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実家に帰省して
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*遼介*
いつにも増して、今朝の有紀は機嫌が悪かった。
昨日、呑んだくれて帰ったのが原因だと思うが、家にいようと、遅く帰ってこようと会話なんてないじゃないか。
今年は一緒に両家の墓参りも出来そうもないけれど、せっかくのお盆休みだし、一人だけでも室蘭へ墓参りに行ってこようかと思う。
有紀にはLINEで実家の墓参りに行ってくるので、帰りは遅くなると伝えた。
車を運転しながら、なんとはなしに両親への言い訳を考えていた。
どうして二人で墓参りに来ないのか、両親も姉貴も不思議に思うだろう。
両親には出来るだけ心配をかけたくなかった。
子供の頃は病弱で、よく高熱を出しては痙攣を起こして、母を慌てさせたらしい。
高校生の時、付き合っていた女の子に強姦されたと訴えられ、自主退学させられた俺は、高二の秋から一年間、引きこもりになった。
あまりにもひどい不名誉な噂が怖くて、家から一歩も外に出られなくなったのだ。
一年後、やっと少し立ち直り、大検を受けて札幌の医療系大学へ進学が決まったときは、本当に嬉しかった。この町からやっと出られると思って。
なので、両親には本当に心配ばかりかけてきた。
有紀のことは、家族みんながとても気に入ってくれた。早く子供を作って孫の顔を見せてあげられていたら、お盆の帰省もどんなにか楽しいものだったろう。
孫はすでにいるけれど、悠李を会わせることは多分一生ないだろうな。
大きくなっている孫を、いきなり見せられても、面食らうだろう。
両親を早く安心させてやりたかったのに。
~♪ And it’s me you need to show?
How Deep Is Your Love ~ ♪
FMから流れてきた懐かしい曲。
昔、父がよく聴いていた、
” 愛はきらめきの中に ,, というアメリカンポップ。
♪~ How deep is your love, How deep is your love? How Deep Is Your Love? I really need to learn ~♪
( 君の愛はどのくらい? どれだけ深く愛してくれている? どうしても知っておきたいんだ。僕に教えてくれないか、君の愛がどれほど深いものかを )
歌の歌詞が身にしみる。
愛……なんて不確かなもの。
俺の愛がたりなかったのか?
有紀にとっては、谷さんの愛の方がずっと深かったということなのか……。
そうだったのかも知れない。
彩矢ちゃんのことは早く忘れてしまいたくて、その苦しさから逃れるために、有紀へ逃避したところもあったのかも知れない。
悠李が行方不明になって、俺を頼って泣いていた彩矢ちゃんを抱きしめたとき、苦しく、せつない記憶がタイムスリップした。
だけど、この間、突然彩矢ちゃんから別れを告げられて、かなり落ち込んでいる。
彩矢ちゃんを避けていたのは自分の方だったのに……。
俺にも有紀の浮気を責める資格はもうないのだろう。
二人の女に愛想を尽かされて、生きていることさえも嫌になってくる。
だから、実家へ帰りたくなったのだろうか。俺のことを無条件で愛してくれる家族に癒されたいがために……。
二時間ほどで室蘭の実家に着いた時にはお昼を過ぎていた。
玄関のブザーを押す。
玄関前のプランターにミニひまわりが、可愛らしく並んで咲いていた。
インターホンから母の声が聞こえた。
一人でお盆帰省という惨めさに、暗くなりがちな自分に気づき、あわてて笑顔をつくった。
玄関のドアが開き、母が顔を出した。
「あら、遼介、今日来るんだったの?」
突然の来訪に驚いてはいても、とても嬉しそうな母の顔。
「ちょっと気が向いたから、ドライブがてら来てみたんだ」
「有紀さんは? 一緒じゃないの?」
玄関で靴をぬぎ、リビングへ向かう。
「有紀は今日は仕事で、休みが一緒に取れなかったから、室蘭には来られなくて……」
「そうだったの。それは残念ね」
母がさほど疑いもせずに納得してくれたようなので、ホッとする。
父もお盆休みなのか家にいて、本を読んでいた。
「遼介、なんだ、おまえ一人か?」
父は有紀が一緒じゃないので、いかにも残念そうな顔をした。
「もう、墓参りには行ったのかい?」
「13日に行ってきたよ。昼飯はまだだろう。食べてから、あとでまた行こう」
「うん、姉貴は来てるのかい?」
「二階の部屋にいるんじゃないかな。明日、東京へ帰るって行ってたけど」
「いいなぁ、商社は。ちゃんとお盆の休暇がもらえて」
そんな話をしていたら、姉貴が二階から降りて来た。
「あら、遼介来てたの? 有紀さんは仕事?」
「う、うん」
「なんだぁ、残念ね~、あら、遼介痩せたわね。 宅配の仕事は大変なんじゃない?まだ続けるの?」
「いや、来月からまたレントゲンの仕事に戻るよ。北区の病院で」
「そうなの。良かったじゃない。有紀さん、帰りが遅くてって、嘆いてたもの」
有紀の話はあまりして欲しくなかった。
「そうめん出来たわよ。食べましょう」
冷たいそうめんをみんなで食べた。家族四人で食卓を囲んだことがひどく懐かしく、子供時代を思い出す。
俺自体はかなり心配をかけた子だったけれど、それでも穏やかないい家庭だったと思う。
偉大とは言えないけれど、誠実な尊敬できる父。少し呑気でそそっかしくも、おおらかで優しい母。さっぱりとした気性の聡明な姉貴。
こんな当たり前の普通の家庭を、自分たちも作れるのだと簡単に考えていた。
長い結婚生活の中で父と母にも、俺たちにはうかがい知ることの出来ない葛藤などがあったのだろうか。
それは一体どうやれば乗り越えていけるものなのだろう。
午後、父の運転する車に乗って、家から15分ほどの墓地で墓参りをした。
佐野家代々の墓。
何世代のご先祖様が、この墓の中に眠っているのかは知らないけれど、この墓に有紀は入らないのだろうなと、なんとなく漠然とそう思った。
せっかく来たのだからと、母が寿司の出前を取ってくれたので、夕飯を食べてから室蘭の実家を出た。
有紀にはLINEで晩飯はいらないと伝えた。
自宅アパートへ帰る途中、彩矢ちゃんの実家へ寄ってみたくなる。だけど、見つかっても困るし、松田先生とあんなことになって、彩矢ちゃんにとっては迷惑なことだったのだから。
松田先生はいつアメリカへ立つのだろう。
離婚はやっぱり避けられないのだろうか。
彩矢ちゃんにそれを確かめてみたところで、なにをしてやれるわけでもないし。
彩矢ちゃんは悠李を忘れないでいてもらいたかっただけなんだ。俺とまた、どうにかなりたいなんて気持ちがあったわけではないんだから……。
いつにも増して、今朝の有紀は機嫌が悪かった。
昨日、呑んだくれて帰ったのが原因だと思うが、家にいようと、遅く帰ってこようと会話なんてないじゃないか。
今年は一緒に両家の墓参りも出来そうもないけれど、せっかくのお盆休みだし、一人だけでも室蘭へ墓参りに行ってこようかと思う。
有紀にはLINEで実家の墓参りに行ってくるので、帰りは遅くなると伝えた。
車を運転しながら、なんとはなしに両親への言い訳を考えていた。
どうして二人で墓参りに来ないのか、両親も姉貴も不思議に思うだろう。
両親には出来るだけ心配をかけたくなかった。
子供の頃は病弱で、よく高熱を出しては痙攣を起こして、母を慌てさせたらしい。
高校生の時、付き合っていた女の子に強姦されたと訴えられ、自主退学させられた俺は、高二の秋から一年間、引きこもりになった。
あまりにもひどい不名誉な噂が怖くて、家から一歩も外に出られなくなったのだ。
一年後、やっと少し立ち直り、大検を受けて札幌の医療系大学へ進学が決まったときは、本当に嬉しかった。この町からやっと出られると思って。
なので、両親には本当に心配ばかりかけてきた。
有紀のことは、家族みんながとても気に入ってくれた。早く子供を作って孫の顔を見せてあげられていたら、お盆の帰省もどんなにか楽しいものだったろう。
孫はすでにいるけれど、悠李を会わせることは多分一生ないだろうな。
大きくなっている孫を、いきなり見せられても、面食らうだろう。
両親を早く安心させてやりたかったのに。
~♪ And it’s me you need to show?
How Deep Is Your Love ~ ♪
FMから流れてきた懐かしい曲。
昔、父がよく聴いていた、
” 愛はきらめきの中に ,, というアメリカンポップ。
♪~ How deep is your love, How deep is your love? How Deep Is Your Love? I really need to learn ~♪
( 君の愛はどのくらい? どれだけ深く愛してくれている? どうしても知っておきたいんだ。僕に教えてくれないか、君の愛がどれほど深いものかを )
歌の歌詞が身にしみる。
愛……なんて不確かなもの。
俺の愛がたりなかったのか?
有紀にとっては、谷さんの愛の方がずっと深かったということなのか……。
そうだったのかも知れない。
彩矢ちゃんのことは早く忘れてしまいたくて、その苦しさから逃れるために、有紀へ逃避したところもあったのかも知れない。
悠李が行方不明になって、俺を頼って泣いていた彩矢ちゃんを抱きしめたとき、苦しく、せつない記憶がタイムスリップした。
だけど、この間、突然彩矢ちゃんから別れを告げられて、かなり落ち込んでいる。
彩矢ちゃんを避けていたのは自分の方だったのに……。
俺にも有紀の浮気を責める資格はもうないのだろう。
二人の女に愛想を尽かされて、生きていることさえも嫌になってくる。
だから、実家へ帰りたくなったのだろうか。俺のことを無条件で愛してくれる家族に癒されたいがために……。
二時間ほどで室蘭の実家に着いた時にはお昼を過ぎていた。
玄関のブザーを押す。
玄関前のプランターにミニひまわりが、可愛らしく並んで咲いていた。
インターホンから母の声が聞こえた。
一人でお盆帰省という惨めさに、暗くなりがちな自分に気づき、あわてて笑顔をつくった。
玄関のドアが開き、母が顔を出した。
「あら、遼介、今日来るんだったの?」
突然の来訪に驚いてはいても、とても嬉しそうな母の顔。
「ちょっと気が向いたから、ドライブがてら来てみたんだ」
「有紀さんは? 一緒じゃないの?」
玄関で靴をぬぎ、リビングへ向かう。
「有紀は今日は仕事で、休みが一緒に取れなかったから、室蘭には来られなくて……」
「そうだったの。それは残念ね」
母がさほど疑いもせずに納得してくれたようなので、ホッとする。
父もお盆休みなのか家にいて、本を読んでいた。
「遼介、なんだ、おまえ一人か?」
父は有紀が一緒じゃないので、いかにも残念そうな顔をした。
「もう、墓参りには行ったのかい?」
「13日に行ってきたよ。昼飯はまだだろう。食べてから、あとでまた行こう」
「うん、姉貴は来てるのかい?」
「二階の部屋にいるんじゃないかな。明日、東京へ帰るって行ってたけど」
「いいなぁ、商社は。ちゃんとお盆の休暇がもらえて」
そんな話をしていたら、姉貴が二階から降りて来た。
「あら、遼介来てたの? 有紀さんは仕事?」
「う、うん」
「なんだぁ、残念ね~、あら、遼介痩せたわね。 宅配の仕事は大変なんじゃない?まだ続けるの?」
「いや、来月からまたレントゲンの仕事に戻るよ。北区の病院で」
「そうなの。良かったじゃない。有紀さん、帰りが遅くてって、嘆いてたもの」
有紀の話はあまりして欲しくなかった。
「そうめん出来たわよ。食べましょう」
冷たいそうめんをみんなで食べた。家族四人で食卓を囲んだことがひどく懐かしく、子供時代を思い出す。
俺自体はかなり心配をかけた子だったけれど、それでも穏やかないい家庭だったと思う。
偉大とは言えないけれど、誠実な尊敬できる父。少し呑気でそそっかしくも、おおらかで優しい母。さっぱりとした気性の聡明な姉貴。
こんな当たり前の普通の家庭を、自分たちも作れるのだと簡単に考えていた。
長い結婚生活の中で父と母にも、俺たちにはうかがい知ることの出来ない葛藤などがあったのだろうか。
それは一体どうやれば乗り越えていけるものなのだろう。
午後、父の運転する車に乗って、家から15分ほどの墓地で墓参りをした。
佐野家代々の墓。
何世代のご先祖様が、この墓の中に眠っているのかは知らないけれど、この墓に有紀は入らないのだろうなと、なんとなく漠然とそう思った。
せっかく来たのだからと、母が寿司の出前を取ってくれたので、夕飯を食べてから室蘭の実家を出た。
有紀にはLINEで晩飯はいらないと伝えた。
自宅アパートへ帰る途中、彩矢ちゃんの実家へ寄ってみたくなる。だけど、見つかっても困るし、松田先生とあんなことになって、彩矢ちゃんにとっては迷惑なことだったのだから。
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離婚はやっぱり避けられないのだろうか。
彩矢ちゃんにそれを確かめてみたところで、なにをしてやれるわけでもないし。
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