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潤一との闘い
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*彩矢*
悠李がいなくなってから三日が過ぎた。
どこでどうしているのだろう。
どんな人に預けられているのだろう。
もしかしたら、菓子パンなんかの食事を与えられるだけで、ひとりぼっちにされているかも知れないのだ。
泣き叫んで助けを求めている悠李を想像し、居ても立っても居られない気持ちになり、涙があふれる。
病院へ行っても潤一は会ってくれようとはしないし、患者のいる診察室へ入って行くわけにもいかず、途方にくれる。
受付や病棟の師長にお願いしても、伝言はスルーされているようだ。
今朝早めに来て、病棟の回診時間を狙い、待ち伏せをしている。
ナースステーションに潤一の姿はまだ見えない。
午前8時を過ぎた頃、階段を降りてナースステーションへ入って行こうとした潤一をつかまえた。
「悠李をどこへやったの! 悠李を返してよ!」
突然現れ、立ちふさがった私に少したじろいだ。
「な、なんだよ、朝っぱらから。仕事中だぞ、 帰れ、バカッ!」
「悠李をどこへやったのよ、早く返してったら!」
ナースステーションのスタッフが何ごとかと、興味深げに見つめていた。
「あとでな。今忙しいんだよ。昼休みに来いよ」
潤一でも、周りのスタッフの目は気になるのだろうか。意外とあっさり承諾する。
「本当? お昼に来たら教えてくれるのね?」
返事もせずに潤一はナースステーションへ入ってしまった。
お昼まではかなり時間もあるので、一旦実家に戻った。
「悠ちゃん、どこにいるかわかったの?」
実家へ帰ると母の質問責めに悩まされる。
雪花の面倒をみてもらっている手前、邪険にも出来ず、かと言って洗いざらい説明するわけにもいかない。
「仕事中だから、昼休みに来いって」
うつむいて力なく呟く。
「潤一さんはあなたの教育方針に不満でもあるんじゃない? 一体なにがあったか知らないけど子供が可哀想だわ。親のいざこざの犠牲にされちゃって」
悠李が潤一の子供だと思っている両親は、単に教育方針の食い違い程度にしか思っていない。なので、酷い目に合っているなどとは想像もしてなく、かなり呑気だ。
雪花は母から離乳食を食べさせてもらっていた。
「雪ちゃん美味しいねぇ、あら、まだ食べるの? すごい、すごい」
母と雪花のほのぼのとした会話を聞いていると、よけいに焦ってイライラが増した。
離乳食をたくさん食べさせてもらった雪花は、おっぱいを飲む量もかなり減ってきた。
午前11時も過ぎたので、母の車を借りて潤一のいる病院へ向かった。
昼休みに来いと言っていたけれど、 ナースステーションの前で待っていればいいのだろうか?
こんなところで待っていても、潤一は来てくれそうもない気がした。
病棟の看護師に連絡を取ってもらおうと思い、窓口のそばにいた若い男性ナースに声をかけた。
「すみません、あの、松田なんですけど、主人を呼んでいただけないでしょうか? どこにいるのかわからなくて……」
「え? ああ、松田先生ですか? 松田先生はさっきオペに入ったばかりですけど」
「えーっ! オペに? 急患でもあったんですか?」
「あ、いえ、元々予定されていたオペですけど。なにかお急ぎの用事ですか?」
「…………い、いえ、わかりました。結構です」
ーー騙された。
そんなにすぐに教えてくれるとは思っていなかったけれど、簡単に裏切られてもう我慢の限界だった。
このまま泣き寝入りなどしていられるものか!
三階にあるオペ室へ向かう。
手術中の赤いランプがついていた。
Staff only ー関係者以外立ち入り禁止ー
そんなことは重々承知しているけれど、患者とご家族のことを考えると、とんでもないことだと気がとがめるけれど、悠李の泣き叫ぶ声が耳にこだまして、これ以上は耐えられないのだ。
手術部のドアを開けて中へ入ると、心拍数が上がった。
手洗い場を通り過ぎ、手を触れずに自動ドアの開閉ができるフットスイッチを踏み込んだ。
ウィーンとドアの開く音が響き、外回りをしているスタッフが驚いて目を丸くした。
「悠李を返して! 返してったら!」
潤一も顔をあげて唖然とした表情で言葉をなくした。
「バ、バカっ! おまえここがどこだかわからないのか! 」
「悠李をどこにやったのよ、返してったら!」
なりふり構わずに泣き叫んだ。
「早く、そいつをつまみ出せ!」
「お、奥さん、困ります」
外回りの看護師に腕を引かれてオペ室をあとにした。
オペ中に妻が怒鳴り込んでくるなんて、病院中の物笑いの種である。
出世にもどんなにか悪影響を及ぼすだろう。
いい気味だ。悠李を返してくれるまで、何度だってやってやるんだから。
脳外科病棟のナースステーションの前で、潤一を待つ。
看護師たちの好奇の目にさらされている。
やっとオペが終了し、患者の家族にムンテラを終えた潤一が、ナースステーションから出て来た。
目が合ってバチバチと火花が散ったような、殺気を感じた。
一瞬、殴られるかと思ったけれど、さすがに病院でそんなこともできないだろう。
「こっちへ来い!」
誰もいない、階段へ引っ張られた。
「どこまで人の邪魔をすれば気がすむんだよ!」
「悠李を返してくれないなら、もっと、もっと邪魔してあげるわ!」
もう負けないから、あなたの言いなりになんてならないんだから。好戦的な目で睨みつけた。
「ふっ、母親には勝てないよな。悠李はここにいるよ」
急に優しく笑って、潤一はメモをくれた。
「じゃあな。もう、病院へは来るなよ」
そう言って、気だるそうに階段を降りていった。
札幌市豊平区中の島一条 ・・・◯◯ハイツF棟203
すぐに車に乗り、住所をナビに登録して発進した。
今度こそ本当に悠李に会えるだろうか。
悠李、ママすぐに行くからね。
もうすぐ会えるからね。
市営住宅なのだろうか?
同じような建物が5~6棟立ち並んでいた。
F棟の二階へ階段で登り、203号室の前に立つ。子供の泣き声がしていないか耳をそばだてたが、何も聞こえない。
ドキドキしながらドアの横のブザーを押した。
ドアの向こうから「はーい!」と言う、元気な声が聞こえて、ガチャリとドアが開いた。
「り、莉子ちゃん!」
悠李がいなくなってから三日が過ぎた。
どこでどうしているのだろう。
どんな人に預けられているのだろう。
もしかしたら、菓子パンなんかの食事を与えられるだけで、ひとりぼっちにされているかも知れないのだ。
泣き叫んで助けを求めている悠李を想像し、居ても立っても居られない気持ちになり、涙があふれる。
病院へ行っても潤一は会ってくれようとはしないし、患者のいる診察室へ入って行くわけにもいかず、途方にくれる。
受付や病棟の師長にお願いしても、伝言はスルーされているようだ。
今朝早めに来て、病棟の回診時間を狙い、待ち伏せをしている。
ナースステーションに潤一の姿はまだ見えない。
午前8時を過ぎた頃、階段を降りてナースステーションへ入って行こうとした潤一をつかまえた。
「悠李をどこへやったの! 悠李を返してよ!」
突然現れ、立ちふさがった私に少したじろいだ。
「な、なんだよ、朝っぱらから。仕事中だぞ、 帰れ、バカッ!」
「悠李をどこへやったのよ、早く返してったら!」
ナースステーションのスタッフが何ごとかと、興味深げに見つめていた。
「あとでな。今忙しいんだよ。昼休みに来いよ」
潤一でも、周りのスタッフの目は気になるのだろうか。意外とあっさり承諾する。
「本当? お昼に来たら教えてくれるのね?」
返事もせずに潤一はナースステーションへ入ってしまった。
お昼まではかなり時間もあるので、一旦実家に戻った。
「悠ちゃん、どこにいるかわかったの?」
実家へ帰ると母の質問責めに悩まされる。
雪花の面倒をみてもらっている手前、邪険にも出来ず、かと言って洗いざらい説明するわけにもいかない。
「仕事中だから、昼休みに来いって」
うつむいて力なく呟く。
「潤一さんはあなたの教育方針に不満でもあるんじゃない? 一体なにがあったか知らないけど子供が可哀想だわ。親のいざこざの犠牲にされちゃって」
悠李が潤一の子供だと思っている両親は、単に教育方針の食い違い程度にしか思っていない。なので、酷い目に合っているなどとは想像もしてなく、かなり呑気だ。
雪花は母から離乳食を食べさせてもらっていた。
「雪ちゃん美味しいねぇ、あら、まだ食べるの? すごい、すごい」
母と雪花のほのぼのとした会話を聞いていると、よけいに焦ってイライラが増した。
離乳食をたくさん食べさせてもらった雪花は、おっぱいを飲む量もかなり減ってきた。
午前11時も過ぎたので、母の車を借りて潤一のいる病院へ向かった。
昼休みに来いと言っていたけれど、 ナースステーションの前で待っていればいいのだろうか?
こんなところで待っていても、潤一は来てくれそうもない気がした。
病棟の看護師に連絡を取ってもらおうと思い、窓口のそばにいた若い男性ナースに声をかけた。
「すみません、あの、松田なんですけど、主人を呼んでいただけないでしょうか? どこにいるのかわからなくて……」
「え? ああ、松田先生ですか? 松田先生はさっきオペに入ったばかりですけど」
「えーっ! オペに? 急患でもあったんですか?」
「あ、いえ、元々予定されていたオペですけど。なにかお急ぎの用事ですか?」
「…………い、いえ、わかりました。結構です」
ーー騙された。
そんなにすぐに教えてくれるとは思っていなかったけれど、簡単に裏切られてもう我慢の限界だった。
このまま泣き寝入りなどしていられるものか!
三階にあるオペ室へ向かう。
手術中の赤いランプがついていた。
Staff only ー関係者以外立ち入り禁止ー
そんなことは重々承知しているけれど、患者とご家族のことを考えると、とんでもないことだと気がとがめるけれど、悠李の泣き叫ぶ声が耳にこだまして、これ以上は耐えられないのだ。
手術部のドアを開けて中へ入ると、心拍数が上がった。
手洗い場を通り過ぎ、手を触れずに自動ドアの開閉ができるフットスイッチを踏み込んだ。
ウィーンとドアの開く音が響き、外回りをしているスタッフが驚いて目を丸くした。
「悠李を返して! 返してったら!」
潤一も顔をあげて唖然とした表情で言葉をなくした。
「バ、バカっ! おまえここがどこだかわからないのか! 」
「悠李をどこにやったのよ、返してったら!」
なりふり構わずに泣き叫んだ。
「早く、そいつをつまみ出せ!」
「お、奥さん、困ります」
外回りの看護師に腕を引かれてオペ室をあとにした。
オペ中に妻が怒鳴り込んでくるなんて、病院中の物笑いの種である。
出世にもどんなにか悪影響を及ぼすだろう。
いい気味だ。悠李を返してくれるまで、何度だってやってやるんだから。
脳外科病棟のナースステーションの前で、潤一を待つ。
看護師たちの好奇の目にさらされている。
やっとオペが終了し、患者の家族にムンテラを終えた潤一が、ナースステーションから出て来た。
目が合ってバチバチと火花が散ったような、殺気を感じた。
一瞬、殴られるかと思ったけれど、さすがに病院でそんなこともできないだろう。
「こっちへ来い!」
誰もいない、階段へ引っ張られた。
「どこまで人の邪魔をすれば気がすむんだよ!」
「悠李を返してくれないなら、もっと、もっと邪魔してあげるわ!」
もう負けないから、あなたの言いなりになんてならないんだから。好戦的な目で睨みつけた。
「ふっ、母親には勝てないよな。悠李はここにいるよ」
急に優しく笑って、潤一はメモをくれた。
「じゃあな。もう、病院へは来るなよ」
そう言って、気だるそうに階段を降りていった。
札幌市豊平区中の島一条 ・・・◯◯ハイツF棟203
すぐに車に乗り、住所をナビに登録して発進した。
今度こそ本当に悠李に会えるだろうか。
悠李、ママすぐに行くからね。
もうすぐ会えるからね。
市営住宅なのだろうか?
同じような建物が5~6棟立ち並んでいた。
F棟の二階へ階段で登り、203号室の前に立つ。子供の泣き声がしていないか耳をそばだてたが、何も聞こえない。
ドキドキしながらドアの横のブザーを押した。
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「り、莉子ちゃん!」
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