六華 snow crystal 3

なごみ

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有紀への不信

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*遼介*

配達の合間に、ハローワークで紹介された、北区にある病院の放射線技師の面接を受けた。


すぐに採用の返事がもらえて、来月一日から来て欲しいと言われた。


ホッと胸をなでおろす。


有紀は喜んでくれるだろうか。それとも、俺の仕事のことなど、もうどうでもいいのだろうか。


この間、彩矢ちゃんから電話があって、真夜中に会いに行ってしまったこともあり、有紀との距離は離れていく一方だ。


彩矢ちゃんも離婚になるかもしれないと言っていた。この秋には家族でアメリカに行くと決めていたのに。


悠李に何もしてあげられないどころか、幸せの邪魔までしてしまったんだ。


未練たらしく会いに行ったりしたせいで、養ってくれていた父親まで奪ってしまう結果になった。


彩矢ちゃんは保育所に預けて働きたかったなんて言っていたけれど、そんなわけはないだろう。


二人の子を抱えたシングルマザーは大変に決まっている。離婚はどうしても回避できないのだろうか。


結局、どっちの女も幸せに出来なかった。


だけど、どうすることが良かったのか未だにわからない。今になってみれば、どっちも中途半端だったのだろう。


彩矢ちゃんは松田先生に未練はないのだろうか。上手くいってないと言っていたけれど、別れて寂しくはないのだろうか。


白いレースの涼しげなワンピースを着ていた彩矢ちゃんは、相変わらず可憐で可愛らしかった。


とても、二児の母には見えない……。


心のどこかで彩矢ちゃんに何かを期待していた自分がいた。だけど、あまりにあっさりと別れを告げられ、拍子抜けする。


この間、あんなに泣いて、俺にすがって頼ってくれていたというのに。


彩矢ちゃんに一体なにを言って欲しかったのだろう。


もっと俺に頼ってもらいたかったのかも知れない。自信を取り戻すために。


そのくせ、有紀と別れることには脅えているんだ。どこまでも勝手で幼稚だ。


有紀が逃げたくなるのも無理もない気がする。







谷さんが書いた『海に落ちた雪』という小説を読んでみる。


読み進めていくと、どうも大手企業で働く男女の社内恋愛のようだ。


主人公が片思いをしている女性社員がなんとなく有紀に似ている。


話し方や、大げさなリアクションと身振りやそぶり、どこかズッコケているけれど、明るく優しい。


そんな笑える女の子が片思いをしているのは、同期で同じプロジェクトを任されている、超イケメン。


だけど、社内で一番人気のその彼が愛しているのは、課長と不倫関係になっている、一途で健気な女の子。


読んでいて、どこかバカにされているような腹立たしさを感じるものの、受賞作なだけに読みやすく、悲恋ではあるけれど、ユーモアとリアリティもあって、二時間ほどで面白く読み終えた。


このお茶目な女の子に片思いをしている主人公は、谷さんなのだろう。


実際の谷さんは女たらしで、真剣に女性を愛するようなタイプとは思えなかったけれど、小説の中では随分と熱烈に女の子に恋い焦がれ、翻弄される道化役に仕立てられている。


有紀と谷さんとの間にどんな恋愛感情があったのか、今頃になって気にかかる。


もしかすると、谷さんにとって有紀は、唯一落とすことのできなかった女性だったのかも知れない。


小説なんかで、こんな熱烈な気持ちを伝えられたら、ロマンチックなことに憧れる女など、一発で参ってしまうだろう。


谷さんにそんな思惑まであって、この小説を書いたとは思いたくはないけれど、こんなものを今さら読ませて何がしたいのか。秋には結婚するというのに。


最近ずっと有紀が憂鬱になっているのはこのせいだろう。


上手くいかなくなっている原因はこれだけではないけれど、嫉妬も手伝ってか、谷さんに腹が立って仕方がなかった。


有紀にも腹が立った。


いくら彩矢ちゃんとの間に子供がいたとしても、それは結婚してから気づいたことじゃないか。


浮気をして作ったわけじゃないんだ。なのに悪いのは全部、俺だというのか。


浮気をしていたのはむしろ有紀の方だろう。


そんなに谷さんが忘れられないなら、谷さんのところでも、どこへでも行けばいい。


もう、勝手にしろ!







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