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水遊びの途中で
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*彩矢*
大翔くんママとお友達になれたせいか、他の子のママたちとの会話にも入れるようになった。
悠李と大翔くんはとても気が合うみたいで、ケンカをすることもなく、いつも仲よく遊んでいる。
大翔くんは蓮くんのように気の強い乱暴な子ではないので、見ていて安心だ。
二人でケタケタ笑いながら追いかけっこをしている。
先週から七月に入ったけれど、札幌の七月はまだ暑すぎるというほどのこともなくて、日焼けにさえ気をつければ、外遊びは中旬くらいまでは出来そう。
明るい陽射しの中で駆けまわりながら、はしゃぐ悠李の笑顔が一段と眩しく見えた。
「松田さんの御主人って、何してる人?」
心菜ちゃんのママがお砂遊びの手を止めて聞いた。
あまり聞かれたくない質問だった。セレブな奥様と思われると、なんとなく距離が出来そうな気がして。
「……脳外科医です」
「うひゃー、脳外科医! めっちゃステキじゃない!」
心菜ちゃんのママが大袈裟なほど驚いて、目を丸くした。
「いいなぁ~ お医者の奥様なんだぁ、羨ましい~」
陸くんのママもそう言って、はぁーっとため息をついた。
羨まれるような楽しいことなど何もないのに……。
「毎日忙しくて、ほとんど家にいませんけど。うちは母子家庭みたいなもので……」
「尚更いいじゃないの。家にいたってなんの役にも立たないんだもん。いるとかえって邪魔だわ。超理想的~!」
そんなものだろうか。たしかに潤一が毎日家にいたら余計な仕事ばかりが増えそうだけれど。
佐野さんのような夫なら違うだろうな。子供と遊んでくれたり、家事を手伝ってくれたり、アレコレ言わなくてもなにかと気づいて手助けしてくれそう。食事が不味いだの、また冷凍食品か! などとはきっと言わないはずだ。
何よりもそんな人がそばにいてくれたら、孤独な子育てがどんなにか楽しいものになるだろう。
そんな事をぼんやりと考えていたら、大翔くんママが隣に立っていた。
「大翔、悠ちゃんと遊ぶのがとっても楽しいみたいなの。午後からもうちへ来ない? 一緒に遊んでくれると嬉しいな」
大翔くんママが、陸くんママと良孝くんママに聞こえないようにヒソヒソと誘った。
「あ、ええ、ウチの子あまりお昼寝しないので、助かるかも……」
「良かった。じゃあ、一時過ぎにでも来て」
ヒソヒソと耳元で囁かれ、少し戸惑う。
内緒にしなければいけないことなんだ。
ママ友との付き合いは、何かと気をつかうものなのだろうな。
十二時も過ぎたので、そろそろ帰ろうということになり、公園を出ると向こうの道路沿いに宅配の車が停まっているのが見えた。
佐野さん!
運転席に佐野さんが座っていて、こちらを見ていた。
もう、会いには来られないと言っていたのに。
悠李の姿を一目でも見たかったのだろうか。
会いたい気持ちを押し殺し、悠李の手を引きながら、後ろ髪を引かれるような気持ちで公園を後にした。
七月も下旬となり、今日の札幌は三十℃を越える真夏日となった。
公園での外遊びはあきらめ、ベランダに子供用のビニールプールを置いて水遊びをさせた。
お座りができるようになった雪花も気持ちがいいのか、バシャバシャと水を叩いては、キャッキャッと奇声をあげている。
プール遊びは危ないので目を離せないけれど、こんなに喜んでくれるなら、面倒でも準備をした甲斐があるというものだ。
生後八ヶ月も過ぎて、むやみに泣くこともなくなり、以前に比べると随分楽になったように思う。
だけど、あと二ヶ月もしたらロサンゼルスへ渡るんだ。
一歳にもならない雪花と、三才の悠李を連れて。言葉の通じない見知らぬ土地で本当にやっていけるだろうか。
子ども達のために前向きに考えようと決心してみたものの、考えれば考えるほど不安で身がすくむ。
いくら楽観的になろうとしても、うちは母子家庭同然なのだから。
暗澹とした気持ちで水遊びをしている子ども達を見ていたら、インターホンが鳴った。
「あ、あの宅配です」
佐野さんの声だ!
セキュリティのドアを解錠したあと、鏡を見て髪形などをチェックする。
玄関のブザーが鳴って、ドアを開けた。
「ご、ごめん、彩矢ちゃん、あの、これ、もらってくれないかな?」
佐野さんはそう言って有名デパートの紙袋に入れられたものを手渡してくれた。
中にはクリスマス模様の包装紙でラッピングがされた四角い箱。
「一昨年のクリスマスに悠李にあげたくて買ったものなんだけど、ちょっと渡しそびれてしまって……」
「佐野さん……」
ちゃんと想っていてくれてたんだ。悠李のことを。思わず目頭が熱くなって、涙がこみ上げた。
「あ、だけど、これ、赤ちゃんのおもちゃだから。悠李はもう無理かな。雪花ちゃんなら使えると思って」
「ありがとう。佐野さん」
うつむいて涙をふいていたら、びしょびしょに濡れた裸の悠李が、泣きそうな顔をしてやって来た。
「ママ……」
「あ、悠李、どうしたの?」
「ママ、雪花ちゃん、ブクブクしてる」
「ゆ、雪花ちゃん!!」
慌ててベランダへ飛んで行ったら、雪花はビニールプールの中でうつ伏せに倒れていた。
そ、そんな、いつから!
抱き上げて雪花をリビングのラグヘ寝かして、呼吸を確かめた。
ーー息をしていない!
大翔くんママとお友達になれたせいか、他の子のママたちとの会話にも入れるようになった。
悠李と大翔くんはとても気が合うみたいで、ケンカをすることもなく、いつも仲よく遊んでいる。
大翔くんは蓮くんのように気の強い乱暴な子ではないので、見ていて安心だ。
二人でケタケタ笑いながら追いかけっこをしている。
先週から七月に入ったけれど、札幌の七月はまだ暑すぎるというほどのこともなくて、日焼けにさえ気をつければ、外遊びは中旬くらいまでは出来そう。
明るい陽射しの中で駆けまわりながら、はしゃぐ悠李の笑顔が一段と眩しく見えた。
「松田さんの御主人って、何してる人?」
心菜ちゃんのママがお砂遊びの手を止めて聞いた。
あまり聞かれたくない質問だった。セレブな奥様と思われると、なんとなく距離が出来そうな気がして。
「……脳外科医です」
「うひゃー、脳外科医! めっちゃステキじゃない!」
心菜ちゃんのママが大袈裟なほど驚いて、目を丸くした。
「いいなぁ~ お医者の奥様なんだぁ、羨ましい~」
陸くんのママもそう言って、はぁーっとため息をついた。
羨まれるような楽しいことなど何もないのに……。
「毎日忙しくて、ほとんど家にいませんけど。うちは母子家庭みたいなもので……」
「尚更いいじゃないの。家にいたってなんの役にも立たないんだもん。いるとかえって邪魔だわ。超理想的~!」
そんなものだろうか。たしかに潤一が毎日家にいたら余計な仕事ばかりが増えそうだけれど。
佐野さんのような夫なら違うだろうな。子供と遊んでくれたり、家事を手伝ってくれたり、アレコレ言わなくてもなにかと気づいて手助けしてくれそう。食事が不味いだの、また冷凍食品か! などとはきっと言わないはずだ。
何よりもそんな人がそばにいてくれたら、孤独な子育てがどんなにか楽しいものになるだろう。
そんな事をぼんやりと考えていたら、大翔くんママが隣に立っていた。
「大翔、悠ちゃんと遊ぶのがとっても楽しいみたいなの。午後からもうちへ来ない? 一緒に遊んでくれると嬉しいな」
大翔くんママが、陸くんママと良孝くんママに聞こえないようにヒソヒソと誘った。
「あ、ええ、ウチの子あまりお昼寝しないので、助かるかも……」
「良かった。じゃあ、一時過ぎにでも来て」
ヒソヒソと耳元で囁かれ、少し戸惑う。
内緒にしなければいけないことなんだ。
ママ友との付き合いは、何かと気をつかうものなのだろうな。
十二時も過ぎたので、そろそろ帰ろうということになり、公園を出ると向こうの道路沿いに宅配の車が停まっているのが見えた。
佐野さん!
運転席に佐野さんが座っていて、こちらを見ていた。
もう、会いには来られないと言っていたのに。
悠李の姿を一目でも見たかったのだろうか。
会いたい気持ちを押し殺し、悠李の手を引きながら、後ろ髪を引かれるような気持ちで公園を後にした。
七月も下旬となり、今日の札幌は三十℃を越える真夏日となった。
公園での外遊びはあきらめ、ベランダに子供用のビニールプールを置いて水遊びをさせた。
お座りができるようになった雪花も気持ちがいいのか、バシャバシャと水を叩いては、キャッキャッと奇声をあげている。
プール遊びは危ないので目を離せないけれど、こんなに喜んでくれるなら、面倒でも準備をした甲斐があるというものだ。
生後八ヶ月も過ぎて、むやみに泣くこともなくなり、以前に比べると随分楽になったように思う。
だけど、あと二ヶ月もしたらロサンゼルスへ渡るんだ。
一歳にもならない雪花と、三才の悠李を連れて。言葉の通じない見知らぬ土地で本当にやっていけるだろうか。
子ども達のために前向きに考えようと決心してみたものの、考えれば考えるほど不安で身がすくむ。
いくら楽観的になろうとしても、うちは母子家庭同然なのだから。
暗澹とした気持ちで水遊びをしている子ども達を見ていたら、インターホンが鳴った。
「あ、あの宅配です」
佐野さんの声だ!
セキュリティのドアを解錠したあと、鏡を見て髪形などをチェックする。
玄関のブザーが鳴って、ドアを開けた。
「ご、ごめん、彩矢ちゃん、あの、これ、もらってくれないかな?」
佐野さんはそう言って有名デパートの紙袋に入れられたものを手渡してくれた。
中にはクリスマス模様の包装紙でラッピングがされた四角い箱。
「一昨年のクリスマスに悠李にあげたくて買ったものなんだけど、ちょっと渡しそびれてしまって……」
「佐野さん……」
ちゃんと想っていてくれてたんだ。悠李のことを。思わず目頭が熱くなって、涙がこみ上げた。
「あ、だけど、これ、赤ちゃんのおもちゃだから。悠李はもう無理かな。雪花ちゃんなら使えると思って」
「ありがとう。佐野さん」
うつむいて涙をふいていたら、びしょびしょに濡れた裸の悠李が、泣きそうな顔をしてやって来た。
「ママ……」
「あ、悠李、どうしたの?」
「ママ、雪花ちゃん、ブクブクしてる」
「ゆ、雪花ちゃん!!」
慌ててベランダへ飛んで行ったら、雪花はビニールプールの中でうつ伏せに倒れていた。
そ、そんな、いつから!
抱き上げて雪花をリビングのラグヘ寝かして、呼吸を確かめた。
ーー息をしていない!
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