六華 snow crystal 3

なごみ

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美容室へ行って

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*有紀*

土曜の休日。


遼介は今日も仕事へ行ったので、一日なにをして過ごそうかと考える。


鏡をみると半年も美容室へ行ってない髪型。


いくら普段はゴムで縛っているからといっても、だらしなく見えた。


美容室へ電話をし、予約をとる。


ついでにショッピングでもしようか。


まだ、26歳なのだ。貯蓄だけが楽しみなんて寂しすぎでしょ。


遼介の仕事は安定しているとは言えないけれど、真面目に働いてくれているし、ヒモになるようなタイプではないと思う。


少しはおしゃれをしてみよう。


どんなに頑張ったところで、麗奈さんの足元にも及ばないけれど。


美容室で待っている間、ヘアーカタログを見ていたら、気に入った髪型をみつけた。


軽くウェーブがかかったセミロング。


名前を呼ばれてシャンプーをしてもらい、ヘアーカタログで見たのと同じにして欲しいと頼んだ。


「はい、わかりました。じゃあ、5センチほど切って、パーマをかけますね。カラーリングもなさいますか?  このヘアスタイルだと地毛のままでは、ちょっと重すぎるかと、、」


カラーリングなどしたことないけれど、この際なんでもしてみようと言う気になった。


「じゃあ、カラーリングもお願いします」


明るすぎない落ち着いた色を選んだ。


パーマとカラーリングでかなりの時間を美容室で過ごした。


普段は見もしない、週刊誌やフッション雑誌に目を通す。


フッション雑誌のモデルは、当然スタイルが良く美人だったが、麗奈さんの方がずっと美しく魅力的に感じられた。


生で見ているから、特にそう感じるのかも知れないけれど。


谷さんは麗奈さんの一体なにが不満だと言うのか?


あの麗奈さんが結婚前にあんなに不安な気持ちでいたなんて。


麗奈さんの取り越し苦労でしょ。


たしかに谷さんの書いた本は、片思いの女の子(わたし)への情熱的な想いにあふれていたけれど。


ノンフィクションとは言っていたけれど、実際はずいぶん違う。


書いているうちに、私を理想化して作り上げていたように思える。


実際の私が登場なんてしたら、どうしたってお笑いにしかならないのだから。


だから、麗奈さんが心配するようなことなど、私と谷さんの間にはもう、何もないのに。


亜美さんとの結婚を邪魔してしまったのは事実だけれど……。





仕上がった髪型をクリエイターさんが、鏡をもって後ろからも見せてくれる。


思ってた以上によく似合って満足した。


料金が12000円プラス消費税となり、小心者には痛い出費だったけれど、心は晴れやかだった。


ショウウィンドウに映る素敵な髪型の自分にうっとりして、この髪型に似合う洋服も買いたくなった。


大丸の二階と三階のフロアーを見てまわる。


八月が過ぎたばかりでまだ暑いけれど、もう秋物の洋服が飾られていた。


やはりデパートのものはデザインが素敵だなとは思うけれど……。


最近はずっとGUやユニクロですませていることが多いため、あまりに高額な値札に気持ちが萎える。


だけど、少しはまともな洋服だって必要だし。


このアンサンブルのセットワンピース、試着してみようかな。5万7千円(税別)


ハンガーにかかった洋服を、身体にあてて鏡をのぞいていたら、


「よかったら、ご試着いかがですか?」


品の良さそうな女店員に声をかけられた。


試着してしまったら、本当に買ってしまいそうな気がして躊躇する。


「ごめんなさい、もうちょっと違うのも見てからにしますね」


苦笑いをして、売り場から離れた。




見るのはタダと思い、高級ブランドのショップものぞいて見るが、庶民には桁が違いすぎた。


だけど、まだ店頭に夏物が半額で売られていて、それでもまだ高いけどと思いながら、眺める。


シンプルでとっても素敵な濃紺のワンピースを見つける。


半額でも4万6千円。


でも、このデザインなら流行りもなさそうだし、


「すみません、これ試着してみたいんですけど、」


この数ヶ月、色々なことがあって食欲もなく、痩せていたのですんなりと入った。


「とってもよくお似合いですよ」


お世辞とは思いつつも、気にいったので購入することにした。


これなら夏物だから明日にだって着れそう。


似合う髪型にステキな洋服とくれば、バッグと靴も欲しくなり、それらも買ってアパートへ着いたら、もう夕方の5時になっていた。




買ったものをウォークインクローゼットの棚に片づけて、久しぶりにウキウキした気分で夕食を作った。


玉ねぎの皮をむきながら、谷さんはこのヘアスタイルに気づいてくれるかな。可愛くなったねって言ってくれるかな、などと不埒な考えが浮かんだ。


なぜ、遼介じゃなくて谷さんなの。


ーーこんな自分が悲しかった。





週が明けて、月曜の昼休み、食堂から出たところで谷さんから声をかけられた。


「あれっ、誰かと思ったら有紀ちゃん。随分、可愛らしくなったんだな。どうしたんだい、イメチェンなんかして?   愛人でもできた?」


やっぱり鈍感な遼介とは違う。ほめられて素直に嬉しい。


最近、気もそぞろな遼介は、私の髪型などには全く気づいてくれなかった。


「…………」


恥ずかしくなって、いつものような冗談も言えずにうつむく。


「有紀ちゃん、これ招待状なんだけど受け取ってくれるかな?」


光沢のある手ざわりの良い白い封筒を差し出し、今度は谷さんが照れたように微笑む。


ーーとうとう、披露宴の招待状。


「もちろん!  すっごく楽しみ~~、豪華で素敵な披露宴なんだろうな。私も余興はりきってやるから、谷さんも楽しみにしててね!」


落胆を悟られないように、明るく元気に振る舞う。


「有紀ちゃんの余興を見ながら、自分の披露宴かぁ、なんか楽しめないなぁ」


本気とも冗談とも取れないようすで、谷さんが呟く。


「ど、どうしてよ、往生際が悪いわね。まだ遊びたりないわけ?  浮かない顔なんかしちゃってさ、本当は嬉しくて仕方がないくせに、素直じゃないんだから。そんなんじゃ麗奈さんに逃げられちゃうわよ!」


「麗奈ちゃん、逃げてくれないかなぁ。本当に僕なんかのどこがいいのかな。大学を卒業したばかりだっていうのにさ。……本当は結婚するつもりなんてなかったんだ麗奈ちゃんは。興味本位でお見合いしてみただけだったのに、本気になっちゃって。あんな若さで結婚なんかして、後悔させちゃうような気がしてさ、なんか気が咎めるんだよなぁ」


「……好きな人と結婚できたら女は後悔なんてしないわよ。だけど、谷さんがそんなじゃ麗奈さん可哀想だわ。そんな中途半端な気持ちじゃ、女は幸せになんかなれないもの。半分だけの愛なんていらないわ。そんなんじゃ、そんなんじゃ、幸せになんかなれないんだから!」


思わず、早口でまくし立てた。


私、興奮してなにを言ってるんだろう。


「な、なんか、説得力があるね。やっぱり結婚している有紀ちゃんが言うと重みがあるな。……有紀ちゃん?  有紀ちゃんは今、幸せではないの?」


「…………」


物憂げに見つめる谷さんの問いかけに、答えることが出来ずに駆けだした。


「有紀ちゃん!」


ーーそうだったんだ。


遼介の気持ちが彩矢と子供にとられてしまって、半分だけの遼介には我慢ができなかった。


自分は遼介の妻なのに、立場はまるで愛人みたいだった。


いつか本妻の彩矢のところへ戻ってしまいそうな遼介にずっとおびえて、そんな生活にもう限界を感じていたんだ。


遼介が好きだったのに、あんなに好きだったのに……。



























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