六華 snow crystal 3

なごみ

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悠李への思い

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*遼介*

このところずっと、仕事の合間にハローワークへ寄るようになって、今日やっと放射線技師の募集を見つけることができた。


早速窓口で申し込み、面接日を決めてもらう。


なんとしても採用されたい。


まだ、採用されたわけでもないのに、なんとなく希望が湧いてきて、気持ちも明るくなる。



悠李は見つかったのだろうか。


もっと彩矢ちゃんの力になってあげたいとは思うけれど、頻繁に電話などが来て、会いに行かなければならないとなると、LINEを送るにも手が止まる。


松田先生とはうまくやって行けそうなのだろうか。離婚なんてことになったら、どうすればいいのだろう。


仕事を終え、家に帰るのも気が重い。


真夜中に、彩矢ちゃんからの電話で会いに行ってしまった事実は隠しようもなく、なにも言い訳ができない。


普段は明るい有紀が陰鬱だと、余計に居心地の悪さを感じて、アパートを飛び出したくなる。


うちの方が彩矢ちゃん達より先に、離婚になってしまうのかもしれないな。


暗い気持ちでアパートへ向かう。




アパートの駐車場に車を停めていると、LINEにメッセージの着信音が鳴った。


スマホを開くと、彩矢ちゃんから。


『悠李、見つかりました。心配かけてごめんなさい。ありがとう』


思っていたよりも早く見つかってよかった。一体どこにいたのだろう?


悠李は大丈夫だったのか。


心配で色々と聞きたいのと、アパートへ帰りたくないのとで、思わず電話してしまう。


呼び出し音が2回ほどですぐに彩矢ちゃんが出た。


「佐野さん?  あ、ありがとう。心配かけてごめんなさい」


「見つかってよかった。悠李はどこにいたんだい?」


「それが、莉子ちゃんの家にいたの」


「えっ、莉子の家に!」


妻の浮気を責めていながら、自分は未だに莉子と切れていなかったのだろうか。


「佐野さん、今、家?」


「俺、今仕事が終わって、アパートの駐車場にいるんだけど」


「そうなの、……佐野さん、今から少し会えないかな?  実家に帰る前に、マンションへ着替えを取りに行こうと思って」 


「えっ?  そ、それは、マズイだろう。また松田先生に何されるかわからないし……」


「マンションまで15分くらいで着くと思うの。駐車場で待っていてくれない? ……最後に悠李に会ってもらいたくて」


最後に……。





「わかった。俺が迎えに行こうか?  彩矢ちゃんの実家なら知ってるから」


「ううん、佐野さんの車だとチャイルドシートが付いてないでしょ。それに荷物を取って来たらまた、実家へ引き返すから。じゃあ、15分後に駐車場で」


有紀に内緒でまた会いに行くことへの罪悪感よりも、彩矢ちゃんに ” 最後に ,, と言われたことの方が堪えた。


もう二度と悠李には会えないかも知れないんだ。


エンジンをかけ、彩矢ちゃんのマンションへ向かった。


マンションの空きスペースに、車を停めて降りた。蒸し暑く、生ぬるい風が吹いている。
琴似駅に近い賑わった場所だから、夜、10時半を過ぎても車の通りが多かった。


ここは市街から離れた、うちのアパートの駐車場とはまるで違う。うちのアパートのあの辺は、草が多くて今は虫の声がたくさん聞こえている。


悠李に虫取りなんかもさせてあげたかったな。クワガタや殿様バッタ、それに鬼ヤンマやアブラゼミ。父がよく山に連れて行ってくれて、夏休みの宿題なんかも手伝ってくれたっけ。


懐かしい思い出と、自分の息子にはなにもしてやれない悲しさで、思わず泣けてきた。駐車場に車が入ってきたので、慌てて涙をぬぐう。


白のコンパクトカーから彩矢ちゃんが降りた。


「彩矢ちゃん」


彩矢ちゃんはふんわりとした白いレースの涼しげなワンピースを着ていた。


「佐野さん。悠李、車の中で寝ちゃってるの。見ててもらっていい?  すぐ荷物取ってくるから」


「う、うん」


悠李は運転席の後部座席にある、チャイルドシートで眠っていた。


後部座席に座り、悠李の寝顔を見つめる。



起きてしまうだろうかと思いながらも、恐る恐るそのほおにふれてみた。



すやすやと眠っているあどけない寝顔。
チャイルドシートの横にガチャポンのカプセルが落ちているのを見て、涙が込みあげる。




こんな物しかあげられない父親なんだ、俺は。そう思うと、涙が止まらなかった。悠李のサラサラの頭に濡れたほおを寄せた。ひなたの懐かしい匂いがする。


程なくして、彩矢ちゃんが紙袋を二つ手に下げて戻ってきた。


トランクをあけて荷物を置き、運転席へ座った。


「あ、ありがとう。見ていてくれて。悠李ね、莉子ちゃん家で元気に遊んでた。はじめての日は泣いていたらしいんだけど、ママは病気になっちゃって、会えないんだって言われてたみたいなの。お利口にしてたらママの病気はすぐに治るからって」


「松田先生と莉子はまだ……?」


「ううん、莉子ちゃん、宏樹さんと結婚してた。もうすぐ宏樹さんの赤ちゃんが生まれるの。今、産休に入っていて、潤一とはもう付き合ってはいないって言ってたけど、突然電話が来て、子供預かってくれって頼まれたらしくて」


「…………」


「莉子ちゃんとはこれまで色々あったんだけど、元々はいい人だから。悠李のこと、ちゃんと面倒見てくれてた。時給2千円の約束だから、本当は一週間くらい面倒みたかったんだって。ふふふっ」


「そうか。よかったよ。悠李が怖い思いをしていなくて。トラウマにでもなったら大変だもんな」


松田先生の仕返しがこの程度で、本当によかった。







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