるなんて凄く嬉しいです」
少し希望の光を感じたかのように、俯いていた島村さんが顔をあげた。
「桜はもう散ってしまったけど、ポカポカしてきましたし、外で食べると美味しいですよね」
「それは楽しみだなぁ。でも、そんなに張り切らないでください。負担になるようなことはして欲しくないんです。……僕は食事より、こんな風に美穂さんと逢えるのが嬉しいから」
これは完全なる愛の告白だ。
気づかないフリをしている自分の卑劣さが哀しい。
「わ、わたし、ひとりっ子なので、島村さんは弟みたいで、なんだかとても可愛くて、、」
少し気が咎めて、弟のようだと誤解のないように釘を刺してみたけれど。
「……別に誤魔化さなくていいです。美穂さん、好きな人がいるんでしょう? 僕、なんとなくわかってしまって」
島村さんが感受性の高い人であることは気づいていた。こんな人を騙そうとするなんて………。
「ごめんなさい。わたし卑怯でした。はじめからちゃんとお断りしなきゃいけなかったのに」
「いえ、悪いのは僕のほうです。聞くのが怖かったんです。聞いてしまったら、誘ったり出来なくなると思ったものだから」
いい人すぎる。
島村さんは。
わたしには勿体ない。
善良で、優秀で、汚れがなくて。
この人にはこれからいくらでも優しく清らかで愛らしい、素敵な恋人が現れるだろう。
わたしは島村さんに似合わない。
「わたし、、今の彼にはそのうちフラれます。それはわかってるんです。だから、悲しくて、寂しくて、……島村さんに頼ってしまいたくなって、、騙していて本当にごめんなさい」
正直に言ってしまえて、かなりスッキリした。
「それでもいいです。弟でいいから、これからも時々逢ってくれませんか? 僕には他に楽しみなんてないんです。お願いします」
「わたしも楽しいです。島村さんとこうしているのが。癒されるというのか、なんだかとっても安心できて」
わたしは島村さんの恋人に相応しくないけれど、このまま終わるのは寂しかった。
「それはとても嬉しいな。僕は人畜無害ですから危険なことはありません。面白いことを言って笑わせたりは出来ないんですけど……」
「クスクスッ、面白いですよ。確かに島村さんは人畜無害って感じですね」
潤一さんとは正反対のこの人に、なぜこんなに惹かれるのだろう。
「退屈な男なんです。気の利いたことが言えなくて……」
「わたしのほうがもっと退屈ですよ。島村さんのような知識も教養もありませんし」
「そんなことないです。美穂さんはとてもステキな人です。話していて人柄が伝わってきます。知識は大切には違いないけど、物知りよりも大切なことってあるでしょう」
わたしを肯定してくれた人など、今まで一人もいなかった。
なんて幸福に満ちた時間なのだろう。
島村さんとこうしていると本当に気持ちが和らぐ。
ずっと殺伐とした不安な環境で育ってきたからだろうか。
だけど、、
わたしは島村さんを愛せるだろうか。
島村さんと教習所で別れてから、白石の潤一さんのご実家にむかう。
毎週、火曜と金曜に頼まれた食材などを購入し、簡単に部屋の掃除なども行う。
家がスーパーに近いので助かるのだが、卵や牛乳、お豆腐、それに大根や玉ねぎなどの野菜が入るとかなりの重量になる。お肉と焼けばいいだけの鮭の切り身も買ってスーパーを出た。
重い荷物を両手に下げ、松田家のインターホンを押した。
インターホンに出たのは、聞き慣れない若い女の声だった。
「はい? なんでしょう?」
「家事代行サービスの片山です」
「あ、はーい!」
明るい返事が返ってきて、すぐに玄関のドアが開けられた。
「お待ちしてました。どうぞ、お入りになって」
「あ、、はい、失礼します」
親戚の子なのだろうか?
若い女の子のようだけれど、なにか堂々としていて大人っぽい。
それにドキッとするような美人だ。
「松田さん、こんにちは。お加減のほうは如何ですか?」
リビングのソファーに腰掛け、刑事モノのドラマを観ていたお母様に声をかけた。
「あらあら重い荷物をいつも悪いわね。茉理、その荷物を冷蔵庫の中にしまってあげて頂戴」
「えーっ、わたしが? 家事代行サービスの人の仕事を奪っちゃいけないでしょ」
茉理と呼ばれた女の子が憮然とした様子で言い返した。
「手伝って色々教えてもらいなさい! あなたの片付け方は滅茶苦茶だから。野菜はちゃんと野菜室に入れるのよ」
「わたしはここの嫁じゃないし。タダでこき使わないでよ!」
いかにも気の強そうな彼女は、お母様が相手でも少しもひるむ様子がなかった。
遠慮のない会話からして、やはり潤一さんの従姉妹《いとこ》なのかもしれない。
「なに言ってるの。こき使ってるんじゃないわよ。教えてあげてるの!! 自分でやったほうがどれだけ簡単で早いか知れないわ。まったく、トイレの掃除も満足に出来ないんだから」
「トイレの掃除くらい出来ます。オバサンとはやり方が違うだけでしょ。今どき雑巾を使って掃除する人なんていませんよ。洗った雑巾なんて気持ち悪くてさわれないし」
確かに、その気持ちは分からないではない。
「掃除の基本を教えてあげたんじゃないの。うちにだって流せるトイレクリーナーくらい置いてあるわよ。大体あなたは目上の者に対する言葉遣いからして成ってないわ!」
「仕方がないでしょう。わたしはずっとドイツで暮らしてたんだから。敬語みたいなややこしい文化はもう廃止にすればいいのに」
この発言が正しいとは思えないけど、彼女の態度には一貫性を感じる。
「まったく野蛮な国でなにを吹き込まれてきたんだか。あなたには日本人の奥ゆかしさってものがないわね」
呆れたようにお母様が言い放った。
「はぁ? なにが奥ゆかしさよ。オバサンに言われたくないし。オバサンみたいな怖い人、ドイツにはいないわよ!」
「黙りなさい! 居候のくせにさっきから言いたい放題のこと言って!!」
お母様がとうとうキレて、顔を赤くして怒鳴った。
「わかりました。わたしここを出て行きます」
茉理さんはそう言って、二階へ上がる階段を駆けていった。
「潤一ったら、あんな子を人に押し付けて。血圧が上がって死んでしまうわよ」
まだ興奮冷めやらぬ様子でお母様が呟いた。
「ご親戚じゃないんですか? 潤一さんが連れてこられたんですか?」
「昨日退院した患者らしいんだけど、ストーカーに追いまわされて、自分の家に帰れないんですって。まだ未成年の高校生なの。潤一がマンションに連れ帰るわけにはいかないから、預かってくれって急に頼まれてね。もっと可愛げのある子なら私だって優しくするのよ。あまりにも生意気すぎるのよ」
どんな事情があるにせよ、潤一さんが茉理さんの世話をするのはおかしなことだと思った。
どう考えても二人は特別な関係に違いない。
「あなた一人暮らしをしてるって言ってたわよね?」
考えあぐねていると、お母様に突然そんなことを聞かれて嫌な予感がした。
「えっ? あ、はい、、そうですが……」
家事代行サービスのわたしが、潤一さんと一緒に暮らしているとは言えない。
「悪いんだけどあの子の面倒を見てあげてくれないかしら。 預かった以上は私にも責任があるでしょう。 追い出したあとでストーカー被害にあったりしたら私だって気分が悪いわ。報酬は息子に払わせるわよ」
「え、、で、でも……」
「一週間でいいらしいの。あなたは年も近いし優しいから私より合うはずよ。お願いするわ」
こんな強引な人とやり合って、今まで勝ったためしがない。
一言も言い返すことができずに狼狽《うろた》える。
だけど一体どうしたらいいのだろう。
キッチンやお風呂など、水まわりのお掃除をしながら、これからのことを考えた。
真駒内にある祖母の家に行くしかない。
だけど、あんなボロボロの家に茉理さんは住めるだろうか。
水道と電気とガスの連絡をしないと。
ガステーブルの五徳を磨いていたら、茉理さんが両手に荷物を持って二階から降りて来た。
なんの挨拶もなしに玄関へ向かった茉理さんを、お母様が呼び止めた。
「茉理、ちょっと待ちなさい!」
「はぁ、またお説教? もう勘弁してよね」
ため息を吐き、唇を尖らせた。
「息子に頼まれた手前、私には責任があるのよ。なにか事件にでも巻き込まれたら気分が悪いでしょ。家事代行の美穂さんがあなたと暮らしてもいいって言ってくれたの。だからしばらくは彼女の家に泊めてもらいなさい」
「えーっ! 本当ですか?」
満面の笑顔で見つめられて憂鬱な気分に苛まれた。もしかしたら茉理さんが断ってくれるのでは、と期待していたから。
「あ、あの、わたしの家はとても古くて不便ですけど」
「大丈夫です! 一週間だけだしマジで助かります。ありがとうございます!」
なんてサバサバしてるんだろう。
わたしとは正反対のタイプだ。
仲良く暮らせるだろうか………。
「なんか、ありきたりなランチですみません。僕、こういう事に疎くて」
まだハンバーグセットを食べ終えてないわたしに、島村くんが申し訳なさそうに謝った。
「そんなことないですよ。とっても美味しいです。ハンバーグは飽きませんし、自分で作るときの参考にもなりますから」
幼少の頃から外食のような贅沢などなかったわたしにとって、お店の味や盛りつけ方などを学べるのは嬉しいことだ。
こんな風に作ってみたら、潤一さんは喜んでくれるかなと、ふと思ってしまって気が咎めた。
「多分そんな風に言ってくれるんじゃないかと思ってました。やっぱり美穂さんって優しいなぁ。手抜きをしてすみません。すっかり甘えてしまって」
「アルバイトやお勉強でお忙しいのでしょう。ランチのお店のことなんかで悩まないでくださいね」
どこのお店が美味しいのか食べ歩きをして探しまわるなど、骨の折れるようなことは本当にしないでもらいたい。
「美穂さんが作るハンバーグも美味しんでしょうね。料理得意なんですか?」
「お料理は好きですよ。美味しいって食べてもらえるって、とっても嬉しいものだから」
いつもモリモリと食べてくれる潤一さんの笑顔が浮かんだ。
「………その人は幸せな人だなぁ。美穂さんの手料理が食べられるなんて」
島村くんはなにかを悟ったかのように少し哀しげに呟くと、曇ったような顔をして目を伏せた。
「………あ、わたし今度お弁当を作ってきますね。いつもご馳走になってばかりで申し訳ないですし、お天気のいい日に近くの公園で食べませんか?」
「え、本当ですか? 美穂さんに誘ってもらえるなんて凄く嬉しいです」
少し希望の光を感じたかのように、俯いていた島村さんが顔をあげた。
「桜はもう散ってしまったけど、ポカポカしてきましたし、外で食べると美味しいですよね」
「それは楽しみだなぁ。でも、そんなに張り切らないでください。負担になるようなことはして欲しくないんです。……僕は食事より、こんな風に美穂さんと逢えるのが嬉しいから」
これは完全なる愛の告白だ。
気づかないフリをしている自分の卑劣さが哀しい。
「わ、わたし、ひとりっ子なので、島村さんは弟みたいで、なんだかとても可愛くて、、」
少し気が咎めて、弟のようだと誤解のないように釘を刺してみたけれど。
「……別に誤魔化さなくていいです。美穂さん、好きな人がいるんでしょう? 僕、なんとなくわかってしまって」
島村さんが感受性の高い人であることは気づいていた。こんな人を騙そうとするなんて………。
「ごめんなさい。わたし卑怯でした。はじめからちゃんとお断りしなきゃいけなかったのに」
「いえ、悪いのは僕のほうです。聞くのが怖かったんです。聞いてしまったら、誘ったり出来なくなると思ったものだから」
いい人すぎる。
島村さんは。
わたしには勿体ない。
善良で、優秀で、汚れがなくて。
この人にはこれからいくらでも優しく清らかで愛らしい、素敵な恋人が現れるだろう。
わたしは島村さんに似合わない。
「わたし、、今の彼にはそのうちフラれます。それはわかってるんです。だから、悲しくて、寂しくて、……島村さんに頼ってしまいたくなって、、騙していて本当にごめんなさい」
正直に言ってしまえて、かなりスッキリした。
「それでもいいです。弟でいいから、これからも時々逢ってくれませんか? 僕には他に楽しみなんてないんです。お願いします」
「わたしも楽しいです。島村さんとこうしているのが。癒されるというのか、なんだかとっても安心できて」
わたしは島村さんの恋人に相応しくないけれど、このまま終わるのは寂しかった。
「それはとても嬉しいな。僕は人畜無害ですから危険なことはありません。面白いことを言って笑わせたりは出来ないんですけど……」
「クスクスッ、面白いですよ。確かに島村さんは人畜無害って感じですね」
潤一さんとは正反対のこの人に、なぜこんなに惹かれるのだろう。
「退屈な男なんです。気の利いたことが言えなくて……」
「わたしのほうがもっと退屈ですよ。島村さんのような知識も教養もありませんし」
「そんなことないです。美穂さんはとてもステキな人です。話していて人柄が伝わってきます。知識は大切には違いないけど、物知りよりも大切なことってあるでしょう」
わたしを肯定してくれた人など、今まで一人もいなかった。
なんて幸福に満ちた時間なのだろう。
島村さんとこうしていると本当に気持ちが和らぐ。
ずっと殺伐とした不安な環境で育ってきたからだろうか。
だけど、、
わたしは島村さんを愛せるだろうか。
島村さんと教習所で別れてから、白石の潤一さんのご実家にむかう。
毎週、火曜と金曜に頼まれた食材などを購入し、簡単に部屋の掃除なども行う。
家がスーパーに近いので助かるのだが、卵や牛乳、お豆腐、それに大根や玉ねぎなどの野菜が入るとかなりの重量になる。お肉と焼けばいいだけの鮭の切り身も買ってスーパーを出た。
重い荷物を両手に下げ、松田家のインターホンを押した。
インターホンに出たのは、聞き慣れない若い女の声だった。
「はい? なんでしょう?」
「家事代行サービスの片山です」
「あ、はーい!」
明るい返事が返ってきて、すぐに玄関のドアが開けられた。
「お待ちしてました。どうぞ、お入りになって」
「あ、、はい、失礼します」
親戚の子なのだろうか?
若い女の子のようだけれど、なにか堂々としていて大人っぽい。
それにドキッとするような美人だ。
「松田さん、こんにちは。お加減のほうは如何ですか?」
リビングのソファーに腰掛け、刑事モノのドラマを観ていたお母様に声をかけた。
「あらあら重い荷物をいつも悪いわね。茉理、その荷物を冷蔵庫の中にしまってあげて頂戴」
「えーっ、わたしが? 家事代行サービスの人の仕事を奪っちゃいけないでしょ」
茉理と呼ばれた女の子が憮然とした様子で言い返した。
「手伝って色々教えてもらいなさい! あなたの片付け方は滅茶苦茶だから。野菜はちゃんと野菜室に入れるのよ」
「わたしはここの嫁じゃないし。タダでこき使わないでよ!」
いかにも気の強そうな彼女は、お母様が相手でも少しもひるむ様子がなかった。
遠慮のない会話からして、やはり潤一さんの従姉妹《いとこ》なのかもしれない。
「なに言ってるの。こき使ってるんじゃないわよ。教えてあげてるの!! 自分でやったほうがどれだけ簡単で早いか知れないわ。まったく、トイレの掃除も満足に出来ないんだから」
「トイレの掃除くらい出来ます。オバサンとはやり方が違うだけでしょ。今どき雑巾を使って掃除する人なんていませんよ。洗った雑巾なんて気持ち悪くてさわれないし」
確かに、その気持ちは分からないではない。
「掃除の基本を教えてあげたんじゃないの。うちにだって流せるトイレクリーナーくらい置いてあるわよ。大体あなたは目上の者に対する言葉遣いからして成ってないわ!」
「仕方がないでしょう。わたしはずっとドイツで暮らしてたんだから。敬語みたいなややこしい文化はもう廃止にすればいいのに」
この発言が正しいとは思えないけど、彼女の態度には一貫性を感じる。
「まったく野蛮な国でなにを吹き込まれてきたんだか。あなたには日本人の奥ゆかしさってものがないわね」
呆れたようにお母様が言い放った。
「はぁ? なにが奥ゆかしさよ。オバサンに言われたくないし。オバサンみたいな怖い人、ドイツにはいないわよ!」
「黙りなさい! 居候のくせにさっきから言いたい放題のこと言って!!」
お母様がとうとうキレて、顔を赤くして怒鳴った。
「わかりました。わたしここを出て行きます」
茉理さんはそう言って、二階へ上がる階段を駆けていった。
「潤一ったら、あんな子を人に押し付けて。血圧が上がって死んでしまうわよ」
まだ興奮冷めやらぬ様子でお母様が呟いた。
「ご親戚じゃないんですか? 潤一さんが連れてこられたんですか?」
「昨日退院した患者らしいんだけど、ストーカーに追いまわされて、自分の家に帰れないんですって。まだ未成年の高校生なの。潤一がマンションに連れ帰るわけにはいかないから、預かってくれって急に頼まれてね。もっと可愛げのある子なら私だって優しくするのよ。あまりにも生意気すぎるのよ」
どんな事情があるにせよ、潤一さんが茉理さんの世話をするのはおかしなことだと思った。
どう考えても二人は特別な関係に違いない。
「あなた一人暮らしをしてるって言ってたわよね?」
考えあぐねていると、お母様に突然そんなことを聞かれて嫌な予感がした。
「えっ? あ、はい、、そうですが……」
家事代行サービスのわたしが、潤一さんと一緒に暮らしているとは言えない。
「悪いんだけどあの子の面倒を見てあげてくれないかしら。 預かった以上は私にも責任があるでしょう。 追い出したあとでストーカー被害にあったりしたら私だって気分が悪いわ。報酬は息子に払わせるわよ」
「え、、で、でも……」
「一週間でいいらしいの。あなたは年も近いし優しいから私より合うはずよ。お願いするわ」
こんな強引な人とやり合って、今まで勝ったためしがない。
一言も言い返すことができずに狼狽《うろた》える。
だけど一体どうしたらいいのだろう。
キッチンやお風呂など、水まわりのお掃除をしながら、これからのことを考えた。
真駒内にある祖母の家に行くしかない。
だけど、あんなボロボロの家に茉理さんは住めるだろうか。
水道と電気とガスの連絡をしないと。
ガステーブルの五徳を磨いていたら、茉理さんが両手に荷物を持って二階から降りて来た。
なんの挨拶もなしに玄関へ向かった茉理さんを、お母様が呼び止めた。
「茉理、ちょっと待ちなさい!」
「はぁ、またお説教? もう勘弁してよね」
ため息を吐き、唇を尖らせた。
「息子に頼まれた手前、私には責任があるのよ。なにか事件にでも巻き込まれたら気分が悪いでしょ。家事代行の美穂さんがあなたと暮らしてもいいって言ってくれたの。だからしばらくは彼女の家に泊めてもらいなさい」
「えーっ! 本当ですか?」
満面の笑顔で見つめられて憂鬱な気分に苛まれた。もしかしたら茉理さんが断ってくれるのでは、と期待していたから。
「あ、あの、わたしの家はとても古くて不便ですけど」
「大丈夫です! 一週間だけだしマジで助かります。ありがとうございます!」
なんてサバサバしてるんだろう。
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