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新しい病院で
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*遼介*
レモンイエローのフレアーをひるがえして、彩矢ちゃんはマンションへ駆けていった。
彩矢ちゃんの気持ちも考えないで、どうしてあんなことが出来たんだ。
いくら、拒まなかったからといって。びっくりして動けなかったのかも知れないのに。
かなり自暴自棄になっていた自分に気づく。松田先生にバレてもいい、バレた方がいい、彩矢ちゃんが離婚されて、俺のところに来てくれたら……。
そんな思いがあって逢いに来てしまった。
あんなことをして、彩矢ちゃんは怒っているかな。ひどく傷つけてしまったのかも知れない。
車に戻り、自宅アパートへ向かう。
途中、やっぱり謝ったほうがいい気がして、道路わきへ停車した。
電話をしてみると、LINEは早くもブロックされていた。
ひどくショックを受けて、あまりに軽率だった行動を深く後悔する。
もう二度と逢ってはくれない気がした。
意気消沈してアパートへ帰ると、有紀がいつになく明るい笑顔で迎えてくれた。
だけど今日はそれが鬱陶しく感じられて仕方がなかった。ご飯はいらないといって、すぐに風呂へ直行する。
風呂からあがると、有紀が待ちかまえていたように話しかけて来た。
どうしたというのか?
ずっと不機嫌で、無視していたのに。
姉貴が元気のない俺を心配をして、電話をくれたとのことだ。
実家であんなに元気に振る舞っていたのに、母も姉貴もお見通しだったというわけか。
どこまでも、いつまでたっても頼りない男なんだな。
彩矢ちゃんに完全に拒否されて、今はさらに失意のどん底にいる。
有紀がまだなにか言いたげに話しかけて来たけれど、とても聞いていられなかった。
疲れているからもう寝ると言って、寝室へ逃げた。
ベッドへ横になり、涙を浮かべていた彩矢ちゃんの顔を思い出していた。
ごめん、彩矢ちゃん……。
しばらくすると、有紀がベッドへ入ってきたので、寝たふりをする。
なにを思ったのか、すり寄ってきたので慌てた。
今まで、ずっと拒否し続けていたのに……。
谷さんはもうすぐ結婚してしまうから、諦めたということか。
だからって、……。
俺はもうそんな気にはなれない。
今日から新しい病院での勤務が始まる。
色々な科がある、中規模な総合病院だ。
真新しいユニホームに着替える。久しぶりの白衣に新鮮な喜びを感じた。五十代後半ぐらいか? 白髪混じりの事務長に各部所を案内され、挨拶まわりに連れていかれる。
三人の医師を紹介された。医師との相性が一番重要だけれど、普通の常識的な医師に見えたので、とりあえずホッとする。
外来、薬局、事務室、検査室、リハビリ等をまわって、一番緊張する病棟が最後だった。
ナースステーションでは、ちょうど申し送り前の朝のミーティングが始まっていて、たくさんの職員が勢ぞろいしていた。
連絡事項が終わったところで、事務長から紹介される。
「放射線の新しい技師さんです、」
事務長から簡単に振られた。
一斉の注目とともに、どよめきが起こる。
「うひゃ~、めっちゃイケメン!」
こんなことを恥じらいもなく大声で言うのは、いつも中年のおばちゃんナースだ。
「あ、佐野 遼介です。よろしくお願いします」
そう言って軽く頭をさげた。
「 佐野さ~ん、あとで胸の写真撮ってもらうからよろしくね~~!」
中年太りした化粧の濃いナースがウインクをして言うと、ギャハハハとナース達から笑い声があがった。
イケメンなどとはやし立てるけれど、ウケを狙っているだけだろう。別段、俺に興味がある訳ではない。いつものようにおちょくられて、ナースステーションを後にした。
仕事内容はほとんど変わらないので、職員にさえ慣れれば、特に問題はないように思われる。
夕方、今日の仕事はほぼ終わり、自販機で飲み物を買っていたら、背後から声をかけられた。
「あら、佐野さんじゃない!」
振り返ってみると、以前同じ病院だった北村沙織だった。
「あ、北村。ここの病院だったのか」
「まだ、来たばかりよ。一週間前に」
今時のナースは白衣をばかりではない。ほっそりとした北村は、濃紺のユニホームが似合っていた。
相変わらず見た目は綺麗だが、なにか企んでいそうな、危ない気配を感じる女だ。
「そうか、俺は今日からなんだけど」
「へ~ 奇遇ね、色々話したいこともあるし、今度飲みに行きましょうよ」
「えっ、あ、う、うん」
さすがに即座には断れず、あいまいな返事で誤魔化す。
「今日はこれから夜勤なの。じゃあね!」
北村が結婚退職して、東京へ行ったのは四年前だったかな? 離婚をして戻ってきたのだろうか? とにかく、あまり関わりたくない感じの女だ。
まぁ、それ以外は特に問題もなく初日の仕事を終えた。やはり、宅配の仕事よりは楽だし、向いていると思った。やりがいと、楽しささえ感じられる。
この病院でずっと働けたらいいけれど。
彩矢ちゃんも働きたいと言っていたけれど、どこの病院で働くのだろう。
二人の子供を、保育所に預けて働くのは大変だろうな。
五時半を過ぎてタイムカードを押し、更衣室で着替える。
職員通用口から外に出ると、九月になって少し日は短くなってはいるものの、日没前のこんな明るいうちに帰れることに驚く。
以前なら家に帰ると、食べて風呂に入って寝るだけだったけれど。
早く帰ってなにをしよう……。
有紀ももうアパートに帰っているのだろうか。あまり早く帰りたくない。今の二人の状況で、あの狭いアパートは居心地が悪すぎる。
パチンコでもして帰ろうかと思ったけれど、ギャンブルはやっぱりやめておこうと思い、本屋に立ち寄る。
雑誌を数冊立ち読みしたあと、文庫本を二冊買って、アパートへ帰った。
アパートの玄関をあけると見慣れない靴が二足あった。誰が来てるのだろう。
リビングへのドアを開けると、室蘭の両親がソファに座っていた。
「どうしたんだよ、急に!」
心配げに俺を見つめる両親に、思わず叫んでいた。
レモンイエローのフレアーをひるがえして、彩矢ちゃんはマンションへ駆けていった。
彩矢ちゃんの気持ちも考えないで、どうしてあんなことが出来たんだ。
いくら、拒まなかったからといって。びっくりして動けなかったのかも知れないのに。
かなり自暴自棄になっていた自分に気づく。松田先生にバレてもいい、バレた方がいい、彩矢ちゃんが離婚されて、俺のところに来てくれたら……。
そんな思いがあって逢いに来てしまった。
あんなことをして、彩矢ちゃんは怒っているかな。ひどく傷つけてしまったのかも知れない。
車に戻り、自宅アパートへ向かう。
途中、やっぱり謝ったほうがいい気がして、道路わきへ停車した。
電話をしてみると、LINEは早くもブロックされていた。
ひどくショックを受けて、あまりに軽率だった行動を深く後悔する。
もう二度と逢ってはくれない気がした。
意気消沈してアパートへ帰ると、有紀がいつになく明るい笑顔で迎えてくれた。
だけど今日はそれが鬱陶しく感じられて仕方がなかった。ご飯はいらないといって、すぐに風呂へ直行する。
風呂からあがると、有紀が待ちかまえていたように話しかけて来た。
どうしたというのか?
ずっと不機嫌で、無視していたのに。
姉貴が元気のない俺を心配をして、電話をくれたとのことだ。
実家であんなに元気に振る舞っていたのに、母も姉貴もお見通しだったというわけか。
どこまでも、いつまでたっても頼りない男なんだな。
彩矢ちゃんに完全に拒否されて、今はさらに失意のどん底にいる。
有紀がまだなにか言いたげに話しかけて来たけれど、とても聞いていられなかった。
疲れているからもう寝ると言って、寝室へ逃げた。
ベッドへ横になり、涙を浮かべていた彩矢ちゃんの顔を思い出していた。
ごめん、彩矢ちゃん……。
しばらくすると、有紀がベッドへ入ってきたので、寝たふりをする。
なにを思ったのか、すり寄ってきたので慌てた。
今まで、ずっと拒否し続けていたのに……。
谷さんはもうすぐ結婚してしまうから、諦めたということか。
だからって、……。
俺はもうそんな気にはなれない。
今日から新しい病院での勤務が始まる。
色々な科がある、中規模な総合病院だ。
真新しいユニホームに着替える。久しぶりの白衣に新鮮な喜びを感じた。五十代後半ぐらいか? 白髪混じりの事務長に各部所を案内され、挨拶まわりに連れていかれる。
三人の医師を紹介された。医師との相性が一番重要だけれど、普通の常識的な医師に見えたので、とりあえずホッとする。
外来、薬局、事務室、検査室、リハビリ等をまわって、一番緊張する病棟が最後だった。
ナースステーションでは、ちょうど申し送り前の朝のミーティングが始まっていて、たくさんの職員が勢ぞろいしていた。
連絡事項が終わったところで、事務長から紹介される。
「放射線の新しい技師さんです、」
事務長から簡単に振られた。
一斉の注目とともに、どよめきが起こる。
「うひゃ~、めっちゃイケメン!」
こんなことを恥じらいもなく大声で言うのは、いつも中年のおばちゃんナースだ。
「あ、佐野 遼介です。よろしくお願いします」
そう言って軽く頭をさげた。
「 佐野さ~ん、あとで胸の写真撮ってもらうからよろしくね~~!」
中年太りした化粧の濃いナースがウインクをして言うと、ギャハハハとナース達から笑い声があがった。
イケメンなどとはやし立てるけれど、ウケを狙っているだけだろう。別段、俺に興味がある訳ではない。いつものようにおちょくられて、ナースステーションを後にした。
仕事内容はほとんど変わらないので、職員にさえ慣れれば、特に問題はないように思われる。
夕方、今日の仕事はほぼ終わり、自販機で飲み物を買っていたら、背後から声をかけられた。
「あら、佐野さんじゃない!」
振り返ってみると、以前同じ病院だった北村沙織だった。
「あ、北村。ここの病院だったのか」
「まだ、来たばかりよ。一週間前に」
今時のナースは白衣をばかりではない。ほっそりとした北村は、濃紺のユニホームが似合っていた。
相変わらず見た目は綺麗だが、なにか企んでいそうな、危ない気配を感じる女だ。
「そうか、俺は今日からなんだけど」
「へ~ 奇遇ね、色々話したいこともあるし、今度飲みに行きましょうよ」
「えっ、あ、う、うん」
さすがに即座には断れず、あいまいな返事で誤魔化す。
「今日はこれから夜勤なの。じゃあね!」
北村が結婚退職して、東京へ行ったのは四年前だったかな? 離婚をして戻ってきたのだろうか? とにかく、あまり関わりたくない感じの女だ。
まぁ、それ以外は特に問題もなく初日の仕事を終えた。やはり、宅配の仕事よりは楽だし、向いていると思った。やりがいと、楽しささえ感じられる。
この病院でずっと働けたらいいけれど。
彩矢ちゃんも働きたいと言っていたけれど、どこの病院で働くのだろう。
二人の子供を、保育所に預けて働くのは大変だろうな。
五時半を過ぎてタイムカードを押し、更衣室で着替える。
職員通用口から外に出ると、九月になって少し日は短くなってはいるものの、日没前のこんな明るいうちに帰れることに驚く。
以前なら家に帰ると、食べて風呂に入って寝るだけだったけれど。
早く帰ってなにをしよう……。
有紀ももうアパートに帰っているのだろうか。あまり早く帰りたくない。今の二人の状況で、あの狭いアパートは居心地が悪すぎる。
パチンコでもして帰ろうかと思ったけれど、ギャンブルはやっぱりやめておこうと思い、本屋に立ち寄る。
雑誌を数冊立ち読みしたあと、文庫本を二冊買って、アパートへ帰った。
アパートの玄関をあけると見慣れない靴が二足あった。誰が来てるのだろう。
リビングへのドアを開けると、室蘭の両親がソファに座っていた。
「どうしたんだよ、急に!」
心配げに俺を見つめる両親に、思わず叫んでいた。
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