六華 snow crystal 7

なごみ

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自動車教習所で

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*美穂*


潤一さんに勧められ、運転免許を所得するため、自動車教習所に通いはじめてもう半月。


学科のほうは順調に進み、試験もパスしたけれど、やはり運動神経が鈍いようで、実技のほうは難儀している。


もう何度か運転している教習所内のドライビングコース。



キキィーーーッ!!


「きゃっ!」


いきなり教官にブレーキを踏まれ、ガクンと前のめりに身体が揺れた。


「おっとと、大丈夫?」


教官がとっさに私のおデコに手をあてて、ハンドルにぶつけないようにガードしてくれた。


「片山さん、信号機のない横断歩道は一旦停まらなきゃ」


「す、すみません。緊張してしまって、、」


「人が立っていたら、必ず停まってくださいね。知ってて停まらない人、多いんだよなぁ。そんなに急いでどこに行きたいんだか」



「はぁ………」


またアクセルを踏み、ゆっくりと車をスタートさせた。



教官の中田さんはまだ若く、歳は聞いてないけど私とそんなに変わらない二十代だと思う。


歳が近い人はなんとなく苦手で、何を話してよいのかわからなくなる。


子供やお年寄りとおしゃべりするほうが気楽だ。



「片山さんって、大人しいね。仕事は保育士さんだったっけ?」


「あ、いいえ、保育士は向いてないので辞めたんです。今は介護士の資格を取ろうと思ってて、」


あまりアレコレ聞かれたくない。


「ふーん、確かに子どもは面倒くさいもんなぁ。すぐ泣いたり、わめいたりして。だけど介護だって大変みたいだよ。俺の知り合いにも介護士やってるのがいるんだけどさ、夜勤なんかは少ない人数でたくさんの年寄りをみないといけないだろ。もう辞めたいってこぼしてたよ」


「はぁ、、……そうですよね」


「あ、ごめん。やる気なくすようなこと言っちゃったな。まぁ、俺もこの仕事辞めたいっていつも思ってるけどね」


「そうなんですか?」


教官にも色々な人がいるけれど、中田さんはひどくおしゃべりで、運転に集中ができない。



「給料がさ、メチャクチャ安くてね。もう、やってられねぇーって感じ」


「危険なお仕事ですし、生徒に気を遣ったりして大変ですよね」


カーブを曲がり、もうすぐ苦手な縦列駐車だ。


「仕事自体はそんなに嫌いってわけでもないんだけどね。なんといっても給料がさぁ、全然足りねーーつぅの!」


ポールがたくさん並んでいる縦列駐車の前まで来た。


「はい、いいよ。後ろの三角窓の中心に角のポールが見えるまでバックして」


「は、はい!」


私の場合、苦手意識を持つと必ずと言っていいほど失敗する。


ポールを見ながらゆっくりとバックした。


「じゃあ、ハンドル左に切って」


「はいっ!」


ゆっくりと後退するけど、どこまでだったかな?


「あっ、ダメダメ! 戻すの早いよ」


中田さんが慌ててハンドルに手を伸ばして調整した。


「ゆっくりだよ、ほら、ゆっくり戻して」


「す、すみません、、」


ハンドルを一緒に操作してくれている中田さんの肘が、私の胸に当たっていた。



ーーわざと?


考えすぎだろうか?


頭が混乱してポールの数がわからなくなり、アクセルを強く踏みすぎた。


ドン! と軽い衝撃があって、ポールがパラパラと倒れた。



「あーあ、なにをどうやったら、こうなっちゃうのかなぁ?」



呆れた顔で中田さんは苦笑いした。



「ご、ごめんなさい! 慌ててしまって」







縦列駐車は失敗だったけれど、一応、無事に今日の教習を終えた。


「来週は仮免だよね。今日、注意した事をちゃんとやればなんてことないからさ」


「はい、気をつけます。ありがとうございました」


運転席のドアを開けて降りようとしたら、


「あ、ちょっと待って」と呼び止められる。


「はい?」


「あのさ、ちょっと言いにくいんだけどさ、」


なにが言いたいのか宙を見ながら頭を掻いている。


「な、なんでしょう? 縦列駐車のことですか?」


「いや、そんなんじゃなくてさ、……片山さんは今つき合ってる人とかいるの?」


視線を泳がせ、少し恥じらったようすを見せてはいるものの、この人はこういうことに長けているような気がした。


「……つき合ってはいませんけど、でも好きな人ならいます」


つき合っているとはなぜか言えなかった。


「そうか、残念だな。良かったら今度ドライブにでも行かないかなって思ってさ。俺の車使ってタダで個人指導してやってもいいよ。いいコースを知ってるんだ。警察とか絶対に来ない広いところ」


「ご、ごめんなさい。でも気遣ってくださって、ありがとうございます」


下心みえみえの誘いなのに、申し訳ない気持ちに苛まれて頭を下げた。


「まぁ、気が向いたらいつでも言って。じゃあ、お疲れさん!」


中田さんはそう言って笑いながら私の太ももをギュッギュッと握った。






車を降りて暗い気持ちになる。


あんなセクハラめいたことをされても、私にはなにも言えなかった。


相手もそれを見越してしているのだろう。


私はいつもそうだった。


幼い頃から自分の感情を正直に表現することが出来なかった。


そして、……そして私はどこまでも穢されていった。



そう、私は汚れている。



まともな人と結婚など出来るはずもない。






" つき合ってはいませんけど、好きな人ならいます "


数ヶ月前ならまだ私は潤一さんの愛人だった。


今は家事代行サービス+セフレ。


これからどうすればいい?


潤一さんにはこれからステキな恋人が出来るだろう。


そして、いずれは結婚する。


そうなったら私はお払い箱だ。



潤一さんは躊躇《ためら》うような人じゃない。


一度そういう目に遭っているから分かっている。


近い将来、私は間違いなく棄てられる。









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