六華 snow crystal 3

なごみ

文字の大きさ
上 下
29 / 61

麗奈さんの不安

しおりを挟む

*有紀*

今日は病棟の同僚たちと一緒におしゃべりしながら昼食を済ませ、ナースステーションへ戻った。


一人で食事などしていても、スタッフの日頃の不満や、病棟の問題点などにも気づけないと思い、食事のついでに何気なく話を聞くことにしている。


まだ若い主任なだけに、話しやすい部分もあるようで、みんな正直に不満や悪口などをぶつけて来る。


午後に検査入院をされる患者の準備などをしていたら、医療ゴミの入った袋を回収していた看護助手の野口さんが、思い出したように言った。


「あ、ごめんなさい、主任さん。お昼休みに面会の方が見えてました」


「えっ、だれ?  患者さんのご家族?」


「違うと思いますけど、西原さんって方。デイルームで待ってますって言ってました」


「西原さん?  わかったわ、デイルームにいるのね」


病棟の廊下に出ると、点滴をぶらさげた棒を押しながら歩く患者と、小走りのせわしないナースとすれ違う。


西原さんって誰かな?


デイルームに人は少なく、六つあるテーブルのひとつに、患者の家族と思われる人達が三人ほど座って話し込んでいた。


窓際のカウンターに並べられた椅子のひとつに、ひとり女性が座って本を読んでいた。


「れ、麗奈さん!」


どうして麗奈さんが?  私に何の用?


私に気づいた麗奈さんが、微笑んで立ちあがった。





上質な麻のニットワンピースを着ている麗奈さんから、爽やかで涼しげな香りが漂う。


ニットのワンピースは、ほっそりとした麗奈さんの女性らしいボリュームも際立たせていた。


麗奈さんは、本当になんて素敵なんだろう。


「有紀さん。ごめんなさい、お忙しいのに」


「あ、い、いえ、なにか、私に?」


洗練された麗奈さんを前に、すっかり舞い上がる。


「あ、私、本当にずっと有紀さんと二人でお話しがしたかったんですよ。今日はお仕事のあと、ご予定ってありますか?  寄り道なんてしたらご主人に叱られちゃいますか?」


「い、いえ、夫はいつも帰りが遅いのでかまいませんけど……」


「よかった。じゃあ、夕方6時でいいですか?  車で迎えに来ますね」


微笑んでそう言うと、麗奈さんはエレベーターがある方角へ歩き出した。


10㎝もありそうな高くて細いヒールのサンダルを履いて、颯爽と歩く麗奈さん。


「じゃあ、有紀さん、待ってますね」


開いたエレベーターに乗って、軽く手を上げて微笑んだ。


私と話したいってなにを?


正直、気が進まなかった。


なぜ断らなかったのだろう。


みじめな思いをするだけなのに。




仕事を終えて一階に降り、何気なく薬局の方を見た。谷さんはもう帰っただろうか。私が麗奈さんに誘われていることを知っているのかな。




帰りを急ぐ日勤者のおしゃべりが騒がしい更衣室で着替える。


飾り気のない白のコットンシャツに、これまたシンプルなカーキ色のフレアースカート。


合皮のショルダーバッグを肩にさげ、ナースシューズを脱いで、色気のないペタンコのベージュサンダルを履く。


麗奈さんはこんな私と一緒で恥ずかしくないかな?


職員通用口を出て、駐車場を見渡した。


おしゃれな白のスポーツカーが走って来て停まった。


「有紀さん! 」


サングラスを外して麗奈さんが微笑んだ。


車にはあまり詳しくはないけれど、ポルシェぐらいはわかる。麗奈さんはこんな車を与えてもらえるようなお嬢様なんだ。


はぁーと、ため息をついて助手席へ乗り込んだ。


高級感あふれる革張りのシートは、座り心地が良かったけれど、私にとっては居心地が悪かった。


「素敵な車ですね。麗奈さんの車なんですか?」


「ええ、免許を取ったときに買ってもらったんですけど、普段はあまり乗らなくて。運転上手じゃないんですよ」


たしかに信号待ちで停車するたびに、体が前後に大きく揺れる。



「お食事イタリアンでもいいですか?  この近くで父が経営しているお店なんですけど」


「あ、は、はい、好き嫌いないのでなんでも大丈夫です」




琴似駅に近いそのイタリアンのお店へ入った。


お店は程よく混んでいたけれど、受付の女性が麗奈さんに気づき、席へ案内してくれた。


落ち着きのあるグリーンを基調にしたイタリア国旗をイメージした内装に、明るくポップな絵がセンス良く描かれている。


「有紀さん、何になさいます?  うちのお店なので遠慮なく」


ボーイが持って来たメニューを麗奈さんが開いた。


麗奈さんは手まで美しい。ほっそりとした長い爪には飾りのないシンプルなネイルが施されていた。


「え、あ、じゃあ、ペスカトーレでお願いします」


「じゃあ、あとは適当に頼んじゃっていいですか?」


そう言って、麗奈さんは2種類のピザとシーフードのサラダ」を頼んだ。



ボーイが立ち去って、一瞬静まりかえった。


「あ、あの、話って?」


食べ終わってからゆっくり聞くべきかとは思ったけれど、気になって仕方がなかった。



「特に話ってないんですよ。ごめんなさい。だだ、有紀さんってどんな方か興味があって、、」


麗奈さんは少し寂しそうにうつむいた。


「なぜ?  谷さんから何か聞いてるんですか?」


「そんなに詳しくは聞いてません。だけど、……私、わかっちゃったんです」


「えっ?  なにが……?」


麗奈さんは一体なにを言おうとしているのだろう。




シーフードのサラダが運ばれて来た。


新鮮なウニやホタテ、カニなどの海鮮がたくさん載せられた贅沢なサラダだ。


「先にいただきましょうか?」


取り皿に麗奈さんがサラダを盛り付けてくれた。


「あ、自分でやりますから、、ありがとう」


ピザとペスカトーレも運ばれて、どれも美味しく、ピザまでご馳走になった私はお腹が一杯になった。


「ああ、美味しかった~。お腹いっぱい!   麗奈さんはなにも努力しないでそのスタイルを維持してるの?」


「あ、そうですね。特に我慢はしてないです」


「ふーん、いいなぁ、羨ましい。私は気をつけてないとすぐに太っちゃって。フフフッ」


「私は有紀さんが羨ましいです」


麗奈さんが急に真面目な顔で話すので驚いた。


「わ、私が?  私、麗奈さんから羨ましがられる物なんて、ひとつも持っていないのに」


「今、私が一番欲しいものを有紀さんは持ってるんです」


な、何?


麗奈さんは一体なにを言おうとしているのだろう。


「有紀さんは修二さんの書いた本を読まれましたか?」


そう言って麗奈さんは顔をあげた。


麗奈さんの視線に耐えられなくなり下を向く。


「た、谷さんって、凄いわね。小説なんて書けて賞までもらっちゃうんだもん。驚いちゃった」


「私、わかっちゃったんです。あの主人公が好きになった女の子って有紀さんのことですよね?」



探るような麗奈さんの視線に耐えきれずに目を伏せた。


「……谷さんはふざけるのが得意なの。私だけじゃないのよ。誰にでも面白おかしく口説いたりしてるの。たけど、本気じゃないわ。麗奈さんのことは本気だと思う。とっても素敵で可愛いもの。誰だって好きになるわ、男の人なら」


「……修二さんは、修二さんは可愛くて綺麗なだけじゃ満足なんてしてくれない人だわ!」


そう言った麗奈さんの眼から涙が溢れた。


「麗奈さん……」


「でも、いいの。有紀さんはもう結婚されてるんだもの。修二さんがどんなに想ったって。そうでしょう?  そうですよね?」


麗奈さんからすがるような目で見つめられる。


即答できないのはなぜ?


麗奈さんの質問に震えているのはなぜ?


「……ひどい、やっぱりそうだったんですね。でも、私は修二さんと結婚します。有紀さんよりも愛される自信だってあるわ。だから、結婚の邪魔をしないで欲しいんです。二年前、邪魔してますよね、柳原亜美さんとの結婚を」


「…………」


「私が話したかったことはそれだけです」


そう言った麗奈さんの眼から、涙がポロポロとこぼれ落ちた。

















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

六華 snow crystal 2

なごみ
現代文学
雪の街、札幌を舞台にした医療系純愛小説。part 2 彩矢に翻弄されながらも、いつまでも忘れられずに想い続ける遼介の苦悩。 そんな遼介を支えながらも、報われない恋を諦められない有紀。 そんな有紀に、インテリでイケメンの薬剤師、谷 修ニから突然のプロポーズ。 二人の仲に遼介の心も複雑に揺れる。

処理中です...