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海におちる雪
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*有紀*
『海におちる雪』 谷 修平
ペンネームは名前が修二から修平に変えられただけ。
タイトルが北海道らしくてなんとなくステキ。
帰宅して夕食の準備もせずに、谷さんがくれた本を読みふける。
報われぬ恋に悩む女の子に片思いしてしまった主人公の恋愛小説。
かなり設定は違うものの、どうしても佐野さんへの想いに悩む私と、その相談役をしている谷さんのように思えてしまう。
谷さんから、とてつもなく長いラブレターをもらったような気分になり、胸が熱くなる。
” どんなに、どんなに想い続けても、君の心には少しも届かないんだね ,,
感情移入をしすぎたせいか、主人公が女の子に寄せる熱い想いに涙が止まらなかった。
ボロボロに泣いていたら、九時半を過ぎていた。もうすぐ遼介が帰ってくる。
慌てて涙を拭いて鼻をかみ、味噌漬けにしておいた豚肉を焼いた。
今朝作って余っていたお味噌汁をカップに入れ、作りおきのピーマンのマリネ、イカと大根の煮物などを出しておいた。
なんとなくまだ遼介とは顔を合わせたくなくて、帰宅前に寝室へこもるようになった。
遼介の説得には応じたくないのと、自分でもどうしていいのかまだ決められずにいることもあって、話し合いは持ちたくなかった。
話し合うにはまだ早すぎるから。
谷さんに、本の感想をどう伝えよう。
黙っているのも失礼だし、内容が自分のことだと思うと、感動したなんて言うのも気恥ずかしい。
正直にボロボロに泣きましたと言ったら、なんて思うのかな?
今さら恥ずかしがるようなことでもない。私とのことは過去のことで、谷さんはもう麗奈さんに夢中なんだから。
夜勤者への申し送りも済み、残業になりそうな日勤者もいないので、タイムカードを押して一階へ降りた。
薬局の中をチラリと覗く。
谷さんいないのかな?
中へ入ろうかどうか迷っていたら、
「有紀ちゃん、何してるんだい?」
突然、後ろから谷さんに声をかけられた。
「わーーーっ!!、、、びっくりした~」
思わず、のけぞって驚く。
「ぷっ、あはははっ!! 有紀ちゃんって、どうしてそんなに面白いんだい?」
私のリアクションに谷さんが馬鹿ウケしている。
「なにが面白いのよっ! 突然後ろから声かけられたら誰だって驚くでしょ」
「クククッ、でも、なんかちがうんだよなぁ、他の人とは。有紀ちゃんって、いつも想像もつかないような反応してくるから楽しくて。薬局に寄ってくれたのかい? 僕のこと探してた?」
「あ、うん、、本のお礼を言おうと思って。すごく面白かった。昨日帰ってから一気に読んじゃった。谷さんってやっぱり才能があるのね」
「僕には才能ないよ。あれって、ほぼノンフィクションだからさ。だから書けたんだよ。有紀ちゃんにもわかっただろう?」
谷さんに見つめられてドキドキする。
” え~っ? わかんない ” なんて可愛らしくとぼけられたら良かった。
「……や、やっぱりそうなの。じゃあ、出演料をもらわないとね。印税の半分ちょうだいよ!」
どうしてもっと可愛らしいことが言えないんだろ。
「アハハハッ、あ~ 楽しい。じゃあ、晩ご飯食べに行こうよ。毎日、印税分を奢るよ」
「結構です! 冗談だってば。じゃあ、またね」
「え~っ、もう帰っちゃうのかい? 」
谷さんからほのかにコロンの香りがただよった。そういえば、いつもこんなステキな香りがしていた。今まで気づかなかったけれど。
「共働きの主婦は忙しいんです! これからスーパーに寄って夕飯を作んなきゃいけないんだから」
所帯染みたことを言ってしまって、ちょっと後悔した。
「そうかぁ。毎日有紀ちゃんの手料理を食べられる佐野が羨ましいなぁ」
「もうすぐ麗奈さんの手料理が食べられるじゃないの。とってもおしゃれで、レストランで食べるようなお料理が出てくるはずよ。食べ過ぎてメタボにならないようにね」
二人の素敵な夕食の風景を想像して、なんとも言えない寂しさを感じた。
「有紀ちゃんの焼いた塩サバの方がいいな」
以前の食堂での会話を思い出したかのように言った。
「失礼ね、塩サバしか焼けないと思ってるでしょ!」
「思ってないよ、そんなこと。塩鮭だって焼けるんだろ? ハハハッ!」
「わ~~ 下手なジョーク。じゃあね」
ムスッと嫌味を言って、手を振った。
「アハハハッ、有紀ちゃん、明日も帰りに寄って」
笑ってそう言った谷さんに、振り返ってベェーと舌を出した。
クスクス笑っている谷さんを残して、ロッカールームへ向かった。
なにがノンフィクションよ。現実のふたりの会話にロマンチックなことなんて、少しもなかったじゃないの。
ーー小説の方がずっと素敵だった。
『海におちる雪』 谷 修平
ペンネームは名前が修二から修平に変えられただけ。
タイトルが北海道らしくてなんとなくステキ。
帰宅して夕食の準備もせずに、谷さんがくれた本を読みふける。
報われぬ恋に悩む女の子に片思いしてしまった主人公の恋愛小説。
かなり設定は違うものの、どうしても佐野さんへの想いに悩む私と、その相談役をしている谷さんのように思えてしまう。
谷さんから、とてつもなく長いラブレターをもらったような気分になり、胸が熱くなる。
” どんなに、どんなに想い続けても、君の心には少しも届かないんだね ,,
感情移入をしすぎたせいか、主人公が女の子に寄せる熱い想いに涙が止まらなかった。
ボロボロに泣いていたら、九時半を過ぎていた。もうすぐ遼介が帰ってくる。
慌てて涙を拭いて鼻をかみ、味噌漬けにしておいた豚肉を焼いた。
今朝作って余っていたお味噌汁をカップに入れ、作りおきのピーマンのマリネ、イカと大根の煮物などを出しておいた。
なんとなくまだ遼介とは顔を合わせたくなくて、帰宅前に寝室へこもるようになった。
遼介の説得には応じたくないのと、自分でもどうしていいのかまだ決められずにいることもあって、話し合いは持ちたくなかった。
話し合うにはまだ早すぎるから。
谷さんに、本の感想をどう伝えよう。
黙っているのも失礼だし、内容が自分のことだと思うと、感動したなんて言うのも気恥ずかしい。
正直にボロボロに泣きましたと言ったら、なんて思うのかな?
今さら恥ずかしがるようなことでもない。私とのことは過去のことで、谷さんはもう麗奈さんに夢中なんだから。
夜勤者への申し送りも済み、残業になりそうな日勤者もいないので、タイムカードを押して一階へ降りた。
薬局の中をチラリと覗く。
谷さんいないのかな?
中へ入ろうかどうか迷っていたら、
「有紀ちゃん、何してるんだい?」
突然、後ろから谷さんに声をかけられた。
「わーーーっ!!、、、びっくりした~」
思わず、のけぞって驚く。
「ぷっ、あはははっ!! 有紀ちゃんって、どうしてそんなに面白いんだい?」
私のリアクションに谷さんが馬鹿ウケしている。
「なにが面白いのよっ! 突然後ろから声かけられたら誰だって驚くでしょ」
「クククッ、でも、なんかちがうんだよなぁ、他の人とは。有紀ちゃんって、いつも想像もつかないような反応してくるから楽しくて。薬局に寄ってくれたのかい? 僕のこと探してた?」
「あ、うん、、本のお礼を言おうと思って。すごく面白かった。昨日帰ってから一気に読んじゃった。谷さんってやっぱり才能があるのね」
「僕には才能ないよ。あれって、ほぼノンフィクションだからさ。だから書けたんだよ。有紀ちゃんにもわかっただろう?」
谷さんに見つめられてドキドキする。
” え~っ? わかんない ” なんて可愛らしくとぼけられたら良かった。
「……や、やっぱりそうなの。じゃあ、出演料をもらわないとね。印税の半分ちょうだいよ!」
どうしてもっと可愛らしいことが言えないんだろ。
「アハハハッ、あ~ 楽しい。じゃあ、晩ご飯食べに行こうよ。毎日、印税分を奢るよ」
「結構です! 冗談だってば。じゃあ、またね」
「え~っ、もう帰っちゃうのかい? 」
谷さんからほのかにコロンの香りがただよった。そういえば、いつもこんなステキな香りがしていた。今まで気づかなかったけれど。
「共働きの主婦は忙しいんです! これからスーパーに寄って夕飯を作んなきゃいけないんだから」
所帯染みたことを言ってしまって、ちょっと後悔した。
「そうかぁ。毎日有紀ちゃんの手料理を食べられる佐野が羨ましいなぁ」
「もうすぐ麗奈さんの手料理が食べられるじゃないの。とってもおしゃれで、レストランで食べるようなお料理が出てくるはずよ。食べ過ぎてメタボにならないようにね」
二人の素敵な夕食の風景を想像して、なんとも言えない寂しさを感じた。
「有紀ちゃんの焼いた塩サバの方がいいな」
以前の食堂での会話を思い出したかのように言った。
「失礼ね、塩サバしか焼けないと思ってるでしょ!」
「思ってないよ、そんなこと。塩鮭だって焼けるんだろ? ハハハッ!」
「わ~~ 下手なジョーク。じゃあね」
ムスッと嫌味を言って、手を振った。
「アハハハッ、有紀ちゃん、明日も帰りに寄って」
笑ってそう言った谷さんに、振り返ってベェーと舌を出した。
クスクス笑っている谷さんを残して、ロッカールームへ向かった。
なにがノンフィクションよ。現実のふたりの会話にロマンチックなことなんて、少しもなかったじゃないの。
ーー小説の方がずっと素敵だった。
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